エニグマ峠02
それに気付いたのは寝てからしばらく経った深夜だった。眠りから覚めて目を開けると、シアちゃんの可愛らしい寝顔が視界に入った。でも、今はそれどころじゃない。
寝る前に癖で張っていた探知魔法に何かが引っ掛かったみたいだね。魔物…ではない。感覚的に人間だ。しかもそこそこの人数いるね。
今起きて番をしているのはユフィさんか。これは知らせた方が良いね。私はそう判断して、シアちゃんを起こさないようにしながら毛布から出てそのまま馬車から外に出た。
「あれ?ユーリ様、どうしたんですか?こんな時間に」
私が貴賓室に招かれたせいか、ただの冒険者ですって言っているのに護衛の2人は揃って私を様付けで呼ぶんだよね。口調は砕けているのにね。不思議だよね。今はそんなことどうでもいいか。
私が周りを囲むように複数人の人間の気配がすると伝えると、ユフィさんが血相を変えてテレーザさんを起こしに行った。
「…確かに、私の【気配察知】でも僅かだけど感知したわ」
起こされたテレーザさんが険しい顔でそう言うと私に顔を向けた。
「とりあえず、お嬢様も起こしてくれるかしら?最悪は強行突破するしかないわ」
私は頷いて馬車の中に戻った、すると既にシアちゃんが起きていて、不安そうに青い瞳を揺らして私を見てきた。
「何かあったのですか?少し騒がしいようですけれど」
私は今の状況…何者かの集団に囲まれていて、最悪は強行突破してこの場を移動する可能性があること…を説明して、シアちゃんもいざとなったら動けるように心構えを整えておくように言った。
う~ん。極力手は出さないようにするけど、今回は正式な依頼だからなぁ。どこで手を出すか加減が難しいな。
私が考え事をしながら馬車を出ると、テレーザさんとユフィさんが武器を構えて臨戦態勢になっていた。どうやら、相手もこちらが気付いたことに気付いたようだ。包囲を崩さないように近付いてくる。
そうそう。この世界には基本的に山賊とか盗賊はとても少ない。いやいや、考えてもみてよ。魔物の跋扈する町の外で生活出来る力があるのならば、それこそ冒険者にでもなればいいじゃない。だから基本的に山賊や盗賊と言われる人達は何かしらの理由で町に居ることが出来なくなった傭兵崩れや元冒険者や犯罪者ばかりなのだ。補足すると、こうした人達は金品を盗んでも町に売りに行けないし、商人を襲ったらすぐに領主から討伐隊が派遣される。そんな過酷な環境で盗賊が蔓延ると思う?答えはノーだよ。
そんな訳だから、そこそこ険しい上に魔物も強くて多いし、更に商人が通る時は必ず護衛をつけるような悪条件ばかりのこの峠に山賊や盗賊は居るわけ無いの。あり得ないの。
じゃあ、この取り囲んでいる連中はなんだって話だけど、恐らくはフォゼ様が危惧していたやつじゃないかな。夜の暗闇で姿が見えないけど、きちんと訓練を積んだような連携のとれた動きしてるし、どこかの兵士かな?
ま、正体に関してはここで考えることじゃ無いか。今は私の仕事を遂行するとしようかな。
「貴様らは何者だ!?この馬車はシュトイツ辺境伯のものだぞ!!即刻立ち去れ!!!」
そんなので退くわけ無いよね。おや、弓を構えた気配を感じる。攻撃が来るね。
私の予想通り、暗闇の中からいくつもの矢が風を切る音と共に降ってきた。
テレーザさんは飛んでくる矢を切り払い(暗闇なのにすごい!)、ユフィさんは風の魔法で軌道を逸らして身を守った(器用だね!私も今度真似してみよう!)。私は素手で飛んできた矢をぱしって掴んでポイッてして馬車に当たりそうなのを撃ち落としたよ。テレーザさんがえっ?って顔してるけど、暗闇の中で矢を切り落とす人に驚愕されるのは納得いかない。
私がこの後はどうするのか聞くと、テレーザさんが剣を構え直して暗闇の先をじっと見詰めながら答えた。
「私とユフィで正面の血路を開くわ。その隙にユーリ様はお嬢様を連れて逃げて。馬を暴走させれば距離も引き離せると思う」
「それしか無いですね。テレーザ、私が魔法で相手の体制を崩すからその隙に」
「わかった。お願いユフィ」
私は死相が浮かんでいそうな顔の2人を慌てて止めた。そして、周りの敵は私に任せてここでシアちゃんを守るようにお願いする。
2人共怪訝な顔で私を見てくる。そりゃあ、今まで戦っていなかったから実力を一度も見せていないから、信用出来ないかも知れないけど、今は私の攻撃に巻き込まれると困るから下がってて欲しいんだよね。私がそう説明すると、渋々といった感じて馬車を守るように挟んだ位置に2人が移動した。
さて、それじゃ、やりますか。私に攻撃をした時点で自衛としての条件は満たしているし、冒険者として仕事はしないといけないからね。今回の干渉は不可抗力ということで!
私は手を銃の形にして(特に意味はない)全方位に無数の弾丸を作って一気に射出する〈銃撃魔法〉を使う。最初の攻撃は何かの結界みたいなものに半分ほど弾かれたけど、数秒後に放った2弾、3弾の弾幕は普通に結界を貫通して相手の集団に襲い掛かった。
あれ?よく見たら精霊がこっそり私の魔法を強化してるじゃない。よく考えればここは地精霊が沢山いそうな土地だったね。この旅の間は精霊を全く見かけなかったから気にもしなかったよ。
どうやら、私に会いたくても、他の人間が居ると精霊達は寄ってこないみたい。それはそれで可愛いと思うけどね。よく見ると小学生くらいの少女と私と同じ年くらいの少女も交じっているね。あれは小精霊と一般精霊かな?
地精霊の力で土で作った銃弾が強化されているおかげで、相手の防具を面白いくらいに貫通して撃ち抜いていく。あちこちで悲鳴が上がったと思ったら、10秒程度経ったころには暗がりから呻き声が聞こえてくる程度の静けさになった。
意図せず人殺ししちゃったね。本当は死なない程度にするつもりだったんだけど。生き残っている者もいるみたいだけどかなり重症だね。早く手当しないと死んじゃうかも。
いくら私が襲われたって言っても、人を殺すという行為はなんとも複雑な気持ちになるね。でも、今私が居る世界は人が人を襲うのが当たり前に存在するそんな世界だ。もっとも、地球でも場所によっては争いが絶えない地もあるけど、私が住んでいた日本ではそんなこと無かったからね。こういうのにも慣れないといけないね。自分の身を守るためにも。
私はこっそり(?)助けてくれた精霊達に微笑みかけてお礼をすると、精霊達も嬉しそうに手を振って消えていった。どういう仕組みなんだろう?精霊は神出鬼没だね。
精霊を見送った後にテレーザさんに判断を仰ぐために後ろを振り返ると、テレーザさんがまるで化け物を見るかのような目で私を見ているのに気付いた。まぁ、気持ちはわかるけどね。さすがにちょっと傷つきますよ?私が半分以上は殺したけど生き残っているのはどうするのか聞くと、
「あ、えと、そうですね。生き残っていて話が聞けそうな相手には尋問をしたいと思います」
少し怯えた風に敬語を使って返してきた。ま、別に良いけど。後のことは彼女達に任せて、私はシアちゃんが待っている馬車の中に戻ることにする。あの怯えた様子で対応され続けるのもちょっと嫌だしね。
馬車に戻ると、強張った顔でいつでも外に出れる準備をしていたシアちゃんと目が合った。私の顔を見たシアちゃんは安心と緊張が入り混じったような顔をして口を開いた。
「あの、お姉様、外の様子はどうなりましたか?」
私が全員撃退したことを伝えて後のことはテレーザさんに任せたことを話すと、実際の現場を見ていないシアちゃんが半信半疑な顔になって傾げた。
「お姉様が、お一人で撃退したのですか?」
驚いたようにそう聞いてきたシアちゃんに、どんなやり方で撃退したのかは内緒にして、今日はもう寝るように言う。もう目も冴えてしまったかもしれないけど、朝になったら即出発するのだ。その時は起きておいた方がいいと思うしね。移動が始まったら寝てても問題無いけど。
私が無理やりシアちゃんを毛布にくるませてそう説得すると、シアちゃんが「じゃあ一緒に寝て安心させてください」となかなか危険な台詞を言ってきた。遠慮なく一緒の毛布にくるまって、シアちゃんの不安そうに揺れる青い瞳を隠すように抱きしめながら頭を優しく撫でて寝かしつけた。あ~こんな可愛い妹欲しいなぁ~。
次の日、私とシアちゃんが起きて馬車の外に出ると、沢山あった死体や重傷者たちは一人も居なくなっていた。どうしたんだろう?と不思議に思って周囲を見渡すと、少し離れたところに何かを沢山燃やした跡があることに気付く。なるほど燃やしたか。
「そのぉ~、ユーリ様?後で相手が持っていた売れそうな装備とかを収納に入れてくれると助かります」
あ、身ぐるみ剥いだのですね。ちゃっかりしているというかなんというか…。まぁ、重要な証拠とかも混じっているかも知れないしね。私が快諾すると、ユフィさんが明らかにほっとしたような顔で胸を撫で下ろした。まだ私に対して恐怖心のようなものを抱いているようだね。ま、いっか。放っておこう。何か害があるわけでもないし。
深夜に襲って来た連中は何だったのか、興味が無かったからユフィさんやテレーザさんに聞くようなことはしなかった。正体を知ったところでどうこうするわけでもないし、貴族同士のいざこざに首を突っ込むつもりは毛頭ないからね。
そんなことを考えながら収納に物を仕舞っていくと、馬車の近くでシアちゃんと護衛の2人が集まって何やらこそこそ話をしていた。聞こうと思えば風魔法を使って音を拾えるけど、聞くと面倒事になりそうだから逆に音を遮断しておく。ついでに時間つぶしに昨日手伝ってくれた精霊達にお礼でも言おうかな。今ならこっそり離れてもバレないと思うし。
〈隠蔽〉スキルで音を立てずにその場から離れて、崖の端側まで移動して岩陰に隠れる。ここならば向こうから視界に入ることは無さそうだね。
どうせ呼ばなくても周囲に勝手にいるんだろうから、私は精霊に話しかけるつもりで誰も居ない場所にお礼を言った。すると、どこからともなく微精霊達が集まってきて私の周りをふわふわと浮かび始める。そして、これまたどこからともなく、夜に見かけた私と同じ年くらいの少女が現れた。土の精霊だからか全身が黄土色っぽい色をしていて、一応服のようなもの(たぶん服っぽく見せているだけで体の一部なんだと思う)を着ているので公序良俗合った姿をしているね。ちょっと安心した。もし裸体だったらどうしようかと思った。
「あぁ。こうしてあのユーリ様にお会い出来るなんて、とても嬉しいです」
おかしいおかしいおかしい。精霊達の間で私はどんな存在になっているの?そんなに偉くないから!
「精霊王様や始祖精霊様が推している精霊の莫逆の友として、ユーリ様は精霊界では知らない者のいない有名人ですからね」
推しって言った!またあいつらか!なんか始祖精霊まで交じって私のことアイドル化させようとしてないかな!?なんで私会ったことのない偉い人に推されているのかな?意味が分からないよ!
まぁいいや。とりあえず改めてお礼を言っておく。ついでに燃やされた死体はこっそり精霊達が早々に土に還したそうな。それってこっそり出来てるの?バレるでしょ?っえ?私を襲った人間なんて骨すら残すつもりないって?精霊の愛重いよ…。
あんまり目立たないようにするように注意すると「やっぱり私達精霊のこと大切に想ってくれているんですね!」っと喜ばれた。もういいよそれで。何か疲れてきた。もうなんでもどうでもよくなってきた。
ぐったりしながら精霊達と別れて(意外と別れる時はあっさりなんだよね)岩陰から出て馬車の方に戻ると、もう話し合いは終わっていたのか、私のことを探してキョロキョロしているユフィさんと目が合った。
「あっ!どこに行っていたんですか?そろそろ出発しますよ。今日は朝食は移動しながら食べて、少しでも早くこの峠を抜けることになりましたから」
またいつ襲われるか分からないもんね。私が殲滅したからさすがにもうこの峠には居ないと思うけど。私は勝手に居なくなったことを謝ってから馬車に乗り込んだ。
「あ、お姉様。わたくしの護衛が無礼な態度をとってしまったようで、申し訳ありません」
馬車に乗り込むと、シアちゃんからそう言葉を投げかけられて、突然どうしたんだろう?と首を傾げた。とりあえず席に座っていつものように魔法でちょっとだけ馬車を浮かせてから、いきなりどうしたのと聞いてみた。
「いえ、あの、お姉様があれだけの数の傭兵を相手に一網打尽したのがとても衝撃的だったようで。同じ人とは思えないとテレーザが呟いたのを聞いて、わたしくし叱ったのです。わたくし達を助けて下さったお姉様に対してそんな失礼なことを!と。そして話を聞くと、お姉様に対して失礼な態度を取っていたようだったので、彼女達の主人として謝罪いたします」
そう言って深々を頭を下げたシアちゃんに、私は気にしていないよと言ってからおにぎりを差し出した。少なくともシアちゃんは、私に対する態度は変わっていないし、実際私はちょっと(?)普通じゃないからね。仕方ないと思うよ。
「くす、お姉様は確かに変な方ですね。…おにぎり、頂きます。実はお腹ぺこぺこでした」
かわいらしく微笑んでシアちゃんがおにぎりを受け取って頬張るのを見ながら、私も自分用のおにぎりをもぐもぐと食べ始める。
しかし、やっぱりこういう依頼は今後受けない方が良いかな。私はこの世界の『異物』だから、あんまり干渉するとおかしい所が浮き彫りになってしまうものね。情報に釣られてこの依頼を受けたことをちょっと反省する。けど、今回はもうしょうがないから最後まできちんとやるよ!
その後は峠の下りを順調に進んだ。相変わらず魔物に襲われるけど、護衛の2人で十分な程度だ。
そして、私たちは無事にエニグマ峠を越えてクラウゼル領に入っていった。




