十九話 心よ、硬くあれ
「嘘だろ!? なんで生きてる!?」
視界が開け、月光が差し込む。そこにオカマと妙に頑丈な何者かを見たアッピアは驚きを隠せない。たしかにクリーンヒットした攻撃、それは相手が岩だろうが鉄だろうが、必ず貫く有無を言わさぬ超水圧の弾丸なのに、そいつらは原型を留めて自分の前にまだ存在しているのだ。
「バラコフ──助カリマシタ。予想外ノ計算発生。勝率ガ高マリマシタ」
「あったりまえよぉん! あたしを誰だと思ってるのよぉ! (まあほんとは今さっきギリギリで気づいたんだけど、結果オーライね!)」
二人が生き延びた理由──それは逸脱であるバラコフの能力にあった。バラコフの能力は『硬度の変化』。それは文字通り硬さや柔らかさを自由自在に操る能力。しかし弱点もある。それは生きてるもの、生命のあるものには使えない。
よって人間の肉の硬さや柔らかさ、これは変えられない。それは自分自身も例外では無いのだ。知的生命体、思考や心が有る限りまったくもって使えぬ能力だが──今、目の前にいる仲間は例外中の例外! 機械であるサンゴーにはその定義が当てはまらないのだ!!
活きていて生きていない。心はプログラムされた人工的なものであるが故の特別存在……! そんな彼にバラコフは己の能力をフル回転させた。その結果──ここに最高で最硬の鉄人が誕生したのであった!!
「ありえない……! お前! なんだ!? なんの能力だそれは!?」
「反撃モードスタンバイ。敵排除シマス」
「ぶっ飛ばすのよぉ!サンちゃん!」
「──了解」
反撃の狼煙をあげるように、サンゴーは猛スピードで敵に突っ込んでいく。
「くっそ!! 『水圧の盾』!!」
敵が叫ぶと池の水が再び動き出す。鞭のように何本もの細長い水がアッピアの前に集まると、厚い膜となって透明な盾となった。
「盾ぇ!? 器用じゃないのぉ!」
「この盾はただの盾じゃねえ! 触れた瞬間、水圧でその手足をへし折ってやる!」
その水芸師の防御策は一つ正解なのだろう。だが、それは普通の人間に対しての答え。機械の鉄人にはその盾、薄っぺらな紙も同然である!
「──依然、問題無シ。盾ヲ打チ抜キマス。『アイアン・フィスト』」
ドシャアッ!!
水の盾に鉄の拳がめり込む。一瞬防げたかに思えた拳はそのまま盾を突き破り男の腹部をとらえた!
「ぐおうッッ!!」
「やったわぁ!」
「──マダデス。盾二威力ヲ殺サレマシタ」
男はのたうち回りながら何とかサンゴーと距離を取ると、
「……ぐっ、てめえ……!! 本気でやってやるよぉ!!」
アッピアは垂れた髪の毛を掻き分けながらドスのきいた声で言うと、池の水が急に爆発したように飛沫をあげた。
「ま、まだやるってのぉ!?」
「バラコフ、気ヲツケテ。敵ハ何カ、狙ッテマス」
飛沫が舞って周囲が湿っぽくなる。男は真剣な表情で手をパンッと、叩くとサンゴーの体に水の塊が浮かび上がり、それは徐々に肥大する。
「コレハ──」
気づいた時には遅い。サンゴーは肥大した水に飲み込まれて、丸い大きな水の球体に閉じ込められた。
「──!」
「サンちゃん!」
水の球体の中でサンゴーは暴れてみるが、閉じられたそれが水なだけに、もがくことしか出来ない。
「……終わったな。これは相方にも見せたことの無い最後の奥の手だ。俺の『水牢獄』からは絶対に逃げられん! そのままくたばれ!」
またしても窮地、サンゴーは機械であるが故に呼吸の心配は無いが、そもそも機械に水はいかがなものか。もしかしたらこのまま壊れてしまい、完全に直らない可能性もある。
「サンちゃん!! いま助けるわ──」
バラコフは助けようと水の牢に手を突っ込むが、その水は中で手を弾き返すように侵入を阻んだ。
「痛っ! なんなのよぉ!」
「無駄だ無駄だ! そんな簡単にいかねえようになってんだよ! お前は仲間が死ぬところを黙って見るしかねえんだ!」
「そんな……!」
水の中のサンゴーは目のライトを赤く点滅させて何かを訴えているようである。それは助けを求めているのかはわからないが、苦しそうに見えるのは確かである。
「うおおおッ!!」
普段は出さない野太い声を出しながらバラコフはやみくもに球体に手を入れるが、それは無惨にも弾かれ無念に終わる。
「カッハハ! 苦しみやがれ!」
「くそおおッ!」
バラコフは考える。何かないか、自分に出来て敵に出来ないこと。そして戦いの中に何かこの状況を打破できるヒントがなかったか、いま一度この敵の能力について考える──。
ああ、こんな時、ヴィエリィならどうしただろうか。彼女なら打開する方法があるんじゃなかろうか。
──いいや、違う。ここにいる、自分がやらねば成らぬのだ。彼女がどうとかじゃない、あたしはもう過去の弱い自分と向き合う覚悟をしたのだ。この現状、必ず破ってみせる……!
「やはり"この池に来た時"からお前らの負けは決まってたんだよおッ!」
──敵の発言、挑発。これが何か引っ掛かった。
今一度、ここまでの整理をする。──すると、おかしな点があるのだ。
ここに来るまでの道中、そして今のこの状況と状態……。──もしかしたら、その疑念がオカマを突き動かした。
水の牢に優しく触れる。サンゴーを助けるため、オカマは自分の能力を信じた。
「『流転の愛』!!」
もう一度言おう! オカマのその能力は"硬度を変える"能力! それは生命の無い水にも適用される! 水は変わった! 見た目では無い! その"硬度"である!!
バシャァァァァン!!
水の牢は解かれた──! 難を抜け出したサンゴー、唖然とする敵! その理由はオカマしか知らないこと!!
「──な、なんで……」
「──あんた、なんで池の水しか使わないのかって思ったのよ。ここに来る道中にも大きな水たまりが沢山あったのに、あんたはあたし達から逃げた。今もこの地面には最初から水たまりがあるのに、あんたは頑なに池の水を使って攻撃してきたわねぇ」
バラコフは語る。敵は目を丸くし、オカマの弁を聞く。
「お、お前まさか──」
「そうよ。この水の"硬度"を変えた……。硬水から軟水にね──! あんたは一定の硬度がある水じゃないとその力、使えないんでしょ?」
水芸破れたり!! バラコフはウィンクしながらそのゴツい顔を敵に向けた!!
「……まだだ! 俺が負ける訳がねえ!!」
再度の水、されどそれが最後の水! アッピアは追い込まれた獣のように乱暴に水を操りこちらに牙を剥く!
「くらえ!! ウォー……」
「──遅イデス。『アイアン・ナックル』!」
それよりも速き鉄の拳が、敵の胸部に深く殴られると、
「ぐおおおああッッ!!」
恐るべき水芸師は作戦通りに吹っ飛ばされ、遠くのぬかるみの地面へと、どしゃりと落ちた。
「作戦終了。ミッション・コンプリート」
「あんたとは心も体も"硬さ"が違うのよぉ──!」