三十二話 真相
暗闇に目が慣れてくると、そこにいたのは語るにも異様な姿の何者かであった。
身長は二メートルほどあり、肩幅は私の父が両手を広げたくらいの広さを持ち、その全身は肌を見せること無い黒い外套を纏っている。顔の部分に着けた鳥のような大きな仮面は、そのくちばしを象の鼻のようにぶらさげていて、視点の定まらぬ空洞のような目玉が左右にあった。
「なんだ──!? こいつも化け物か!?」
「大きな鳥の面……! ボルシアで聞いた情報と同じ……。あなたがこの事件の犯人なのですか」
「お前が元凶か……!」
私達は彼を見て、そして周りにも注意を払う。ここにいるのは彼だけでは無い。この何者かが出てくる前まで複数の声が聞こえた以上、敵はどこかの暗闇に潜んでいる可能性があるからだ。
「君達のことは、ずっと見ていたよ。私の模型たちが監視していたからね」
「キメラ……? あの怪物達のことか──」
ただならぬ気配である。マルセロさんは慎重に彼の真意を聞こうとする。
「そうとも。私の忠実な駒だ。──本来なら事件の真相を解き明かそうとする者がいれば、教団の彼等が始末するのだが……。どうやら失敗作だったようだ。私は責任を感じて一回全てを初期化することにしたよ」
「初期化──? あなたは……! そんなことであなたは教皇や年端のいかない少女を操り、そして身勝手に殺したと言うのですか!」
「誤解だよ。あれは最初から私が作った作品だ。強力な逸脱の能力を持つ者、それを統べるためだけの傲慢な人間、そしてこの大陸に根付いた神々への信仰心を利用し、新たな教団を立ち上げる事で都合のいいように人々を支配をした──。遥か昔から私が考え、歴史を紡いできたのだ」
「何を言ってやがる! ただの妄言だ! 聖ミカエル教団は遥か昔に教皇の一族が継いできた由緒ある団体だ!」
「それも全て、私が作ったんだよ」
「ぬかせ! 仮面野郎!」
たしかに、合点はいかない。だがそんな根拠さえも無いのに、私はこの何者かが言ってることに嘘を感じられなかった。あの下の階で戦った怪物や、ソルダーノなる紳士が言っていた『転生の加護』と言う言葉を思い出す。
「あの天使なる怪物──それに、さっき見たゼルメイダちゃんはいったい──!?」
「ああ、"アレ"ですか。丁度いま作っていた最中だったんだよ」
その仮面を左に少し傾けると、暗闇からひょこりとその針金の体を持った彼女が出てきた。
「うっ……! それも化け物なのか!?」
「ゼルメイダちゃん……!」
「これは試作品でね。新たな彼女を作ったから少し動かして試験してたんだ。──だが、ちょっとだけ性格がわんぱくみたいだね。城の周りを動き回って遊んでいたようだ。活動的なのはいいことだが、この作品には需要の無い要素だ。模型と違って人間タイプは脳の構造が色々と複雑なのが難点だな」
彼はそう言うと、仮面下の黒い外套からするりと手を出した。それは白くてか細い、女性のような手だ。その手で隣に来たゼルメイダちゃんの頭を軽くなでると、
「分解」
一言である。その一言で彼女の頭と体は一瞬のうちに──バラバラになって地面に落ちたのだ。
「!? なに!?」
「一瞬で……!」
「そんな……バラバラに……!」
その光景は衝撃的であるがゆえに、私達は敵に恐怖を抱いた。
「やれやれ……また最初から作り直しだ。今度はもっと慎ましくしてもらわないと困る」
彼はバラバラになった少女を見下ろしながら、ため息をつくようにそう吐いた。
「なんで! なんでそんなことを! あなたの目的はなんなのですか!?」
「……目的? 私は──自分の作品を作っているだけだ。ただ静かに、黙々と作り、楽しく造るそのために環境から整えただけだ。長い年月をかけて、人間が少しいなくなっても誰も騒がせない世の中を創ったのだ」
言ってることが理解できない。この何者かは、私利私欲で、自身のわがままを悠然と、そして泰然と述べるのだ。
「ふざけるな……! 返せ! 僕の妻を!!」
「俺の娘もだッ!! どこへやったんだ!!」
お父さんとマルセロさんは今にも飛びかかりそうになっている。
「お父さん! マルセロさんも落ち着いてください! あの暗闇にまだ何かがいるかもです──!」
私が二人を止めると、その声は聞こえてきたのだ。
「そうですよ。短気はいかんいかん……」
しゃがれた老婆の声が諭す。
「あなた達は何を言ってるのかしら?」
厳しそうな女性の声が言う。
「ここにいるのはみんなだよ。そしてみんなはいないんだよ」
小さい男の子の声が木霊する。
「な、なんだ──何人いるんだ!?」
「どうなっている──!」
「どこ……? どこにいるの──?」
異常である。何者かの奥の暗闇には無数の誰かがいて、私達に喋りかけるのだ。そして、その謎はすぐに解けることになる──。
「あなた……」
「!! レジーナ!! どこにいるんだ! レジーナ!!」
愛すべき妻の声が聞こえると、剣士は叫んだ。どこからか聞こえてくる声は、まごうことなき最愛の人の声である。
「あなた……。私はここよ……」
「どこだい!? レジーナ! 姿を見せてくれ!」
「──ここよ」
──声の聞こえる場所は、暗闇の奥などでは無かった。そもそも私達は勘違いをしていたのだ。薄暗さとその雰囲気に惑わされた三人は見えない何かに恐怖するように、いまだ見えぬ暗闇からその声が聞こえてくると錯覚していた。
声の発する所は私達の正面──この何者かから出ていたのだ。
「どういう……ことだ……」
「肉片番号B3158だよ。最近の中では私の一番のお気に入りだ。重宝させてもらっているよ」
彼はまた元の低い男の声で言う。いや、そもそも元の声など無いのかもしれない。子供から老人まで、この者は自在に声を出せるからだ。
「ふざけるなッ!! 妻の声マネをして僕を惑わすか!!」
「いやだなあ。これは本人から貰ったものだよ。その証拠にほら、丁度君の足下にいるじゃないか」
彼はひょうきんな声を出しながらマルセロさんの足下を指差した。その足下には──
「…………!! な、──」
窓から入る薄い光が地面を照らす。今まではっきり凝視しなかった赤と肌色の床に目をやると、私達は驚愕した。"人の顔"だ。この床には人間の手足や胴体、人の顔が埋め込まれていたのだ──。
「────レジーナ…………」
膝を落として、マルセロさんは床に手をついた。それは間違える訳が無い、愛する妻の顔。それが床と一体になるように埋められていた。
「そんな……レジーナさん……!?」
「馬鹿な……! てめえ……! なんだこれはァッ!! マルセロの奥さんに何をしたああああッ!!」
「余った肉片はこの城の一部にしているんだ。ここは血と肉でできた斑の城。私は大昔から各地で素材となる人間を拐いこの城を築き、そして数多の作品を作ってきたのだよ」
淡々と彼は言うと、私はその場で喉奥から込み上げてきた吐瀉物を吐いてしまった。今、私達が立っているこの地面は全て"人間"だったものだ。その真相に私の心は受け止めきれなかったからだ。
「そういえば紹介が遅れたね。私は"ラウドルップ"。教団を作り、神を創った者。知人は私を『分解師ラウドルップ』と呼ぶよ──」
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