五話 危ない帰り道
頭に昇った血が爆発するように酒場を飛び出して私は吼える。
「誰だぁ! 私のカッコいい人形盗んだやつ!!」
「ヴィエリィ! 恥ずかしいからやめなさい! それに犯人なんかとっくにもうこの辺にはいないわよ!」
バラコフは私を羽交い締めして暴れる猛牛をなだめるように抑えた。
「絶対この近くに犯人はいる筈だわ! 取っ捕まえて両足にロープくくりつけてひたすら殴ってその後、引きずって南大陸を横断してやらなきゃ気が済まないわ!」
「こわっ! まだ十九の乙女が使う言葉じゃないわよ!」
朝一から騒ぐ私を港町の人達はみんな『またかしまし娘が何かやってるなぁ』と、いうような目で一瞥する。
結局私は町の隅々を見て回ったが、ガチガチくんも犯人も見つからなかった。
さようなら私のガチガチくん。さようなら十万Gという大金。犯人よ、必ず私はあなたをぶっ飛ばすことをここに固く誓うわ。
私はがっかりと肩を落として帰路へとつく。これから村へ帰る足取りは、いつもよりも遥かに重いものであった。大事な人形と大金を失っただけで無く、おじいちゃんにうろうろくんが売れなかったことを報告するのがとても憂鬱だ。
あれだけ大見得を切って村を飛び出したのに、この体たらくである。
「おじいちゃんにどういう顔して会えばいいのかしら……」
「流石のあんたもおじいさんには頭が上がらないわよねえ。やっぱり恐いもんなのかしら」
「おじいちゃんは私にとっては親みたいなもんだからね。恐い、というよりかは尊敬の方が勝ってるかな。頑固で融通がきかないけど、なんだかんだ言って私の師匠でもあるからね」
私の両親は過去に西大陸へ出稼ぎに行った時に大きな落盤事故にあって亡くなってしまった。それからというもの、おじいちゃんが私の面倒を見てくれている。厳しく、頑固な教育方針は私を素直でまっすぐと育ててくれた。そこにはやはり感謝しかないのだ。
「あんたもおじいさんを想ってるなら、もうあんな人形を量産しないことね」
「それは断る」
「頑固、受け継いでるわねぇ……」
私の夢はこんなことでは諦めきれない。絶対にあの村を発展させる名産品を生んでやるのだ。
「でもさ、私のうろうろくんは一個だけ売れたのよ? これってすごいと思わない? 世の中には私と同じセンスの持ち主がいるってことだよね!」
「そうね。相当に残念な奴がこの世のどっかにいるってことがわかったわね……」
「残念じゃないから!」
「無念ね」
問答のような会話。私とバラコフはそんないつもの会話をしながら山道を歩いていると、前方からあまり見ない顔の男が歩いてきた。
「ありゃ、珍しいね。この先の道は私達の村しか無いのに誰かが来るなんて……。もしかして観光客かしら!」
「観光客なんて今まで来たことないでしょ……。行商人かなんかでしょう」
私の期待とは裏腹にバラコフは答える。その男は薄い水色の髪に鏡のようなキラキラと反射する変てこな服を着た華奢な人であった。長いまつ毛をしたキザな顔立ちは女性からはモテそうだと思った。
「あらやだぁん。いい男じゃない!」
「えー? そう? 私はあんまりタイプじゃないかな。服の趣味悪いし。どっちかと言えば嫌いだわ」
「あんたの変な人形よりかはいいわよ」
「まだ言うか!」
男はこちらに気づいたのか近づいてくる。私はその男にどこか妙な気配を感じて少しだけ身構えた。
「やあ。君達、この先の村の人かい?」
男はまぶしい顔をして尋ねてくる。
「こんにちわぁん! あたしリリアン! お兄さん私達の村に行ってきたのぉ? 今は何も無いけどいい村だったでしょ? なんならあたしと村の歴史とかをお話ししないかしらぁん!」
気持ちの悪い声でバラコフは言う。すると彼は鼻で笑いながらこう返す。
「ああ。本当に何も無い村だったよ。君達はあんな辺境に住んでいるのか。おかげでろくな物が盗れなかった。丁度いい、ここまで歩いて収穫が無いのもあれだ……足りない分は君達から貰うとしよう」
男はさっきまでのまぶしい顔を裏返すように獲物を狩るような目で私達を見る。
「──お前! 泥棒か! 私達の村を荒らしたのか!」
「うっそ! やだぁん! あなた泥棒さんなの!? ちょっと聞いて無いわよぉ!」
「気持ち悪いオカマに若い娘か。オカマ、お前は金を素直に出せば見逃してやる。女、お前は中々スタイルも顔も良いな。俺の女にしてやるから大人しくしていれば乱暴は無い。拒否権は無いぞ。さっさとしろ」
嫌悪感溢れる上からの目線とその口調。ああ、こいつはやっぱり私が大嫌いな奴だ。私が拳を構えようとするが、バラコフが前に出てそれを止めた。
「ヴィエリィ、下がってなさい。──あんたねえ。顔はいいかも知れないけど女の子の気持ちが全然わからないタイプね。あんたみたいな奴はあたしが成敗してあげるわ」
バラコフはそう言うと指をポキポキた鳴らしてドスの利いた声を出して相手を睨んだ。オカマは怒らせると恐い。バラコフはこう見えて、いや別に以外でも何でも無いけど見た目どおり喧嘩が強い。
子供の頃は線が細くて泣き虫でいじめられっこだったバラコフが、成長するにつれてこんなにもガタイがよくなったのは私も驚いている。もしあのまま、線の細いままで成長したらまだかわいいオカマになれたかも知れないのは言わないお約束だ。
「なんだ? オカマ、お前やるのか」
「やるわよ。言っとくけどあたし、強いわよ」
バラコフは『ふん』と、気合いをいれると──その浅黒い筋肉がテラテラと浮き出る。
「おおっ。バラコフ、私もこいつ殴りたいからやりすぎないでね」
「リリアンって呼びなさい! それと女の子が殴るなんて言っちゃ駄目でしょ!」
普通の人なら圧倒されるオカマと筋肉。しかし相手はそれを見ても涼しい顔をしていた。
「こいよ、キモいオカマ野郎」
「あたしは! か・わ・い・い! オカマだあぁああ!!」
ドゴッ!!
相手の胸にめり込むバラコフのこぶし。間違いなく決まった重い一撃。そして倒れる相手──……では無い。何故か、バラコフが地面にドサリと倒れたのだ。
「!? バラコフ!」
「ハッ。残念だったな。俺に攻撃は効かねえんだよバーカ」
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