辺境伯領都シュトイツ04
辺境伯領都シュトイツに来てから2週間が経った。意外と長居している理由は、ここの周辺の地図を埋めるためだ。
そうそう。この世界の地図を写真で撮って取り込めば、私のスマホのマップに反映されることが分かったんだけど、冷静に考えたら、一度行ったことのある場所にしか転移出来ないから一度は自分の目で直接現場を見に行かなくちゃいけないんだよね。マップに地図を取り込んじゃうと、どこまでが自分で行ったことのある場所だか判りにくくなってしまうから仕方なく取り込んだ地図データを消去して、自分の足で歩き回ってマッピングしてるよ。
っで、この世界に来てある程度日付も経って大分今の生活にも慣れてきているんだけど、今更ながらちょっと不思議に思ったことがあるんだよね。
転移した当時は緊急時っていうことで目の前のことに集中していたから仕方ないとはいえ、今まで、元の世界に帰りたいとか、家族に会いたいとかいう郷愁の念というものがあまり無いんだよね。自分でも不思議な気持ちだよ。母さんや父さん、兄に会いたい気持ちはあるんだけど、そこまで切実ではないというか…。う~ん。何故だろう?ということで神様にメールで聞いてみたよ。その答えはこうでした!
「悠理さんが召喚される際に用いられた魔法には、召喚された人に対する強い暗示のようなものが掛けられて、元の世界に帰りたい、家族に会いたいという気持ちを薄くさせる効果があります。酷い効果のような気がしますが、帰りたいと強く願っても実際に元の世界に帰らせることは出来ないので、そうしたことを伝えた時の絶望感を薄くさせるための処置らしいです。まぁ、そもそも、異世界から強制的に人を呼び出してこき使うような人間の考えることですから、優しさではなくて、錯乱して面倒な状態にならないようにしているだけだとは思いますけど。」
いつになく神様が辛辣だね。もう少しメールで話を聞いてみると、どうやら異世界転移の魔法は数十年に一度行われているらしくて、一番最初は神様が転移する人が不自由無いように色々と力を与えて送り出したらしんだけど、召喚者やその関係者がその転移者を上手く操って色々やらかしたんだって。
それを見た神様はそれから数十年後に再び呼ばれた転移者に今度は何も力を与えずに送ったら、今度は力が弱いから、持っている異世界の知識を拷問紛いのことをして引き出してそのまま奴隷として一生を過ごさせたらしいの。
神様はその非道を見てとても悲しんで、それからは、やりすぎない程度に力を与えて送り出すということをしているみたい。って、あれ?私にはいろいろ力をくれたけど?
「悠理さんは召喚者達から離れた場所に孤立してしまいましたし、私のところを経由しないで渡ってしまったため、あの時はとても焦ってしまって少しだけ多くの力を与えてしまいました。他の転移者たちの居る場所向かうように示唆したのは、目的を作る為と実際に転移者達の境遇を見て、今後の生き方を決めて頂きたいと思ったからです。今となっては、友人として、ずっとこの世界を一緒に見守っていければと勝手なことを考えてしまっていますが(照)」
(照)じゃないよ。なんだか出会って間もない私に心を開き過ぎじゃない?あ、出会ってもないのか。でも向こうはたぶん私の姿を見ているんだよね。ちょっと卑怯というか、フェアじゃないというか、今度紙に書いた文字を空に掲げて抗議してみよう。神だけにね!……ちょっと強引か。
そんな神様とのやり取りをしながら、冒険者として真面目に依頼をこなしながら本来の目的のマッピングをしていた訳だけど、最近ちょっと面倒なことになってきてるんだよね。
今日も冒険者として依頼をこなす為に依頼が貼ってある掲示板を見に冒険者ギルドまで来たんだけど、その前に受付嬢さんに呼び止められてしまった。また、最近のいつものだろうけど、一応呼ばれたからには行かないとね。
私がどんな何用かと呼んできた受付嬢さんに話を聞くと、躊躇いがちに話を切り出した。
「えっと…本日も、辺境伯様からユーリさんへご指名の依頼が入っていますが…」
もちろん却下である。たとえ相手が貴族だろうと、冒険者には依頼を選ぶ自由があるからね。そんな明らかな面倒事の地雷は踏みませんよ。
私がいつものように断ると、受付嬢さんが涙目になって説得してきた。貴族の対応に頭を悩ませてちょっと可哀想だとは思うけど、それがこの受付嬢さんの仕事なんだから仕方ないよね。影で応援してるよ。ガンバッテネ。
「お願いしますよ~貴族様からのご指名を何度も断るなんて前代未聞です!しかも相手はこの周辺を治める領地の領主様ですよ?機嫌を損ねたらユーリさんももっと面倒なことになりますよ!?」
そんなことで脅されても、ね?私はこの領地に住んでいる領民でも無いし、私は普通のただの冒険者だからね。指名依頼を受けて面倒を被るくらいならば避けた方が安全だよね?何?普通じゃないって?ナンノコトカナ?
まぁ、とにかく、私は貴族の依頼など受ける気は無いので涙目で引き止める受付嬢さんを適当に受け流してから掲示板に向かう。絶望の表情を浮かべてもダメだよ。頑張って断りの連絡をいれてね。
で、その日もいつものように地雷を回避したのだけど、なんとその次の日に地雷から私のもとへやって来てしまった。
なんで地雷が動くの!?地雷らしく地面に埋まってなさいよ!!
冒険者ギルドに明らかに身分の高そうな人がひとり。執事も連れてるね。ちなみに他の冒険者は根こそぎ居ないね。逃げたな。私も逃げようそうしよう。
「お前が俺の指名依頼をことごとく無視しているという冒険者か」
あ、声掛けられちゃった。ここは言葉分からないアピールして誤魔化そう。頭を傾けて何言ってるの?という仕草をしてみる。黒いマントに体を隠して、フードを目深に被っていて顔が見えないから何やってるか伝わるか分からないけどね。
「いや、言葉が分からないアピールをされてもな。もう少しまともな誤魔化しかたは無かったのか?」
えっ?嘘!?伝わった!?この貴族出来る!!
しかし、貴族なんて言うからお腹の出ただらしない体をした陰湿そうな見た目のおじさんだと思ってたけど(超偏見)、以外に顔立ちが整っていてイケメンだね。年齢も30台ぐらいに見えるし、体付きも豪華な服を着ていても分かるくらいには鍛えているような感じだし。
いや、まだ分からないよね。すごく我が儘で自分勝手な性格のお金と女の人しか興味の無いゲスな性格の人かも(テラ偏見)。
私が警戒の眼差し(フードで見えないと思うけど、雰囲気でね?)で貴族様を見ていると、一緒に居たギルドマスターさんが声を掛けてきた。ごめんね。存在に気付かなかったよ。声掛けられて初めて気付いた。
「あ~。まずは話だけでも聞いてくれないか?時間もそんなにとらせないし、直接依頼内容を聞いた上で断るのならばそれでも構わない。冒険者にも依頼を選ぶ権利があるからな」
「ああ。俺も強制するような言動はしないと誓おう。とりあえず、話を聞いてくれないか?」
ええ?嫌だなぁ。でも、話を聞くまで粘られそうだし、面倒だけど、話を聞くだけならば聞こうか。ギルドマスターが依頼を断ってもいいって言ってくれたしね。
私は渋々貴族様の対面の席に座った。私と貴族様の間の席にギルドマスターが座っていて、あくまで中立としての立場を示しているつもりらしい。何度も依頼を断っている私がこうして会話の席に座らせるようにしているだけで既に相手側に肩入れしていると思うけどね。指摘はしないけど、ギルド側も立場は貴族側だと思って扱うことにしよう。
さすがに、貴族と話をするのにフード被ったままはダメだよね?え?依頼散々断ったじゃないかって?それとこれとは話が別でしょ。マナーの問題だからさ。フードをバサッと下して素顔で貴族様と対峙する。今までの傾向から何かあるかなと思ったけど、予想に反して表情は変わらなかった。貴族だから表情筋の訓練しているのかもね。笑顔で相手を褒めたたえながら心の中で呪詛吐いている人だもんね、貴族って(圧倒的偏見)。
「確か年齢は16だったな。ひとりでブラッドウルフを討伐出来る実力があるならば、Ⅽランク冒険者以上の力もある。やっぱり娘の護衛にちょうど良さそうだな」
娘の護衛?この人がずっと私に指名依頼を出していたやつかな。貴族の娘の護衛ね。面倒そうなイベントな気がひしひしとする。
私のそんな内心を無視して貴族様は話を続けた。
「改めて自己紹介をしよう。俺の名前はフォーゼ・フォン・シュトイツ。この辺りの領地を治めている。俺は確かに貴族だが、かたっくるしいのはあまり好かんから、気を使った言葉を使わなくてもいい。名前も気軽にフォゼと呼んでくれ」
「フォゼ様は領地を治める貴族の中でも、善政をしく領主として領民からも信頼の厚い。君も、そこまで警戒する必要は無いよ」
いやいや。貴族様ご本人の前で悪口なんて言えないでしょ?そんなの信用できる訳無いじゃない。何言っているの?このギルドマスターは。頭が良さそうなのは見た目だけなのかな?
っと、心の中ではボロクソと言いながら適当に相槌を打って私も自己紹介した。もちろん、営業スマイルで。
そして、話が長引くと面倒な気がしたのでさっさと本題を話せと遠回しに言ってみる。周囲のギルド職員さんの顔が青くなってきている気がするけど気にしない。私を無理やりこの席に座らせたんだからこれくらいは良いじゃない。
「こうまで嫌われているというのもいっそ清々しいな」
フォゼ辺境伯が苦笑しながらそう言うと、私の要望通りに依頼内容を話し始めた。
「実は、俺の娘が婚約者候補に会いに行く予定になっていたんだが、そのタイミングで運悪く重なるように少し遠くの場所に面倒な魔物の群れが現れてな。そちらに兵士を派遣する都合上、道中の十分な護衛を準備出来なくなったんだ。そこで、実力のある冒険者を雇うことを考えて、娘と同性でかつ年の近いお前さんに白羽の矢を立てたというわけだ」
ふ~ん。どうやら、婚約者候補と会う日取りはずっと前から決めていたらしくて、直前になって止めることは難しいらしい。貴族って大変だね。とはいえ、大事な一人娘を魔物の蔓延る外に出すのだから護衛はきちんとしたいっていう訳だね。それにしても、ちょっと変な話だよね。
まず、辺境伯って言ったらそこそこ位が高いよね?国境を守る広い領地を持つのが辺境伯だよ。そんな貴族のしかも一人娘がわざわざ出向いてまで会いに行く婚約者候補って誰よ?公爵とか王族か?侯爵くらいならぎりぎりか?
それと、私を雇う理由だ。十分な護衛は準備出来ないっていうことは、最低限の護衛は準備出来るってことだよね?国境を守る辺境伯の兵士が弱い訳無いと思うし、きちんとした街道を通るだけならばそんなに物々しい護衛は要らないはずだ。それなのに、護衛が足りないから冒険者も雇いたいってことは、護衛中に確実に襲われるのが前提な気がする。というか、どれだけの緊急事態なのか知らないけど、一人娘にまともな護衛も付けられない程持っている兵士の数少ないの?何か情報を隠してそうだよねぇ。
まぁ、大概のことならばどうでもこうでも出来るから問題ないんだけど、私はあくまで異物としての立場を弁えて、あまり人の生活に大きく関わるような依頼は受けてこなかったんだよね。今回は間違いなく私のやり方に反する依頼だと思う。ま、もう少しだけ話を聞いてみようか。
「護衛期間は10日間。目的地はここから東にある隣の領地のユートリナ・フォン・クラウゼル子爵が治めている場所で、その領都であるクラウゼルだ。ここから馬車で7日程度で着く。道中に問題が発生して遅れた場合に備えて3日余裕を持たせているが、予定通りに到着した場合は護衛期間中だけ町の中でも護衛も頼みたい。護衛期間が終わった後はすぐにシュトイツに戻るならばクラウゼル子爵に帰りの馬車を用意してもらえるよう手配しておく。道中で立ち寄ることになるだろう町や村の中では護衛に差し支えない範囲であれば自由に観光してもらって構わない。あまり時間は無いだろうが軽く見て回る程度なら出来るだろう」
そこで一度言葉を切ったフォゼ辺境伯は執事さんが淹れていた紅茶を一口飲んでから話を続けた。
「それで、もし俺の娘が何かわがままを言ったりして困らせたら即刻引き返してもらって構わない。その際に依頼料の返却は求めないから安心してくれ。護衛対象が守られる自覚を持たないで外に出るのは危険だからな。教育をし直さないといけない」
確かに、よくテレビでやっているドラマで護衛対象が勝手に護衛を振り払って逃げるシーンとか見るけど、あれは護衛の人の能力云々の前に護衛される側に意識が足りないよね。特に自分から護衛を頼んでいるパターンで逃げだすとか何考えているのかさっぱりだよ。
そして最後にとフォゼ辺境伯はちょっと言いづらそうに口を濁しながら気持ち小声で喋りだした。
「クラウゼル子爵は俺の嫁の姉なんだ。婚約者候補と世間的には言っているが、実際は子供が男ばかりのクラウゼル子爵が俺の娘を代わりに可愛がりたいだけだがな。それでも、周囲へのアピールにもなるから緊急時とはいえ約束を取り消す訳にはいかない」
つまり、ユートリナ子爵の子供はフォゼ辺境伯の娘さんから見たら従兄弟にあたるわけなんだね。この世界ではどこまでが近親婚としてダメなのかな?話の感じでは従兄妹までは問題無さそうだけど。まぁ、フォゼ辺境伯もユートリナ子爵も子供同士で結婚させる気はあんまり無いっぽいね。特にフォゼ辺境伯は一人娘だから溺愛してるっぽい感じするし。
それに、相手は子爵なのになんで一人娘を送るんだろうと思ったら繋がりがあったのね。それならそれで相手側からも迎えを出すように要請すればいいのに。出来ないってことは何か弱みでも握られているか、はたまた別の理由か。ここで考えても答えは出ないか。
私は今回の依頼についてちょっと真剣に考えてみる。そろそろこの町出ようかなとは考えていたし、王都に近付く東に向かうならばちょうどいいんだよね。依頼内容も普通の護衛依頼よりも内容はマシだと思うし、少ないとはいえ護衛の兵士がいるのだから、娘さんの話し相手だけで終わる可能性もあるよね。ま、私の危惧してる『裏』が無ければの話だけど。
依頼料の話とかその他のこまごまとした話を聞き流しながら考えていると、段々と関係無い話に逸れてきていた。でも、その内容の一部分に気になる単語を聞いてはっと意識が戻ってくる。
「全く、北ばかりに集中して勇者様一行を向かわせるんじゃなくて、他の辺境伯の領地にも派遣して欲しいな。ここ最近は兵士の数が全く足りない」
勇者?今勇者って言ったよね?それって私と同じ異世界転移者の人達なのかな?私は勇者様一行という存在について質問してみた。今まで黙っていたのに突然話しかけたことに驚いたみたいだけど、そんなことどうでもいい。早く教えて!
私が興味を持ったのに気付いたみたいで、「あまり詳しく情報は来ていないが」と前置きしてから教えてくれた。
「どうやら、王国の宮廷魔術師達が秘術を使って異世界から呼び出した類稀なる力を持った3人の若者らしいぞ。その中でリーダー的な存在なのが、【勇者】スキルを持った少年で、他には【聖女】と【賢者】が居るらしい。この勇者一行は、魔王が治める魔国から下りてくる強力な魔物達を討伐して、争いの絶えなかった北の地を僅か数日で平和にしたって噂だ。本当かどうかは知らないがな」
「少なくとも、我々冒険者ギルドでは勇者様一行の活躍はまさに獅子奮迅の如きだったと聞いていますがね。ギルド特例でAランクの冒険者として登録していますよ」
「ほう。そうなのか。冒険者ギルドが認めるのならば実力は本物のようだな。それならば少し間で良いから俺の領地にあるあの厄介な魔物の巣をなんとかするのに貸し出してほしいが…」
私はその話を聞いてちょっと不愉快になった。恐らく本人達は例の暗示のようなものであまり気にしていないんだろうけど、勝手に異世界から呼び出しておいて都合の良い様にこき使っているようにしか聞こえない。わざわざ少年という表現をしているに恐らくは私とそんなに年代も違わないだろうし。本当にこの人達はなんとも思わないのだろうか?
小さな声でそう非難すると、その声が聞こえたようでフォゼ辺境伯は「確かにそうだな」と顎に手を当てて考えるようにしてそれ以上は言わなくなった。そして、少ししてからおもむろに顔を上げると私と目を合わせてきた。
「勇者様達については、恐らく王都からも近いクラウゼル子爵の方が詳しいだろう。あの人は女性貴族のお茶会を定期的に開いていろいろな場所の情報を仕入れているからな。爵位こそ子爵だが、貴族としての能力はあの人は貴族の中でもトップクラスだ。もし、俺の依頼を引き受けてくれるならば、勇者達についての情報を教えることも報酬に追加しよう。どうだ?」
うぐ。流石貴族。私が興味を示したものを前面に出して交渉してきたね。うぬぬ…。あまり関わり合いにはなりたく無いんだけど。これは同じ異世界から来た人達の情報収集だから、私の為ってことにしちゃう?依頼内容を何か隠しているような気もするけど、ただ純粋に一人娘が心配で過保護なだけって可能性もあるしね。
なんだか言い訳じみているし、結局依頼を受ける気になってしまって負けた気分だけど、今回は不可抗力的なものとして扱おう。こうして、段々と人と関わり合いになっていっちゃうんだろうなぁ…しみじみ。
せめてもの悪あがきに、とても嫌そうに渋々と依頼を受けると伝えた。すると、その場でフォゼ辺境伯が依頼契約の紙を書き出して、私がその内容を確認して承諾すると、そのままギルドマスターがその場で受理してという流れであっという間に決まってしまった。なんだろう、なんだか悪徳商法に引っ掛かった気分になってるよ。
もう決まってしまったものはいっか。依頼開始は3日後らしいから、それまでに準備をして当日の朝に領主館に行けばいいみたい。3日あれば周辺の地図もほぼほぼ埋まるかな。早速マッピングをしに行こうかな。




