十五話 奇妙なパーティー
勝手に私がバラコフの名前を名乗ったことで、彼は慌ててサンゴーに間違いを訂正させようとする。
「ヨロシク、バラコフ」
「リリアン! リリアンって言ってるでしょ! そんなかわいくない名前で呼ばないでぇ!」
「ネームノ変更ヲ希望デスカ?」
「もちろんよぉ!」
「パスワードガ必要デス」
「知らないわよそんなのぉ!」
一連のやりとりに私が笑い転げてると、バラコフがこちらをすごい形相で睨んできたので目をそらした。
「……この構造は……うーん、いや、でも……」
それを横で見ていたホビィが難しい顔をしながらサンゴーを足先から頭までじっくりと見ながらつぶやく。
「マローリオ……いや、サンゴーだったな。お前は古代の文献に書かれているいわゆる『ロボット』だな?」
「『ロボット』……。ソレハ私ノ種族名デス」
「お前の作られた製造日はわかるか?」
「機体番号『参号』製造日──詳細、不明」
「……そうか」
それを聞いたホビィは少しガッカリする。
「どうしたの?」
「……よく見ると、このロボットの体には現代の技術を模したような作りの部分があるんだ」
「それがどうしたのよぉ?」
「──このロボットは五百年前の遺物で無く"最近作られたものである"可能性があるんだ」
「「え!?」」
ホビィの言葉に私達は驚くと、彼は続けて言う。
「もしこいつを作った奴がいるのならそいつを探して直してもらった方が手っ取り早いかもな。まあ、あくまでも可能性の話しだけどね……」
「サンちゃんあんた一体何者なのよぉ?」
「……解答、不能。スミマセン」
「旅をしてればいつか思い出すさ。それとサンゴー。実はね、私達の旅は──」
私は自分とバラコフが何故旅をしているかを話す。村の人間、行方不明事件、そしてこれから向かうあても無き行き先……。自分が説明すると何とも無謀に聞こえそうだが、それでも私は自分の信念を彼に伝えた。
「──どう? 今の話しを聞いてそれでも私達の旅に着いてきてくれる?」
「今ノ私ノマスターハ、ヴィエリィ、アナタデス。マスターニ着イテ行クノガ、ロボットノ存在意義デス」
「うーん……。別にあなたの意思で決めていいのよ? それにこの旅はもちろん危険なものになるわ。私もあなたの記憶が戻るように色々尽力するけど、時には危ない目にも合うかもしれない。それでも大丈夫?」
「マスターニ着イテ行ク、コレガ私ノ意思デス。危ナイナラ、私ガ守リマス」
「むむ。なら私はあなたをもっと守ってやるわ!」
私はなんとも言えない意地を張ると、へへへと笑う。
「そのロボットはお姉さんと一緒にいた方がいいよ。太古のテクノロジーがその辺でうろうろしてたら、間違いなく悪い奴に拐われて金持ちに売られるだろうね。それなら一緒に旅をして記憶が戻るまで面倒をみるべきだ」
「たしかにそうねぇ。でもどうしようかしら? こんなに銀色の体を光らせてたら嫌でも目立つわよぉ?」
「ソレナラ、心配アリマセン。『変色機能・肌色』」
サンゴーがそう言うと、美しき銀色に輝いていたボディがみるみるうちに変色し、頭以外の全身が肌色へと包まれた。
「サンゴーの体が!?」
「人間みたいな肌色になったわぁ!」
「す、すごい……! そんな機能まであるのか!」
まるで皮膚のようにカモフラージュされた体、サンゴーは残す頭部も肌色に変色させていると、口の部分まで肌色にしたところでピタリと止まった。
「システム、異常、有リ。変色機能95%ガ限界デス」
中途半端に頭部の下半分を肌色にしたところで、その動きは完全に止まってしまった。
「あれ? 止まった?」
「──スミマセン。システムガ上手ク作動シマセン。コレガ限界デス」
「頭の半分から上が機械感丸出しねぇ……」
私とバラコフが悩んでるとホビィが前に出てきて、サンゴーの頭にどこから出したのかおしゃれな帽子をかぶせた。
「……これでいいだろ。この帽子を深々とかぶってればバレない。あとは服だな……」
しょうがないなという顔をしてホビィは後ろに転がっていた自分の人形『ロカベル』から服を剥ぎ取ると、裁縫箱を取り出して服のサイズを整える。そして完成したそれをサンゴーに着せて見せると、彼は満足気な顔をした。
「おお……これは……」
「ちょっと怪しい雰囲気だけど……人間に見えるわねぇ!」
帽子を深々とかぶった顔の見えない青年のような格好へと変わったサンゴーは、怪しさはあれどこれを人間以外に思わぬ人はいないであろう。
「ホビィサン、アリガトウゴザイマス」
「ふん。律儀な人形……いやロボットか。別にいいよ。ぼくもお前を操ってた訳だしな。これでチャラだぞ。ロカベルの服を大事に使えよな」
金髪の少年はすました顔で鼻をならす。
「ホビィ~! あなたやるじゃない!」
「むぐわぁ!」
私はそんな彼の気遣いが可愛らしく思い、胸にうずめるように抱き締める。
「…………っ! む……! ……!」
「ちょっとヴィエリィ。あんた胸が大きいんだからそんな抱き締めたらその子、息できないわよぉ」
「あっ、ごめんごめん!」
私は抱き締めた少年を解放する。ぐったりとしたホビィが咳き込んで、
「……いろんな意味で、死ぬかと思った……」
顔を赤らめた少年は言った。
「ホビィ。あなたはこれからどうするの?」
「ぼくは……もう帰るところも無いし……」
「うーん。困ったわねぇ、考えてみればこの子もかわいそうなのよねぇ……。なんならあたし達と一緒に着いてくるのもあり?」
「私達の旅はこれからたぶんより一層苛烈になるわ。能力はあれど子供には厳しい旅、私はオススメしないわ。──それなら私達の村に来ない?」
私は少年に提案すると、彼は意外そうな顔をする。
「村って……お姉さんの村? でも、誰もいなくなったんでしょ?」
「今は、ね。でも私達がみんなを必ず見つけ出すわ。それまで私達の村でお留守番してくれない? ちょうど一人で留守番してるやつがいるからそいつと一緒にさ」
「でも、ぼくなんかが……」
「なに言ってんのよ。あなたはもう私達と"友達"じゃない。あなたさえよければ私達の村の住人にならない? そのすごい能力で一緒に村を盛り上げてみるつもりはないかしら?」
ホビィはその言葉に、自分でも無意識に涙を流した。元々はこの奇妙な能力を発現させた故に迫害され、大陸を追われた自分なんかにこんな言葉を投げ掛ける人がいるなんて思わなかったからだ。
「なに泣いてるのよ! 男の子でしょ!」
「な、泣いてなんかない! ただ、その……ありがとう……」
少年は涙を隠すようにそっぽを向いて小さくお礼を言った。私は彼の頭をなでると優しく笑った。
「決めたよ。ぼくは村に行く。それにそのロボットについても調べたいことがあるからね。二人が帰って来るまで立派に留守番しててやるよ。──だから、無事に帰ってきてよね」
「きゃー! 嬉しいわぁ! こんなかわいい子が村に来てくれるなんて!」
「ありがとうホビィ! まかせて! ちゃんと無事に帰ってくるよ!」
私達は固い握手を交わすと、ホビィに村までの船賃をあげて両手を大きく振って別れた。去り際の彼は年相応の笑顔を見せていて、先ほどまでの狂気はすっかりと失くなっていた。
「……いったね。よかった、もう彼は悪い事をしないですむんだね」
「ほんとよぉ。あんな子供を大陸から追放するなんて酷い世の中だわぁん。他の大陸はやっぱりまだまだ差別が横行してるのねぇ」
私達はホビィの姿が見えなくなるまで見送ると、なんだか一安心した。差別をされた逸脱が、一人でもこの大陸でああやって自分の居場所を見つけられるといい。
「──よし! さて、私達も頑張るわよ! もたもたはしてられないわ!」
「ヴィエリィ。ドコ二行クノデスカ」
「ブリガディーロ遺跡よ! 過去にそこで事件があったらしいからね。調査に向かうわ。サンゴーは何かちょっとでも覚えてることはないの?」
私が言うと、サンゴーは帽子の下から赤い目を光らせてこんなことを言った。
「私ノ記憶回路二、ヒトツダケ……アル。ソレハ──誰カヲ見ツケ、倒ス……。倒サナケレバナラナイ、ソンナ記憶デス」
その時のサンゴーはどこか恐く、そして強い殺気のようなものが漏れていたように思えた。
「サンちゃんも誰かを探してるのぉ? ならあたし達と一緒じゃなぁい」
「……どうやら何者かと因縁があるみたいね。サンゴーの記憶が旅の道中で戻るといいね。さあ行こう、それぞれの求めるものを探しに!」
かくして──ここに乙女とオカマとロボットの奇妙なパーティーが出来上がり、冒険は加速する。
壊れた記憶と、行方不明事件。その結末、先の見えない苛烈な道が私達を阻むことなど予想もしないまま……物語は風に揺られた本のページの如く、不確かに進むのだ──。