四話 窃盗
私と同じ程の大きな鉄の人形を背負うと、ずしりとその重さが伝わる。例えるなら大の男をそのままおんぶしてる感じだ。
「思ったより重いね、これ」
「あんた馬鹿よ……。こんなオモチャ買ってどうすんのよ。それにあんな大金まで払ってあたし知らないわよ」
「私は後悔してないわ! ここでこれを買わなかったらきっと後悔するような気がしたからよ。買い物ってのはね、その場の勢いが大事なのよ」
「勢いありすぎでしょ……」
けらけらと笑う私を見てバラコフはため息をつく。そのまま私達は流れで彼の働いてる酒場へと向かった。
「あっ!」
「何よぉ急に大きな声だして」
「私もうお金無いんだった……」
「それを今気づいたのね……。何だかあなた見てると心配でしょうがないわ」
「ごめんバラコフ。ご飯はまた今度奢るよ」
「別にいいわよ。いつものことよ。それと本名やめれ」
「へへっ。じゃあお金無いんでご飯奢ってください!」
「結局あたしが奢るのか……」
舌をぺろりと出して私がお願いすると彼は毎度のことのように呆れた顔をする。そういえば昔から私がご飯奢ってあげたことほとんど無かったわ。酒場の入り口をくぐると私は元気よく挨拶する。
「こんにちはー!」
「おや、ヴィエリィ。いらっしゃい」
「マスターごめんなさいねぇ。このお馬鹿がまたやらかしたのよぉん」
夕方前の酒場は、顎髭を生やしたダンディなマスターが夜に向けて開店準備をしている最中であった。私はカウンターに座り、バラコフはマスターのお手伝いを始める。
「はー重かった。マスターちょっとこれ置かして貰うね」
私は店の片隅にあるソファの横に人形を置く。
「なんだいそれ?」
「『ガチガチくん』よ」
「そうか。ガチガチくんか」
マスターはあまり深い事は詮索しなかった。それは過去に似たようなことが多々あるからだ。私は早速『ガチガチくん』と鉄の人形に名付けた。もちろん由来は鉄のようにガチガチに固いからである。
「センスゼロね」
「なにぃ! じゃあバラ……リリアンならどう名付けるのよ!」
「そうねぇ……。『シャーロット』ちゃんなんてどうかしら!」
「なにそれ、ださっ」
「あんたに言われたく無いわよ!?」
そんな私達のやり取りをマスターが笑いながら眺める。簡単な料理をマスターが出してくれると、私はがつがつと食べる。
「そういえば二人とも聞いたかい? 最近ここに来たお客が言ってたんだがね、この近辺で行方不明事件が多発しているらしいんだ」
「「行方不明事件?」」
「ああ。何でも馬車に乗ってた筈の人間が突然消えたり、広場でボール遊びをしてた複数の子供達が一瞬にして居なくなったり、その真相を探ろうとした旅人なんかも行方を眩ましているそうだ」
マスターは眉間にシワを寄せて話す。
「いやねぇ、こわ~い。マスターあたし怪談話は苦手よぉん」
「しかもな、必ず現場には居なくなった人達の服だけが落ちていたらしい」
「……その話し、昔おじいちゃんが似たようなことを言ってた記憶があるわ。今から五十年前に大規模な行方不明事件が南大陸で起こったって確か言ってたわ。その時も服だけが落ちてたって──」
「ふむ……恐い話しだね。君もなるべく夜道なんかは気をつけた方がいいぞ。リリアンも村からの片道あれだけ距離があるんだからなるべく他人と一緒に行動してくれ」
「いやん! マスターったら優しいんだから!」
「(……まあ、こんなガタイのいいオカマを襲う奴なんていないと思うが……)」
マスターは何か物思いに目をそらすと、三人はまたくだらぬ談笑を再開する。そんなことをしていると辺りはすっかり暗くなり、仕事終わりの就労者が酒場に集まり始めた。
「マスター! 酒くれーい!」
「リリアンちゃーん! こっちにツマミちょーだい!」
「ありゃ、ヴィエリィもいるじゃん。またタダ飯食いに来たのか? まぁいいやみんなで飲もうぜ!」
バタバタと忙しくなる店内。酒場に来るお客はほとんどが顔馴染みなので、私は色んな奴と会話しながら便乗するように酒と料理を奢ってもらう。
宴は夜遅くまでどんちゃん騒ぎだ。南大陸の人間はとにかく祭りや酒盛りと愉快で楽しい事が大好きな陽気な奴等ばっかりだ。
「ヴィエリィ! 勝負しようぜ!」
「もちろんいいわよ! 負けた方が代金の支払いね!」
「よっしゃ負けんぞお!!」
「おー! いいぞー!! やれやれー!」
私は時間を忘れて豪気な男共と飲み比べをしたり、料理の早食い対決や腕相撲なんかしたりして遊び呆ける。ちなみに負けは無い。私は勝負ごとならこの港町のチャンピオンだ。それを面白がって色んな人達が挑戦に来るからまた面白いのだ。
店が閉まる夜中まで騒ぎ続ける頃には、私はお腹いっぱい、幸せな気持ちもいっぱいになって店の片隅にあるソファに寝転がって爆睡していた。
「まったく……。ほんとにこの子は子供みたいな女の子ね」
お客が全員帰った静かな酒場で、バラコフは幼なじみの顔を見下ろすと鼻で笑った。
「素敵な幼なじみじゃないか。友とは望んで手に入るものでない、奇跡の産物だ。長い人生の中で己を支えてくれる一生の宝だよ」
「マスターったら詩人ね。この子は昔っから友達が多くてガキ大将をやってたからねぇ。子供の頃、オカマなあたしがいじめられてる時にいっつもヴィエリィは助けてくれたわ。あたしの方が年上なのに情けないわよね。でも嬉しかったわ。こんなに人を偏見しない奴がいるなんて思わなかったもの」
「ふふ。はたから見ても君達はいいコンビだよ」
「苦労してる部分もあるけどねぇ」
バラコフは私にそっと毛布を掛ける。
「マスター。明日の朝には二人で村に帰るわ。いつも泊めてくれてありがとうとしか言えないわぁん」
「別にいいさ。ああ、それと次の出勤は来週末でいいよ。店の改装するんでね。改装が終わったら手伝ってくれ。リリアンに会いたくて来てくれるお客も多いからまたよろしく頼むよ」
「はーい! わかりましたぁん! ありがとマスター!」
軽く手を振ってマスターが一足先に店を出ると、バラコフは酒場のドアの鍵を閉めてカウンターに座って一眠りにつく。明かりの消えた酒場は先ほどまでとは嘘のような静けさに包まれて、夜に沈んだ。
・
──翌朝。
「なぁああああい!!」
突然の大声でバラコフは目を覚ました。酒場の片隅でオカマの相棒が叫びを上げていたのだ。
「うるさっ! ちょっとぉ! どうしたのよぉ!」
「無いんだよ!」
「なにがよ!」
「ガチガチくんがいないんだよ!!」
よく見るとソファの横に置いてあったあの鉄の人形がいなくなってる。
「バラコフ! ガチガチくん知らない!?」
「リリアンよ! 知らないわよ。あんた自分でどっかにやったんじゃないの?」
「私は動かしてない! 昨日の夜はあったよね!?」
バラコフは頭をひねりながら考える。
「うーん……。マスターとあたしが寝る頃にはまだそこにあったと思うけど……」
「もしかして寝てる間に盗まれた!?」
「酒場の鍵はちゃんと閉めてたからそれは無いわよ。あるとしたらあんたが飲み比べしてる時とか? でもあんな重そうな物を盗もうとしたらわかりそうなもんだけどねぇ」
「ぐぅ~! くそーー!」
私は地団駄を踏みながら悔しがる。
「やめなさいな女の子がみっともない」
「悔しい~! あたしのガチガチくんを……! 許せん!! ────はっ。これってもしかして……例の行方不明事件──?」
「な訳無いでしょ。ただの窃盗事件よ」