メロンソーダ
夜間、ふとした時に小腹が空くことがある。
そんな時は、いつも教科書やレポート用紙、小さめのパソコンが入ったリュックサックを担ぎ自転車を漕ぐ。
向かっている店は今住んでいるアパートから五キロちょっとだ。
大学の同級生たちは都会慣れしているようで、同じ距離だとタクシーや電車に乗るみたいだ。
しかし田舎から出てきた私にとっては五キロは近い。
もし自転車が無かったら、そん色ない顔をして歩いていただろう。
その店は普通の喫茶店なのだが、営業時間が23時から3時と幅が狭い上に遅い。
深夜に営業している喫茶店といえば、お酒を扱っている店が多いが、この店は少数の方の取り扱っていない店だ。
自転車は静寂な夜の住宅街を、車輪を回しながら切り裂いていった。
喫茶店には駐車場や駐輪場はないので、人の道を塞いでしまわないように入り口のドア脇に留める。
レトロなその店に滞在できる人数は多くなく、カウンターの5席と窓脇のテーブル席の4席の計9人までだ。その窓からは自身が先程まで走っていた国道が覗ける。店内のランプと道の街灯に照らされて少しばかり眩しい席だ。
入口から見て一番奥のカウンター席に座ると、メニューを見る間もなくお目当ての品が運ばれてきた。
キウイフルーツの果実のような碧色の液体に半分の月のようなアイスクリームが浮かんでいる、メロンソーダフロート。
メロンソーダを運んできた店主と軽く挨拶をすると「このあとはどうするのか」訊ねられた。
今日はそこまでお腹は空いていないのでいつも頼んでいるナポリタンを丁重にお断りした。この店でナポリタンとメロンソーダを頼むと、子供頃家族に手を引かれながらいったデパートを思い出すのだが、今日は感傷にも満腹にも浸りたくない。
細長いスプーンでフロートアイスクリームを溶かしながらメロンソーダを味わっていく。
店主に「美術館にナポリタンとメロンソーダの絵が飾ってあったら面白そうだ」といったら「飾られたら隣に出店しようかしら、でも珈琲の売れ行きが下がるかしら」と返され2人で微笑んだ。
メロンソーダが半分を過ぎる頃に、砂糖もミルクも施されていない珈琲が目の前に置かれた。
この店ではアイスクリームの類いを注文すると、半分程食べ進めると珈琲が出される。
オプションではなくてそう言った仕様だ。この仕様に文句を言えるのは、珈琲を苦いといって吐き出してしまう少年少女くらいだけだが、そんな彼ら彼女らはおねむの時間だ。
初回は驚いたが、冷たいメロンクリームソーダと熱いブラックコーヒーの組み合わせは相性が良く、それ以外を考えることが出来なくなる。自身にとっての例外があるならナポリタン。店の雰囲気と共にレトロを感じさせる彼を食べる時はメロンソーダを2杯飲まなければならない。ABCと行けばいい物のそうはいかずAB≠ACなのでABACとなるのだ。ただ単純に私にとってナポリタンと珈琲が合わなかっただけなのだから、BACでも普通の人は良いだろうが、先端にBが来ることが駄目だったのだ。素直に水でも頼んでDBAC良さそうだけれど、ここの喫茶店水自体出されないので水=Dが成立しない。
ホットクールタイムを終えると、空になった器を店主はかたずけていった。
ごちそうさまでしたと挨拶をした後、今日の支払いしようとすると、まだクレジットがあるようで大丈夫と言われた。
二度目のご馳走様のあいさつをし、外の空気を吸いながら僅かばかりの余韻に浸った後、焼けそうな空を背に、また自転車を漕ぎ始めた。