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愛したあなたは悪い人

序章



ピンポーン。「ごめん下さい。」

目線を扉に向け、作業をしていた両手をとめた。

誰だ?ななは親戚の家に行っている。この忙しい時に。

仕方なくインターフォンに向かった。

女性の姿が写っている。「はい、神崎です。」

「すいません、神崎様。お約束していた結城です。ななちゃんのお父様はいらっしゃいますか?家庭訪問にきました。」

きれいな声だ。

私は運命的な出会いをした。

結城先生と男女の関係になったのはそれからしばらく後であった。



第一章「結城先生」


1


「結城先生、ゆうじくんのお母さんからお電話がきてますよ。」

隣の席の西村先生が声をかけてきた。ふたつ年上でなにかと私に先輩風をふかせてくる。「あのお母さんにつかまると大変ですよね。ファイトですよ」


 あんたの隣の方がよっぽと大変だ。そう心にしまい電話に出た。

電話の内容はいつもと同じようなことだ。

ゆうじがまた怪我をしていた、学校ではうまくやれているのか、あの子は内気なところがあるから心配だ。

親というのは子供の一側面しか見ていない。。ゆうじくんは家では大人しいかもしれないが、学校では元気な子だ。怪我の一つ二つくらいはする。

そのように言いたい気持ちを今日も抑え、謝罪と相槌を交互に挟み、ゆうじのお母さんとの会話を終えた。

「さすが結城先生、あのお母さんの扱い方をよく分かってらっしゃる。。もうベテランですね。」

歳をとったといいたいのか。この男は本当にデリカシーがない。

「ありがとうございます。西村先生の指導のおかげですよ。」

自分でも鳥肌がたつようなお世辞を言った。


残った仕事を片付け、マンションに向かうために地下鉄に乗った。

電車に揺られながら自分の人生を振り返った。

30歳の私には現在、恋人もいなければ好きな人もいない。

自分で言うのはなんだが、顔立ちは悪くなく、大学時代は美人と言われていた。大学を卒業して夢であった小学校の先生になってから私の人生は傾きはじめた。まず出会いがない。同僚や先輩にはぱっとした人がいない。西村先生がその最たる例だ。プライベートでの男性との付き合いがなくなり、仕事は同じようなことの繰り返し。

窓に目をやるが地下鉄のせいで外が見えない。そこには私の顔が写っていた。いつのまにかこんな顔になっていたんだ。くたびれた自分の顔を見て嫌気がさした。

早く素敵な人に出会いたい。






2


その日は憂鬱な仕事をかかえていた。神崎ななちゃんの家に訪問しないといけないからだ。

ななちゃんは私がうけもっている1年2組の生徒だ。彼女は非常に内気で休み時間もいつも一人でポツンと過ごしている。ゆうじくんとは正反対だ。周りの先生いわく、ななちゃんの親は2年ほど前に離婚したらしい。父親に引き取られたが、その父親というがかなり忙しく、ななちゃんの面倒をあまりみれてないらしい。家庭環境のせいで、学校でも元気がないのだろう。近くの親戚の叔母が面倒をみているという噂もある。

「一度家庭訪問する必要があるかもしれない」これでも責任感はあるほうだ。

なかなか自宅にいらっしゃらないお父様で、結局ななちゃんを通して、予定をあけてもらった。



神崎ななちゃんの家の前にきた。思った以上に立派な家だった。

チャイムを押した。反応はない。



「すいません、神崎さん。お約束していた結城です。ななちゃんのお父様はいらっしゃいますか?家庭訪問にきました。」

やはり反応はない。と思ったが遠くからガチャン!

と物音がした。そのあとすぐに扉が開く音がした。

「はい神崎です。すいません、ちょっと仕事が立て込んでまして、今日でしたね」

私は驚いた。出てきた男は驚くほど綺麗な顔をしていた。細面で端正な顔はとても一児の父とは思わせなかった。

「ごめんなさい、お父様。お忙しいところに」思わず顔を伏せた。

「いえいえ。とんでもないです。早速話し合いをしたいのですが、実は部屋が片付けていなくてですね。どうですか?近くにカフェがありますが」

やはり男で一人で子育ては大変なのだろう。

普段ならだらしない男性と思うのだが容姿のおかげで、特に気にはならなかった。


二人は近くのカフェに入った。

「お忙しいところ、すいません、お父さん。」

「いえいえ、とんでもないです。

いつもなながご迷惑をかけています。

ちょっと男一人で育てるのは大変ですが、必ずななには不自由をさせませんから。」


この人はすごく誠実な人だと話していて思った。本当は色々家庭の事情を聞こうと思った。ただ緊張して、用意していた質問を私のほうからは聞くことができなかった。

しかしお父様のほうからななちゃんのお家での近況を聞けたおかげで、職場にもいい報告ができる。

もうカフェにきてから1時間が経った。

もうこの時間が終わってしまう。


私は大胆にも「あの、ご連絡先をおうかがしてもよろしいですか?」と聞いてしまった。

自分でも驚いた。これまでの人生、自分から男性に連絡先を聞いたことは1度もなかった。


「え?どうしてですか?」

彼は戸惑っている。

私はしまったと思った。先生が親御さんに連絡先を聞くなんてご法度だ。


「あ、違うんです。今回訪問しようとしたもご自宅でお電話してなかなかお父様が繋がらなかったじゃないですか。それでななちゃんに約束を取り付けてもらって、、。お父様の電話番号があればそのようなこともないのかなと思いまして」


我ながら苦しい言い訳だと思った。自分でもその言い訳が本心であると言い聞かせた。

もしかしたら、潜在的に目の前の男性が気になっているのかもしれない。

しかしその可能性を打ち消したかった。


しかし彼は優しくこう言った。

「ご迷惑をおかけしました。電話番号をいいますね。ただひとつだけお願いがありまして。」

私はよかった。と心の中でガッツポーズをして彼のお願いを聞いた。


「娘のななには、学校で私の話をしないでほしいです。できれば今日のことも。

ななはまだおさなく繊細なのです。

今回のように、結城先生がわざわざ個別訪問してくれるといった特別扱いをすると、

自分が片親だからではないかと傷ついてしまうかもしれない。

前の妻はどうしようもない人で私が引き取ったのです。ななを大切にしたいのです。」



「素敵ですね。神崎さん。私も精一杯ななちゃんに目配りします。」

聞こえるか聞こえないかの声で名前をつぶやいてしまった。

苗字を呼ぶことで少しでも特別感を味わいたかった。

私は先生として愚かだと思った。このように一生懸命に娘を思う人に対して、下心を持ち始めている自分に罪悪感を抱いた。


電話番号を教えてもらい、お別れをした。


あの人にどう思われただろう。

しかし、私は確信した。

あの誠実な言動、端正な顔立ち。社会人になってから何もいい出会いがなかった私。

あの人が運命の人だ。







3


あの日から1ヶ月がたったが、神崎さんのことが忘れられない。大学を卒業してから十数年ほど小学校の先生の仕事をつづけていた。最初こそ夢の職業につけたため張り合いもあり、子供たちのことがかわいくて仕方かなかった。

はじめて担任をもったときの感動は本当に忘れられない。

しかし、何年も続けているといったい何のために仕事をしているのだろうと思えてきたのだ。大学の同期たちが一人、また一人と結婚するにつれて自身の女の価値がなくなっていく気がした。周りには出会いがない。いつか私を救い出してほしい。そう思っていたときにまさに私の理想の人が目の前に現れた。神崎さんに会いたい。


もちろん連絡先をきいたがあくまで事務的に入手したものであるから電話をするのは言語道断だ。

どうやって神崎さんとコンタクトをとれるのかばかりを考えていた。

「結城先生、最近疲れていませんか」

隣の席の西村先生がいつもの調子で声をかけてきた。

「いえ、気にしないでください。もうすぐ授業なので失礼しますね。」

西村先生が私に気があることくらいはいつもの行動でわかってしまう。


ー頼むから話しかけないでくれ。もしも偶然神崎さんが学校にきて、ななちゃんに会いに来た時にに見られたらどうするんだ。ー


私は心の中でそう思う自分にぞっとした。神崎さんと出会って1か月があったが、時間が経つにつれてあの人の思いが強くなっていた。神崎さん中心に物事を考えてしまっていた。




「はーい。ゆうじくん教科書の52p読んでみて。」ゆうじくんは元気でいい。クラスのムードメーカーのため、困った時はいつも彼をあてる。ななちゃんもこれくらい元気があったらいいのに。

神崎さんと会って以来、ななちゃんをどうしても目で追ってしまう。ななちゃんは神崎さんといつもどのような会話をしているのだろう、神崎さんは家ではどのような父親なのだろう。よからぬ妄想をしてしまう。


だが、気がかりなことがある。


ななちゃんがとても私によそよそしいのだ。普段から暗いのだが、いつにもまして私に対して冷たい態度をとる。


神崎さんに、「私も精一杯ななちゃんに目配りします。」と約束をした手前、

積極的にコミュニケーションを図りたいのだが、私と距離をとっている気がするのだ。

私と神崎さんが会ってから様子がおかしい気がする。

「まさか、神崎さん、ななちゃんに何か言ったのでは。変な先生だとか」

心の中でそう思った。授業中にもかかわらず、神崎さんのことばかり考えてしまう。



4


「結城先生今日いっぱいどうですか?最近ストレスたまっているみたいだし。」

帰り際、西村先生から初めて夕食の誘いをうけた。さりげなく誘っているつもりだが、緊張しているのが丸わかりだ。西村先生の顔をみるとどうしても神崎さんとくらべてしまう。西村先生は太っているわけでもないしむしろ顔は整っているほうだ。ただ女性に慣れていないのがバレバレの立ち振る舞いが気に食わない。

女性に慣れていないから年下の私に先輩風をふかすような態度しかとれないだろう。

「すいません。ちょっと疲れているので。」


丁重に断り、私は学校を後にした。

西村先生に私の日課を邪魔されたらたまったものではない。


私は学校の近くの本屋で時間をつぶした後、バスに乗った。今日もバスの中は人が少ないが、混雑をさけるためにこの時間帯を狙ったわけではない。


とある場所におりて、閑静な住宅街へむかった。街灯も人通りも少ないため、私にとっては好都合だ。神崎さんの家の近くについた。いつも神崎さんを一目みれないか、ここにきては電柱に隠れ観察をしている。一目でいいから、神崎さんに会いたい。

私は時刻をみるため携帯を開いた。

「21時、もう帰るか」今日もお会いすることができなかった。

携帯から神崎さんのラインのアカウントをみて顔を確認する。

連絡先を登録したら「友達かも」に現れて以来、会えない寂しさをこのアカウントの写真で紛らわしている。

やはり端正な顔立ちだ。いつも帰りの遅い神崎さんとどうすれば会えるのだろうか。





5


「結城先生、本当にお疲れな顔してますね、どうですか、今日は飲んでリフレッシュしませんか?」

生徒たちのテストの採点がやっとのこと終わったタイミングで西村先生が2度目のお誘いをしてきた。

横をみると満面の笑みの西村先生がわざとらしいガッツポーズをしていた。

この人にかまっている暇はないと思い、どう断ろうか考えているときに近くにいる同性の先生たちが次々とこう勧めてきた。

「結城先生、仕事で悩んでいるでしょ。西村先生は優秀な教師なのですからいろいろ相談しなさい」

「そうですよ。若い人同士コミュニケーションをとらないと。」

周りのにやにやした顔をみて、私が西村先生に嫌悪感を抱いているとわかっていてこのようにそそのかしているのだ。

第一西村先生のことを優秀と思っていないのは誰の目から見てもわかる。おそらくこの学校のなかでそこそこ美人な私のことをひがんでいるのだろう。

「そうですね。でしたら西村先生ぜひお願い致します。」

私はうまく表情をつくれているかわからないくらいの愛想笑いをうかべ、西村先生の誘いに応じた。


6


「僕はね、日本の教育を変えたいんですよ。」

寒気がするセリフを目の前にいる男は言い張った。

西村先生といっしょに飲んでいるこのお店はまさにセンスがない人間が選ぶ、周りの声がうるさい居酒屋だ。

西村先生は私の話など一切聞かず、終始自分の自慢話ばかりを繰り広げていた。周りがうるさいため、西村先生の声も会話を重ねるごとに大きくなる。

つまらない西村先生の話のせいで私は退屈をごまかすため、アルコールだけはすすんでしまっていた。

「いい飲みっぷりですね。案外結城先生いける口ですね。」


「はあ、そうですね。」

相槌をうつのにも疲れてしまった私はどうやってこの場を離れようかだけ考えてみる。

「ちょっとトイレにいきますね。」

一刻も早くこの空間から逃げたい私は立ち上がり、どう居酒屋をでるか考えることにした。

西村先生のせいで生気をしぼりとられ、癒されたいと思った私はいつものように神崎さんのアカウントをみて心の中でこうつぶやいた。

「助けて神崎さん」

するとアルコールのせいで判断がにぶったのか、誤って【友達追加】を押してしまった。

やってしまったと思ったが不思議と後悔はない。一歩関係が近づいた気がした。


席にもどると以外にも西村先生はお会計をすませていた。

「さあ、いきましょか結城先生」

こいつもなかなかいいところがあるな、と初めて西村先生を見直した。


だがそれは私の勘違いだった。なんと彼は二軒目にいこうと言い出したのだ。


会計をすませたのは、少しでもスマートにみせて、私を抱こうとしているのか、と心底嫌気がさした。

そこで私にある考えが浮かんだ。お酒が私を大胆にさせる。


西村先生の誘いに応じて、彼のいきつけというバーについていくことにした。

『抱きたい』が顔に書いてあるくらいのいやらしい西村の顔を横目に、私は作戦を実行した。ラインを開き、神崎さんに私の位置情報を送った。さらに『助けてください。今同僚といて大変なんです。』と投稿した。



7


バーの西村先生はさきほどの居酒屋とは打って変わって聞き役に徹していた。

『女性には話をさせろ』という恋愛バイブルを今更になって思い出したのかと感じるくらい寒気がした。

いくら彼が聞き役になろうが、私が一切話さないため、気まずい空気がながれた。しかし気まずさを感じているのは西村先生だけだ。

私はどきどきしてならない。今日初めて神崎さんさんと連絡をとったが、何故だかここに来てくれるに違いないと確信していた。

「そういえば結城先生、ななちゃんとはうまくやっていますか?」

空気に耐えられなくなった西村先生が話をふってきた。あなたにななちゃんの名前を口にしてほしくない。


するとバーの扉が開いた。

伸びた背筋。目の前にいる西村よりも5つ以上は離れているはずなのに、歳を感じさせない顔立ち。神崎さんがそこにいた。


「神崎さん」

私は彼のほうへ走り出した。

急に見知らぬ男性が現れ、困惑した西村は「誰だあんた」とよわよわしい声を出した。


「私は結城の大学の先輩だ。困っていると聞いてかけつけた。結城、いこう。だいぶ酔っているだろう」

なんて素敵。しかも私に気を遣って生徒の親ということをかくしてくれた。

神崎さんは私の手をつないで、そのまま連れ去ってくれた。。

「神崎さん、抱かれる準備はできています。」と心の中でつぶやいた。



8



「結城先生、今日もご機嫌ですね。」

隣の西村が話しかけてきた。こいつの鋼のメンタルにはあきれてくる。

笑みが止まらないのも無理はない。

最近神崎さんが私の家に来てくれて、何度も私を抱いてくれる。

付き合う前の習慣にしていた、神崎宅の偵察も最近はやめた。いつも神崎さんといっしょにいられるのだから、わざわざストーカーみたいなことする必要もなくなったのだ。

神崎さんには以前私が自宅の周辺をうろついていたことはもちろん秘密にしてある。


「神崎さんと私が両思いでよかった」

あの時家庭訪問をしていなければ、神崎さんと出会うことはなかった。

運命に感謝をした。


私は社会人になってから特に無駄遣いをしてこなかったため、人並以上には貯金がある。

将来、このお金を神崎さんとななちゃんのために使えるのはこの上なく幸せだ。


しかし、気がかりなことがひとつある。

そろそろななちゃんに私たちのことを話したいと思っているが、神崎さんには

「デリケートな問題だから絶対に言わないでほしい」とお願いされている。

それは理解できるのだが、絶対に自宅に招いてくれないのだ。

「ねえ、神崎さん。ななちゃんを親戚に預けて一度家で遊びましょうよ」

そう提案したことがあったのだが、頑なに拒絶をされた。

「やはり一番大事なのはななちゃんか。まあそれでもいいか」と私は心の中で納得をしていた。



放課後、急にななちゃんが職員室を訪ねてきた。

ななちゃんから話しかけてくれるのは珍しい。

なにやら深刻な顔をしていたため、周囲に人がいるとよくないと思った私は談話室に案内をした。


ななちゃんと二人になると泣きそうな顔をしていた。


「先生、ずっと冷たくしててごめん。

私先生にずっと隠してたことがあるの。

怒らないで聞いてくれる?」


もしかして私と神崎さんとの秘密の関係がばれてしまったのか。

私はななちゃんの告白をきく準備をした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第2章 「神崎」


1


向かいに座っている女性二人組が神崎をみている。

四十代にもかかわらず、俳優にでもなれそうな二枚目風の顔立ちに見入っているのかもしれない。


神崎は今日も23時ごろの電車に乗り、家にいるななの身を案じていた。

ななには母親がいないため非常に寂しい思いをさせている。学校でうまくやっているか心配だが、多忙な毎日のせいでななとうまくコミュニケーションがとれていない。唯一の救いはななはとても聞き分けの良い子ということだ。

私は朝早くに起きて朝ごはんと同時に夕飯もつくっている。

ななには作り置きの夕食を毎日食べさせているが、それでも「いつもありがとう」と言って父親である神崎に温かい表情をむけてくれる。


「お父さんいつも朝早くにご飯をつくってくれてありがとうね。」

その言葉だけで仕事を頑張ろうと思う。


神崎は40歳の若さで上場企業の営業部長を務めている。出世のためだけを考え、ガムシャラに働いていたせいで、色々なものを失った。妻と別れてからもう、2年たっただろうか。

責任感に押しつぶされそうになるが、家に帰って愛するななの顔をみると疲れが吹き飛ぶ。


ふと電車にいる美男美女の若いカップルを目をやる。この時間帯は車内も空いているためか、楽しそうに二人の空間を作り出している。

微笑ましく思うと同時に別の感情が生まれた。

「自分もあの若いカップルのように純粋に恋愛を楽しめたなら。」

今年で40歳の神崎には気になる女性がいる。

まだお付き合いをしているわけではないが、もしもななに会わせたらどう思うのだろうか、と想像をした。

ななには家庭をささえてくれる人が必要だ。

親戚も週に1回しか面倒をみてくれないのだから。

そして自分自身の疲れも癒してほしい。

最寄り駅まで到着するまでの間ずっと頭の中で考え込んでいた。

ふと時計をみるとすでに23時半を過ぎていた。

実は神崎には少し心配なことがあった。

以前、神崎宅の周辺に不審な人物がうろついているという通報をうけたからだ。

本当ならば早くかえってやらないといけない。神崎宅は閑静な住宅街なため、夜になると少し物騒だ。

ななを家に一人にさせているのが気がかりであった。

この前も花瓶が壊れていた。もしかしたら、なながストレスから花瓶を割ったのかもしれない。

ななはやっていないと言い張っていた。

嘘をつく子ではなかったのに、やはり親に構って欲しいのかと神崎は一人で納得をしていた。

やはりななのためにも家庭をささえてくれる人が必要だと感じる神崎であった。



2



あかりと正式に付き合ったのは彼女と出会って2か月程経ってからだ。

彼女からの猛烈なアプローチをうけ交際にいたった。

ななを親戚の家に預けて、今日はあかりと初めてのデートの日だ。


待ち合わせの駅にいくと、人通りが多いのにもかかわらず一際目立つ女性がそこに立っていた。

周りの人たちが疲れた顔で歩いている中、凛としたその表情と姿勢を目を奪われた。


あかりは誰がみても口をそろえて美人というくらいの容姿を持ち合わせていた。

神崎からすれば、10歳も年上でありかつバツイチ子持ちの男を好きになってくれたのか不思議でたまらなかった。


「あかり、ごめんまった。」

「全然。むしろななちゃんに申し訳ないわ。早くななちゃんに会わせてね」


あかりには早々にななの存在を打ち明けていた。

それでもあかりは、神崎ことを好きになってくれたのだ。


「ごめんな。急に俺たちのことをいうとななもびっくりすると思うから」


いつかななにあかりを紹介したいとは思っている。

神崎はあかりの手を握り、目的地である映画館にむかった。


二人で見た映画は不倫を取り扱った恋愛ものだった。

あかりには「絶対浮気したらだめよ」

と釘をさされた。

神崎は笑った。

嫉妬されたのは何年ぶりだろうか。妻と別れて2年、こんな感覚は久しぶりであった。


映画を見終わった後は併設されているショッピングモールで買い物をした。

途中迷子の子と遭遇したとき、見つけた途端あかりはすぐにその子のそばにより、

「お母さんはどこ?」

と優しく声をかけていた。

本当に子供が好きなのだな、と神崎は感じた。


ななともうまくやっていけるだろう。

そう確信した。



3



「あかり、ごめん。もうすぐ帰るよ」

愛しのあかりにそう告げた。

胸の中にいる彼女を抱きしめた。

神崎は幸せの絶頂にいた。あかりとは付き合ってから、3回ほど性交をした。

あかりに申し訳がないのは自身の家に連れていくことができず、いつもあかりの部屋で行為をするということだ。

ななには申し訳ないと思っている。

最近は仕事が落ち着いてきたので、20時には家に帰っている。しかし、週に1回はこうしてあかりと逢瀬を重ねている。自分は心底弱い人間だと思った。あかりと会えば家のこと、仕事をすべて忘れることができる。あかりと会う日はきまって23時ごろの帰宅になってしまう。それでもななは「最近パパの帰りが早くてうれしい」といってくれる。

彼はこの生活を解決する方法を1つだけわかっていた。

「私は子供すきよ。」

あかりが神崎に優しいまなざしをむけて言葉を続けた。

「神崎さんの支えになりたい。あなたは仕事に専念して。毎朝家事も自炊もして、仕事にも追われて大変だったでしょ。きっと私うまくやれるわ。

仕事は好きだけど、やめる覚悟もできているよ。」

神崎は目頭が熱くなった。ずっとあかりにプロポーズをしたかった。しかし、子供のいる自分では迷惑ではないかと思っていた。

あかりはその気持ちをさっしていたのだろう。

彼女を抱きしめた。

今週末、ななにあかりを紹介しよう。


決断してからの神崎は早かった。その週の土曜日、あかりを家に招待した。ななにあかりを紹介したときはなついてくれるか心配であったが、それは杞憂におわった。

時間はかかったが、子供好きのあかりはななと打ち解けた。

今ではあかりが家事全般をしてくれている。

神崎は3人で一緒に暮らす幸せをかみしめた。



4



あかりとななとの3人の生活が幸せに続いたある日、時間はおきた。




その日はあかりがなかなか家に帰ってこなかったので、二人で食事をすることにした。

あかりと一緒に暮らすようになってから、笑顔の絶えなかったななが今日は何故か暗かった。


食事中ずっと無言だったななが突然口を開いた。


「ごめん、パパ。

実はね私、パパにずっと隠していたことがあったの。」


神妙な顔つきのななに私はいったいどんな話をするのか不安になった。


ななからの告白を聞き終わった後、急に私の携帯が鳴った。


「すいません。神崎さんのご携帯ですか?

警察です。実は被害者の携帯をみて、あなたとのやり取りが一番多かったためお電話しました。」


私は背筋が凍った。


「あかりさんがあなたの家に向かっている最中にある女性に刺されました。

すでに身柄を拘束しましたが、その女性は結城と名乗っており、あなたのお子さんの担任だそうです。また神崎さんとは恋人関係にあるとおっしゃっております。

裏切られたからあかりさんを刺したとおっしゃっております。状況を確認したいため、一度署にきていただけないでしょうか?」


ななの先程の告白が神崎の頭の中を反芻する。


「パパ、私ね、担任の先生に家庭訪問したいって頼まれたことがあったの。

でもパパが忙しいそうだから結局相談できなかったの。

それでね、先生にこの日にきてくれたら、パパがいるって嘘ついたの。

黙ってて本当にごめんね。

嘘ついてからずっと先生と気まずかったの。

でもね。


先週やっと先生に謝ってスッキリしたよ。」


この告白はどうでもよかった。

その次のセリフだ。


「そのあとね、いままで黙っていたこと話せてスッキリしたから、結城先生に最近のこと話したの。

パパが楽しそうなこと、パパの好きなあかりさんって人と毎日一緒に暮らして楽しいってこと。そしたらね。結城先生すごく怒ってたの。なんでだろうね。」



5



神崎は署に向かった。




あかりは帰宅途中に

「あなたが神崎さんとお付き合いしているあかりですか?」

と聞かれ、刺されたらしい。


結城先生はななから告白をうけて以来、何度も神崎と連絡を取ったが、LINEについては解約されており、電話にかけてももつながらなかったらしい。


そしてここ数日ずっと神崎宅周辺をうろついており、あかりが誰なのかを見張っていたそうだ。


神崎に捨てられたと思った結城先生は復讐のため、犯行に至ったという。




警察は神崎が浮気をしており、痴情のもつれから浮気相手の女性が暴走したと疑った。





だが、すぐにその疑いは晴れた。



捕まった結城先生が神崎の顔をみても、

「あなたは神崎さんじゃない!神崎さんを匿っているんでしょ?」

と言い張っていた。


もちろん神崎も結城先生の顔をみたが、初めて会う人で間違えはなかった。



結城先生の携帯をみても、確かにだれかと頻繁に連絡をとっている痕跡はあった。


疑いも晴れ、警察から解放された神崎はすぐさま、あかりの元へ向かった。


幸い傷も浅く命に別状はなかった。

「神崎さんだめじゃない。浮気は」


「違う!誤解だよ。でもあかりが無事で本当に良かった。」


「分かってるわ。あなたがそんな人ではないってこと。」


二人は抱きしめあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


終章「正体」

俺は結城の部屋を物色して見つけた現金をバックに入れ街を歩いていた。

あいつは俺のいうことならなんでもきく。

今は銀行はあてにできないからタンス預金がいいといったらすぐに信用した。

西村から救い出して以来、俺は何度も結城を抱いた。

あなたの家に行きたいと言われたがもちろん招待できるはずがない。



あの日、あのバーで結城を救い出した日、

位置情報が送られてきたときは笑いそうになった。

おそらく俺に惚れているのは間違えないが、どのように釣ろうか考えていた矢先だったから本当にタイミングがよかった。


何度も電話がきて、「浮気しているでしょ?」とメッセージがきたときは潮時だと思いすぐに職業用の携帯を解約した。



今は結城から奪った金で海外に高飛びをするため、空港にいる。



初めて結城と出会ったことを思い出す。

空き巣をする前に入念に下調べした神崎宅。

シングルファザーで子供は毎週水曜日に親戚の叔母に面倒をみてもらっている。

その日がチャンスだと思い空き巣に入ったところ、急に玄関から女性の声がした。

「すいません、神崎様。お約束していた結城です。ななちゃんのお父様はいらっしゃいますか?家庭訪問にきました。」

きれいな声だった。学校の先生のようだ。

やりすごそうと思ったが、物音を立ててしまったため、仕方なく玄関に向かいこういった。



「はい、神崎です。」



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