三十一話 斑の城の怪物
「サビオラ! こんなところにいたのか! よかった……パパ心配したんだぞ!」
「お父さん!」
「サビオラさん無事でしたか。──これは……城……?」
私の呼ぶ声を聞いたのか、お父さん達が私を見つけて駆け寄ってきた。
「さっき、子供の影が見えたんです。それを追って行ったらこの建物が……」
「僕達もサビオラさんが急にいなくなったので、辺りを見渡したら奇妙に動く影があってそれを追って来たんです」
「どうやらこの建物に秘密があるみたいだな」
三人はその不気味にそびえる建物を見上げると、入口らしき大きな扉がひとりでに開いた。
「おいおい……。誘ってやがるぜ」
「あからさまな罠ですね……」
「どうしましょう……。あの巨大な鳥が私達を呼んでるのでしょうか──」
「だろうな。けっ、なめやがって……! 俺の斧で真っ二つにしてやるぜ」
「……間違いなく罠ですが、入らない事には始まりません。ここに黒幕はいる筈です。僕達の家族を取り戻しましょう──!」
巨大な斧を担いだ父は奮起と共にその足を大きく進める。愛する妻を取り戻す銀髪の剣士は腰に下げる剣を頼りに闘志を燃やす。そして私は緊張感からか、正体と目的のわからぬ敵に悪寒を感じたまま斑の城へと入った。
建物の中は吹き抜けの広い空間になっていた。照明は無いが、両脇に取り付けられたいくつもの窓から白い光が淡く入っていて、中を薄明かるく照らしている。全体こそハッキリと見えないが、なんとか進めるレベルには明るさを保っていた。
「ううう……怖いとこです……」
「外も不気味だったが中も一緒だな。それに妙に寒気さえ感じるようなとこだぜ」
「人の気配が感じられない……。気をつけましょう、何か変です」
私はびくびくしながら首から下げた聖水入れを揺らして歩く。
「あっそうだ! レッチェの花があるので火を起こして照らしてみましょう。もっと明るくなる筈です! ええと、何か燃やすものは……」
「サビオラさん。パルマの花を僕が持ってるのでこれで照らしましょう」
マルセロさんはパルマの花を取り出して強く握ると、その花弁が強い光を放つ──。部屋を照らすと、あることがわかった。この建物は外だけでなく、中もその全体が赤色と肌色の斑模様をしていたのだ。
「なんだあここ……気持ち悪いとこだな……」
「! スタムさん! 下がってください!」
急に声を荒げるマルセロさんの視線の先にいたのは、四足歩行で歩いてくる大きめの黒色の犬であった。
「な、なんだ……犬……?」
「──違います……! あれは──」
その犬がこちらに向かってゆっくりと歩いて来ると、光に照らされてその全貌がわかった。
四本の足は普通の犬のもので無い。ひたひたと進む前足に見えたそれは人間の手だ。後ろの足は鳥の足にも似た何かで歩いている。
胴体は黒色の牛のような体で、その頭は犬の細長い口と大きな目玉が一つ、耳は無く、丸い頭皮をしているのだ。
「──! ば、化け物……!」
「ひ、人の手が……」
お父さんがのけぞると、私もその得たいの知れない生物に恐怖をする。
「──まだいます! 二人とも! 戦闘準備を!!」
銀の剣士がパルマの花を高く上げると、私達がその奇妙な生物に囲まれているのがわかった。それは、人の足を生やした目の無い馬、昆虫の頭を持った羽音を鳴らす豚、各動物の耳を持った大きな蛇、低く唸る蛙の鳴き声を出す熊のようなウサギ──他にも説明のしようが無い見たことの無い恐ろしい生物達が私達を囲んでいるのだ。
「なんなの……この動物たち……」
「おいおい……冗談じゃねえぜ……!」
それはおぞましく、人知を越えた光景である。
そして、暗闇の奥から出てくる人の顔──あの巨大な鳥のような生物が姿を表した。
「で、出やがったな!?」
「お望み通りにやって来たぞ! 僕の妻を返せ!!」
そのひときわ大きい怪物はこちらを見下ろした。
「まだ、ら、の城、へ、よく、来た。私、は天使──。教団、を、まもる、天、使」
天使を名乗る怪物は言う。その顔は口が裂けんとばかりに笑っていた。
「天使を名乗る者が何故このような事をするのですか──!」
「お前、たちは、く、もつ。我ら、の、神、への、いけに、え」
私の言葉を一蹴するように怪物は答えた。この怪物達は初めから私達を獲物だと認識するように、喉を鳴らしているのだ。
私達は背中合わせになりじりじりと迫る怪物達を警戒する。──そして、我慢の一線を越えたように、それは一斉に襲いかかってきたのだ。
「サビオラ! マルセロ! 伏せろッ!!」
お父さんの一声で私は目を閉じて頭を抱えながら伏せる。
「くらえやッ!! トルネード・アックス!!」
頭の上でブオンと大きな風を切る音。それは一回では無く、数回に渡り旋風を巻き起こした。──私は目を開けると……辺りは何体もの怪物達の肉片が転がっており、お父さんの斧には臓物らしきものがぶら下がっていた。
「──へっ。どうしたぁ! かかってこんかいッ!」
その怪力による攻撃の強さを目の当たりにして、残る数体の怪物は怖じ気づいたように距離を保っている。
「……や、れ」
鳥の怪物が命令をすると、目の色を変えて飛びかかってきた。跳ねるような躍動を見せながら大きな牙を私に向けてくる。
「『雷光閃』!」
「ストレート・スイングッ!」
左右から来る複数の攻撃をマルセロさんが一太刀で仕留め、残る敵をまとめるようにお父さんは斧を振り抜いて敵を粉砕した。
「これでお前だけになったな。さあ、観念しろ! 天使とやら!」
「…………シャアッ!!」
天使は教皇を殺したその鋭く長い舌を鞭のように振って、こちらを攻撃してきた。
「マルセロ!」
「はい!」
父が合図をすると、その太い両手を前に出して指を絡ませて一つにする。銀の剣士はその一つとなった手に飛び乗るように、自分の足を乗せる。それと同時に父は剣士を放り投げるように手をかち上げるのだ。敵の頭上を取った──空中に高く舞い上がった剣士から繰り出されるは必殺の──
「くらえ! 『稲妻斬り』!!」
ズバアアアアッッ!!
天使はその顔から胴体を一刀両断にされた。地面に着地する剣士と、二つの敵の胴体。勝敗は決まった──。
「よっしゃ!! やるじゃねえかマルセロ!」
「ふぅ……。ナイスサポートでしたスタムさん」
「はうう……よかったあ……」
私は安堵からかへたりこむ。まだぴくぴくと動く敵はあまりにもグロテスクで私は直視出来なかった。
「こいつがボスならこの城に行方不明者がいるかもだ。敵もいなくなったし安全に探索できそうだな」
「この一階は吹き抜けでガランとしてますね。外から見た感じだと二階がありそうです。上に行ってみましょう」
「よし、上だな。サビオラ、立てるか?」
「うん。大丈夫……。でも……」
私は薄明かりに見える敵の死体を見て不安になる。
「結局……この生物はなんだったのでしょうか──」
「……サビオラさん。教団が隠す謎も大事ですが、今は行方不明者を探しましょう。この生物については……今は議論ができないのが事実ですね──。不確定要素が多すぎる……」
「少なくともこいつは天使なんかじゃない事は確かさ。神に遣える者が、こんなやつで許される訳がねえんだ……」
「……行きましょう。事件の謎よりも、今は人命救助が優先ですね」
教皇を殺した張本人の死により、私はますますに疑問を感じながらも最優先事項を完遂するため城の中を進む。
「──おい。何か聴こえねえか……?」
「これは──オルゴール……」
薄明かりの城の奥で──オルゴールの音色が聴こえた。それは目の前にある大きな階段の上から聴こえる。私は不思議な顔をして階段の上を見上げると、そこには子供の影──私達に一瞬だけ見せるように消える。
「お父さん! またあの影が……!」
「ああ、俺も見えたぜ……。マルセロ、パルマの花はまだ光ってるな?」
「ええ。まだ大丈夫です。──行きましょう。答えがある筈です」
三人は唾をごくりと飲み込んで階段を上がる。建物の中はこんなに冷えてるのに、さっきから嫌な汗が止まらない。まるで私達を待っていたかのような何者かの気配に、私は心臓を早鐘のように鳴らす。
上の階はまたも吹き抜けであった。その薄暗さから、下の階よりも今度は窓が少しだけ少ないような印象を受ける。
オルゴールの音色が大きくなる。近づいている。何かに近づいているのだ。
改めて聴くと、とても悲しげな音色であった。深い悲しみの感情が溢れてくるような音色。救いの無い、静かな音色。
キャハハ。うふふ。
「「「!!」」」
奥の暗闇から、子供と女性の笑い声が聞こえた──。三人は固まる。誰かがいる。
「おい! 誰かいるのか!? 俺達は拐われた人達を助けに来たんだ! どこにいるんだ!?」
お父さんのその問いかけに、返事は無かった。あるのは静寂。聴こえる筈のオルゴールの音さえも暗闇に溶ける無音に感じる──。
──ピタリと、オルゴールの音色が止まった。それと同時にマルセロさんが持っていたパルマの花の光が急に途絶えた。私達の視界は窓から入る少しの光だけだ。
その、暗闇の中から聞こえてくるのだ──。
「やあ──ようこそ」
低い、男性の声だった──。落ち着いた声、だけど気味の悪い声。
「誰だ! 新手の敵か!?」
父が問うと、意外な"声"で返ってきた。
「敵? それは君達じゃないのかね。ここは私の城だよ」
男の老人の声であった。しゃがれた声で返ってくる言葉に私達は戸惑う。
「(また新手……!? 複数人、何者かがいる……!)」
マルセロさんは剣を構えて見えぬ何かに神経を研ぎ澄ます。
「あなた達は誰なのですか──? 私達は行方不明事件を追ってここまで来たんです! ここは──なんなのですか!」
「……ここは、斑の城。とても静かな城よ……」
私の問いには、また別の"声"が返ってきた。とても美しい女性の声であった。
そして、その声は──
「レジーナ……」
「──え?」
「レジーナ!! 僕だ!! マルセロだ!! 君を助けに来た!!」
剣士は叫ぶ。己が妻の声を間違う筈が無いと、彼女を呼ぶのだ。
「レジーナさん!? そこにいるのですか!?」
「やったな! 今すぐ助けて──」
私達が暗闇の奥に進もうとすると──何かが走ってきた。
ゆっくりと露になる暗闇に浮かんだのは子供の頭。それは私達がよく知る少女、ゼルメイダであった。
「ゼルメイダちゃん……!?」
「なっ……! サビオラさん……! その子は……!」
彼女の頭から下は針金のような身体がくっついていた。
その奇妙な身体をくねくねと動かすと、笑いながらまた暗闇へと姿を消す。
「え──。なに……今の……」
私は頭が整理できずにいる。そして──"それ"は出てきたのだ──。
「──はじめまして」
最初の低い声の男。うっすらと淡い光が映したのは、全身に黒いマントを羽織った……大きな鳥の面をつけた男であった──。