二十四話 夜を求めた男達
「さあさあ! お待たせしました! この夜に挑む挑戦者の登場だあ!!」
リングの上にいる派手な服を着た司会者が煽り立てると、会場はさらに燃え上がる。無数のスポットライトに照らされたテント内は熱気と狂喜に満ち溢れていた。
「さあ! お二人様! どうぞリングへ!」
私は言われるがままにリングへと足を進めようとすると、
「待っちなさいよぉ! これどういう、ええ!? なんなのよぉ!」
「大丈夫よ。私が守るわ」
すっかりパニックになるバラコフ。その手を引っ張って私はリングに上がると、周りの観客は私を見てざわつき始める。
「おい……あの女どっかで……」
「えっ!? あれってヴィエリィじゃないか!?」
「ほんとだ! ヴィエリィだ! 武術チャンプのヴィエリィだ! 間違いねえ!」
どうやら自分の名はこんなところにも届いているみたいだ。観客達はすごいものを目撃したかのような眼差しでこちらを見て騒ぎ出す。
私はリングをぐるりと見渡すと、
「中々綺麗でいいところね。リングがあるってことはここで武術の勝負をするんでしょ?」
司会者に目を配らせそう言った。司会者はその言葉に鼻を高々とさせ、手に持った木の棒のような形状をした『ネイロの花』を握り直す。
ネイロの花は通称"拡声の花"とも呼ばれ、この花に自分の声を当てるととても大きな声となって周りに響かせる能力を持っている。
「素敵なお嬢さん! ようこそ夜の闘技場へ! 察しの通りこれからお嬢さんには拳法で戦ってもらいます!」
司会者の声はネイロの花によってテント中に響き渡る。
「ちょっとぉ! いきなりこんな所に連れて来て詳しく説明しなさいよぉ!」
水を挟むようにバラコフが言うと、司会者は笑みを見せながら嬉々として話し始めた。
「おっとゲストは早くも対戦を望んでるようです! それでは向かいのコーナーから対戦相手を呼びましょう!」
テントを照らしていたスポットライトが暗くなると、大きな対面の扉だけが照らし出された。その扉が重々しく開くと、
「今宵もこの男がやって来た! ギャンブルタウンオリゾンの長にして帝王! 絶対無敵のチャンピオン! 『ギャラス』町長の登場だあーー!!」
オオオオオーーーー!!!!
派手な登場から現れたのは意外な人物であった──。スポットライトを受けてリングに上がる男。だぶついた服から見える何とも言えぬその肉のついた腹、無理矢理オールバックにした頭とパッとしない冴えない顔、とても武術をやっているようには見えない中年の男性であった。
「ん? あの人どっかで見たようなぁ……?」
「…………! あなたさっきの!」
「おっ、気づいたか。さっきぶりだね」
出てきた中年は先ほど私達をここに連れてきたおっさんであった。髪型と雰囲気が少し変わった程度であちらもどうやら隠す気は無いらしく、私達を見てニヤニヤと笑う。
「あたしたちを騙したのねぇ!」
「始めから仕組まれていた訳ね……」
「はっは! そうともとれるね。しかし嘘はついてないよ。君達が勝てば大金を得られる、その事は本当だよ」
中年、もとい町長が言う。そもそも私達を町長が直々にこんなところに連れて来るとは思わなんだ。そのことに私は少し疑問を感じる。
「なぜオリゾンの町長がこんなことを? それに私が誰だかわかってるのかしら?」
「──ああ、わかってるとも。君はこの南大陸に轟くヴィエリィ・クリステンだろ? だからこそ声をかけたんだ。私は君を倒すためにここへ連れてきたのだよ」
町長の目は本気であった。どうやらこの男、ただ者では無いらしい。歴戦の経験から得体の知れないものを私は肌で感じた。
「ほ、ほんとにあんた町長なのぉ!?」
「……まあいいわ。あなたを倒してサンゴーを返してもらうわ」
「ああいいとも……君達が"勝てば"ね。司会! さっそく始めろ!」
町長が手をあげると、司会者がネイロの花で会場に語りかける。
「────みなさん! 夜は好きかあ!」
オオオオオーーーー!!!!
「夜を求めるかあーー!!」
オオオオオーーーー!!!!
「夜の幕が今宵も開けるう! オリゾン伝統の戦いの火蓋が今、切られます!! 両者が戦ってもらう拳法! それは夜を求める拳! 本日も『夜求拳』が始まります!!」
オオオオオーーーーッッッッ!!!!
その文句に会場はものすごいヒートアップを見せた。そして盛り上がる観客とは裏腹に私達は困惑する!
「な、なに? なに??」
「やきゅうけん?」
「そうだ。このギャンブルタウン、オリゾン発祥の拳法──夜求拳で私とこれから戦ってもらう」
私とバラコフはよく状況が飲み込めない。それを置き去りにするよう司会はルール説明を始める。
「ルールは簡単! 夜求拳、それはこの街のルールにしたがった勝負! 両者は普通の拳法のような殴りあうなどの野蛮な事はしません! なれば決着は公正かつ、子供でもできる勝負方法! すなわち──"ジャンケン"で対戦して頂きます!」
──"ジャンケン"!! それは誰から見てもフェアであり、子供から大人までも公正でシンプルな勝負方法! 私達はリングの上でその言葉が出てくるとは耳を疑った!!
「「ジャンケン!?」」
「その通り──。この街では"暴力"を禁止とさせている。ましてや町長である私の目の前でそんなことは許されない。それが例え観客に見せる武術であっても同じこと、だからこそ私は"相手に触れない"この拳法を生み出した。そしてここからがもっとも重要なルールだ」
──呆気にとられる。まさかジャンケンするなんて、そんな事を思うと司会はさらにルールを解説する。
「夜求拳はその名の通り、夜を求める拳! しからば──負けた者はその場で『服を脱いでもらいます』!!」
「……えっ?」
「なっ……」
「「なんですとぉ!?」」
なんかとんでもないルール説明がされた。私達は声を揃えて驚嘆する。
「ここはギャンブルタウンだ。当然、賭けるものが無ければ勝負は成り立たん。私は金を賭け、君達は服を賭ける! さて、どうする? このまましっぽを巻いて逃げるのもありだ……。ヴィエリィ君、勝負を受けるかね」
町長は挑発するように言ってくる。
「ヴィエリィ! まずいわぁ! こんなの乙女がやるもんじゃないわよぉ!」
「……やるわ」
「馬鹿! わかってたけど馬鹿! 負けたらあんた素肌を晒すのよぉ!?」
「でも、やらなきゃサンゴーは戻ってこない。それにようはただのジャンケンでしょ? 別に難しいルールでは無いわよ」
私は町長に指をさしてその挑発を受ける。
「その勝負、受けてたつわ!」
「ナイス! 流石だヴィエリィ君! 君なら受けると思ったよ」
その言葉で更に観客はおお盛り上がり。もう後へは引けない、このギャンブルは今ここに成立された──!
「いやあいいね。ナイスだね、ナイスだよ!」
「……さっさと始めましょ。勝負は何回なのかしら?」
「勝負はまったく持ってフェアにいかせてもらう。君達は私に三回──たった"三回"勝てばいい! それだけだ! そして私は君達に"六回"勝てばいい! それだけだよヴィエリィ君!」
それは予想外の展開だった。私は念を押すよう聞き直す。
「私が三回、あなたが六回──それ私達が有利ってことよね?」
「ナイスな質問だ! その通りだよ! だが変わりに君は一回負ける度に衣服を脱がなくてはならない! 一回目でその着けてるグローブ、二回目で靴、三、四回目で上下の上着! 五回目で下着のどちらか! そして──六回負けた君は全裸となってゲームセットと言うわけだ……。そういった意味でこのゲームはフェアなのだよ。私は男だ。観客は男の裸なんて見たくないからね、私は脱がない代わりに三回のライフしかない訳だ」
熱く、いやらしくルールを語る町長。それに私は背筋を寒くさせる。
「どうやらとんだ変態野郎ってことね……」
「ここにいる観客が全員男の理由がわかったわねぇ……」
観客は『脱げー!』『やらせろー!』『はよ見せろー!』などと下品な野次を飛ばしてくる。こいつら全員殴ろうかしら?
「心の準備はいいかね? なに、やることはただのジャンケンさ。楽しく、フェアにいこうじゃないか」
「よく言うわ。その曲がった性癖で私が倒せると思わないことね!」