七話 復讐の始まり
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「あんたちょっとやりすぎよぉん」
「そう? 普通じゃない?」
私にぶっ飛ばされた敵を見てバラコフは言う。ガスティーは意識を完全に失っていてぴくりとも動かなくてキザな顔を台無しにするように泡を吐いていた。
「……死んでないわよね?」
「大丈夫だって。殺すような一撃は加えてないわ。まあ、これに懲りたらあいつももう村には近づかないでしょ。服を調べたけどちょっとした金銭しか出てこなかったし、村への被害も少ないみたいだからこれで勘弁してあげるわ」
私は一仕事を終えたように肩をぐるぐると回す。
「それにしても能力者だったとはねぇ……。あたし恥ずかしいとこ見せちゃったわぁ」
「はは! でもさっきのバラコフはかっこよかったよ!」
「だから本名! それにあたしは"かわいく"ありたいのよ!」
「はいはい。それにしてもこんな田舎道に逸脱が現れるなんてびっくりしたなぁ」
「そうねぇ。こいつも他大陸からの流れ者かしら」
「どっちでもいいさ。私は逸脱を別に差別はしないけど危害を加えるなら、人間だろうが逸脱だろうがこの拳でぶっ飛ばすだけよ」
「流石は南大陸の武術チャンピオンね……」
南大陸では二年に一度、大陸全体でお祭り騒ぎをする時期がある。その祭りの中心である王都ジュニオルスでは武術大会が開催され、全土から有数の猛者達が集うのだ。
そして去年の大会で歴代初めての女性チャンピオンこそ、この私なのである。
「あー。早く来年の大会始まらないかなー。もっと強い奴と闘いたいわ」
「あんたに勝てる人間なんてこの南大陸にはもういないわよ。それこそ逸脱が相手じゃないと勝負にならないかもねぇ」
「うーんそれも悪くないかも……。今日初めて逸脱と闘ったけど何とかなったしね。それとも武器有りなら東大陸から誰か来てくれるかな?」
「バトルジャンキーすぎでしょ……」
バラコフは呆れたように言った。私は幼い頃よりおじいちゃんに武を叩き込まれて強くなった。もともと武術が好きなのもあるが、私はどうやら自分が思うほどに強くなってしまった。そしてこれを活かそうと、村への発展に繋がるきっかけになれば良かろうと思い大会に出て優勝したが、私達のヴァスコ村へ足を運ぶものはなぜかまったくいなかったのだ。
「なんで誰も村に来てくれないんだろうね?」
「知名度の問題もあるけど、あたしは道が悪いって言われたわよ。確かにちょっとこの山道を数時間も歩いてあんな秘境まで行く人はあんまりいないかもねぇ」
「道かぁ……。そういったところも改善しなきゃいけないのかあ」
言われてみれば秘境の中の秘境だ。山奥のさらに奥にある村は山道に慣れた私達でも数時間かかるし、一般人ならもっとかかるだろう。
「道のりは長いなぁ。もっとお金がいるってことよねそれ」
「だから人は日々努力するのよ。でもヴィエリィはせっかくその武術の才能があるんだからそれをもっと活かしなさいな。おじいさんもそれを望んでるわ」
「もー。バラコ……リリアンもおじいちゃんみたいな事を言うー」
二人の屈強な乙女はさっきまでの闘いを忘れたように、他愛ないお喋りをしながら山道を進む。
今日はいい天気だ。道中で逸脱に襲われた珍しい体験も出来たし、あとはおじいちゃんにどうやって人形が売れなかったことを謝ろうか考えていると、あっという間に時間は過ぎ去り、村の入口に私は立っていた。
「あらら。もう帰って来ちゃった。どうしよ……おじいちゃんに何て言うか全然思いつかなかったわ……」
「ちゃんと誠心誠意こめて謝れば大丈夫よ。ほら、いつもみたいにシャキンとしなさいな。それがあんたの良いところでしょ!」
バラコフが私の背中をパシンと叩く。それもそうだなと私は胸を張って村へ入ると、
「──あれ? 何か静かじゃない?」
「ほんとねぇ……。もう昼過ぎなのに、いつもならそこの畑で農作業してるミッコリ爺さんもいないし、家の前で洗濯してるラポさんやお喋り好きのコラン婆さんもいないわ……」
村は夜中でも無い昼間だと言うのに静けさが広がっていた。それどころか人の気配さえ無いような──。
「変ねぇ……。物音一つしないなんて」
「どこかに集まってるのかな? ──あれ、なんだこれ」
私は地面に落ちている何かを拾う。それは、服であった。良く見ると村のあちこちに服がぽつぽつと何故か落ちているのだ。
「……? 誰か洗濯ものでも落としたのかな」
「──ちょっと。これ、もしかして……マスターが言ってた例の行方不明事件──!?」
私達はバッと、顔を会わす。何か、異常な事態が起こっているのを直感したからだ。
二人は急いで村の家々の扉を開ける。だが、そこには誰もいない。特に荒らされた様子も無く、あるのはそこに住んでいた家の者が着ていた服だけが落ちているのだ。
「ラポ婆さーん! ノリスさーん! メリーちゃーん! 誰か! 返事してちょうだい!!」
バラコフは住民の名前を呼びながら村を駆け回る。しかしそれもむなしく、住民の声は返ってはこない。
私は嫌な汗をかきながら自分の家の扉を開けると、そこにはやはり誰もいなく、そして見慣れた祖父の服だけがそこに落ちていた。
「おじいちゃん……!」
私はその服を握りしめる。冷たくなった服はもうぬくもりを感じさせず、それなりの時間が経過してる事が明らかであった。
「はぁ、はぁ……! こっちはダメだったわ……。誰もいない、いま、この村には猫一匹いないわよ……!」
バラコフが焦るように私の家に来てそう言った。
「おじいちゃんもいないわ……。これはおかしい──」
おじいちゃんは仮にも私の師匠だ。村に何か有事が起こった場合、そんじょそこらの奴には負けない程の実力を持っているから簡単には不覚を取らない筈なのだ。
「──わかったわ! きっと村のみんながあたし達を驚かせようとして──」
「……バラコフ。それは無いよ。これは私のおじいちゃんが亡くなったおばあちゃんから貰った命よりも大事にしてる腰巻きだ。これがここに無造作に落ちてる時点でそれは無いんだ……」
「じゃあ……みんなどこに行ったってのよ!? ほんとに、みんなほんとに噂の行方不明事件に巻き込まれたって言うの!?」
人は、有り得ない事態に面した時にその現実を受け止められない思考に陥ると言う。それは私も同じであったが、みんながいなくなったショック……それよりも、理不尽なこの現象と姿の見えぬ犯人に怒りが込み上げてきた。
「これがどういう事なのかは私にもわからないわ。でも、一つだけ確かな事は村のみんなはいなくなっただけで、まだどこかにいる。その希望がまだある……! 私達が村を離れていたこの一晩であれだけの住民を移動させるには限界があるわ。まだきっと近くにいる。急いで探すわよ!」
私は家を飛び出し、故郷を出る。相棒であるバラコフはそれに必死で着いてくる。
ここから始まったのだ。
そう、これは──私達の復讐の物語り。
山奥の秘境の村で起きた謎の集団行方不明事件。その犯人を見つけ、打ち倒す。過酷で波乱な物語り。
この先の予想だにしない、想像もつかぬ旅が始まったのだ──。