二話 オカマ、現わる
村を飛び出して間もなく、後方から誰かが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「──ちょっとぉ! 待ちなさーい!」
ドタドタと土煙を巻き上げながら何者かが猛スピードで追いかけてくる。その者は私の目の前で息を切らしながら止まった。
私は身長が高い方なのだが、そいつは私よりも人差し指一本分ほど高い身長である。ガッシリと筋肉のついた浅黒い上半身と下半身、そして何より目立つのがその顔面だ。岩のような肌と大きな口、そしてそれに釣り合わない丸いつぶらな瞳を持った男……。そう、彼は──
「おはよう! バラコフ! どうしたの?」
「リ・リ・ア・ン!! あたしの名前はリリアンよ!! 可愛くない本名で呼ばないでちょうだい!!」
私の二つ上の幼なじみ、『バラコフ』……じゃなくて今は『リリアン』だそうだ。
彼は派手な装飾のついた服と茶色と紫の混ざった長いドレッドヘアをばさりとなびかせて言う。野太い声を無理矢理に甲高く喋る彼は世間的に言う『オカマ』だ。不釣り合いなガタイからくねくねと気味の悪い動きで自分の名前を指摘すると、走ってきたせいか苦しそうな表情を見せている。
「そんな急いでどしたの?」
「……はぁ、はぁ……。あんた、足、速すぎるわよ……! まったく、もう……」
「あはは! そうかなぁ?」
「あははじゃないわよ……。あんた、港町に行くんでしょ? 私も仕事だから一緒に行くわよ」
バラコフ、もといリリアンは毎日長い道のりを歩いて港町の酒場に通勤している。村には農作業くらいしか仕事が無いため、若者は出稼ぎに出たりで大変なのだ。
「バラコフも大変だねえ」
「リリアンよ! 村には何にも無いから仕方ないわよ。まあでも苦じゃないわよ。村に比べて港町は色んな人がいるし、職場は明るくて楽しいし、何より自分の夢のためならどんなことだってへっちゃらよ!」
「夢?」
「そうよ! あたしの夢は世界中に『オカマバー』を開くのよ!」
「お、オカマバー……」
「古今東西のオカマを集めて酒場を作るのよ! これは流行るわよ~! 全員にあたしのような可愛いあだ名をつけてあげて、店構えは派手な紫が目立つ感じに仕上げようかしら! そして第一号店はもちろんあたし達のヴァスコ村に作るわ!」
彼は熱く語る。オカマにはオカマの矜持があるのだ。そして、なんだかんだ言って彼もまたあの村が大好きなのだ。そうでなければ山奥の辺境に一号店を出すなんて言わないだろう。私はその言葉を聞いて胸が熱くなった。
「いいね! 作って盛り上げようよ! 私も負けないくらい頑張って村を発展させるからお客さんもいっぱい来るよ!」
「うふふ! ……ところでヴィエリィ。あんたまたおじいさんと喧嘩してたでしょ? たまには労ってあげなさいよ。あんたあの家を継ぐんでしょ? あんたはすごい才能を持ってるんだから、ちょっとはおじいさんをいたわってあげなさいな」
「だっておじいちゃんったら私の言い分を全然聞かないのよ! バラコフもわかるでしょ?」
「リリアンよ!!」
「めんどくさいなあ!」
くわっと丸い眼を見開いて彼が言う。しかし昔からの付き合いだから私は彼の性格を熟知してるし、何より私とおじいちゃんのことを気遣ってくれるのが少しだけ嬉しかった。
「そういえばあんたなんで港町に行くのよ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! 今日、私の作った『うろうろくん』が多額の売り上げと共に帰ってくるのよ!」
「えっ。もしかしてあんた……あの変な人形を大陸の外に持って行かせたの……?」
「変とは何よ! 可愛いしカッコいいでしょ!」
「……あんたのおじいさんに同情するわ」
「何でよ!?」
二人で軽口や小競り合い、他愛の無い会話を交わしながら山道を歩く。変わらぬ日常、一見平和に見えるがはっきり言ってこの南大陸は治安があまりよろしく無い。その理由は他の大陸と明らかに異なる点があるからだ。
まず、この大陸を統べる王様が『逸脱』であったことだ。南大陸の王都ジュニオルスにいる『ラドーナ王』は異能の力を持って産まれた。産まれながらにして逸脱であったラドーナ王は、強大な力の暴走により理性を失い多くの被害を出した。そして封印されるように長い間城の中に幽閉されていたが、三十の歳を過ぎた頃、急に理性を取り戻したように落ち着きを見せたかと思うと、能力が消えて普通の人間へと生まれ変わったのだ。
これは世界的にも例を見ない事であった。理性取り戻した王は多くの歓喜の声で迎えられ、今までの自分の罪と向き合うように政治活動に尽力した。そして今から五十年前にある声明を発表したのだ。
それは人間と逸脱が共存して暮らしていける社会を作ると言い出したのだ。簡単に言えば逸脱を迫害せず身近に一緒に暮らし、同じ釜の飯を食べ、共に仕事をするのだと言った。
これは王自身の経験、悲しい過去が原因で出した策だ。逸脱は必ずいつか治るものだと、どうか彼等を一人の人間として扱って欲しいのだと、胸の内を明かしたのだ。
民はこれに最初は反発した。理性の失った者とどうやって対話をしろと言うのだ、逸脱は悪だと言った。
だがラドーナ王の経済的な手腕と人柄が、時が経つに連れて民達を次第に納得させた。元々南大陸の人間は陽気な性格のせいもあってか徐々に受け入れてくれたのだ。
御年で九十近くなる王は今も健在であり、そして南大陸は人間と逸脱の共存がほとんどの地域で成功していた。だがそれはあくまでも理性の暴走していない特別な逸脱だけである。
各大陸からは南大陸が逸脱が住みやすい環境だと聞きつけて、日に日に海を渡って逸脱は増える一方だ。
その中にはもちろん悪い者もいる。理性が無く自分だけの欲望の捌け口となるユートピアを望んで来る逸脱や、理性があっても自分の能力を活かして悪事を働く者だっている。そうやって逸脱が増えたことにより、結果的には犯罪件数が増えてしまったのだ。
それでも南大陸の人間は王を尊敬し、逸脱を受け入れようと努力している。私もその内の一人だ。元々は同じ人間なんだ。仲良くなればそんな事は関係無いのだ。もし牙をむいてくる逸脱がいるのならば、その時はそん時なだけだ。深くは考えない、前向きにいこうじゃないの。
「この辺も最近は恐~い逸脱が出るって噂らしいわよ。あたしみたいな乙女が狙われるんだわきっと」
「大丈夫だよ。バラコ……リリアンを襲う奴なんて早々にいないさ」
「どういう意味よ」
「あなた以上の乙女なんかそうはいないからだよ」
「あら? 誉め言葉かしら!」
「(皮肉なんだけどな……)」
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