二十六話 裁きの門『死の旋律ソルダーノ』
「ソルダーノ、後始末はまかせたぞ。ワシは奥の書斎で待つ。ゆくぞゼルメイダ」
「Ja 承りました」
教皇は私達に一瞥もせず、少女を連れて奥の扉から去ろうとする。
「待て! 教皇マテウス!」
「おっと。諸君の相手は私ですぞ。ここから先へは通しません」
マルセロさんが教皇を追おうとすると、タキシードを舞わせながら白き刺客は邪魔するように立ち塞がった。
「くっ──! なぜ貴様は教皇に従う! 無差別に人を拐って何をしようと言うんだ!」
「では紳士的に答えてあげましょう。それは──"秘密"です」
「なにが秘密だ! うさんくせえ格好しやがって! てめえなんぞ紳士なんかじゃねえ! 聞いてあきれるぜ!」
「あなたは……損得でこのような事をしているのですか? それとも自身の本能で教団に肩入れをするのですか」
「いい質問です! そこの剣士と巨漢よりはお話しが分かりそうだ。そうですねえ、ならばヒントをあげよう。ヒントは──戦いの中にある! 『刃の旋律』!」
男はその白い手袋を嵌めた手を目の前でヒュンと振ると、その瞬間──空を斬るような一筋の風の刃が私をめがけて襲ってきた。
「危ない! 『雷光閃』ッ!」
ヂィンッ!
襲う風の刃を払うように雷の如き剣が冴える。私を守るマルセロさんの剣が甲高い音を鳴らし、敵の攻撃を防いだ。
「野郎おッ! 何しやがる!!」
「マルセロさんありがとうございます! やはりあの人も私達の同じ──」
「"逸脱"か──! 能力は攻撃系のタイプ──!」
「いいですねえ! 君は無能力の人間なのに筋がよさそうだ。諸君らの言うとおり、私は無論"逸脱"だ。そこで問題! 諸君も逸脱なら理解できるだろう。元々逸脱とは理性が壊れた者がなる傾向にあるが、私や諸君のようにしっかりと理性があるものもいる。しかしそこには無意識に壊れた本能のまま動いている所もあるのだよ。それは何だと思うね?」
「わけわからん事言ってんじゃねえ! 少なくとも俺と娘はまともだ! くらえ! 『アックス・ボンバー』ッ!」
「遅いですねえ! そしてそれは間違いです! 逸脱はみな同じ問題を抱えているのだよ! 『打撃の旋律』!」
バゴオッ!
振り回す斧をひらりと躱しながらソルダーノは手を『パンッ』と叩くと、
「ぐほあッ……!」
「お父さん!」
「スタムさん!」
一瞬の間である。敵は触れてもいないのに、父の胸には大きな打撃痕が刻まれていた。私はすぐに父の胸を触って回復を施す。
「大丈夫!? お父さん!」
「ああ、大丈夫だよサビオラ。ありがとう。それにしても──奴は一体……」
「スタムさん。おそらく奴は触れなくても攻撃が飛ばせるようです。先の斬撃といい、遠距離タイプの攻撃能力者です──!」
「どうしましたか? 夜が明けるにはまだ早いですよ。もっと楽しんでいきましょう!」
「──あなたは先程、逸脱は同じ問題を抱えていると言いましたね。それは自分自身にしか分からない欲望からなる本能で動いているとでも言うのですか? それならあなたの欲望は、教団に従う事で満たされていると言うことなのですか……!」
私は敵を見据えてその問いに答える。──しかし白い紳士は鼻で笑うように言う。
「なるほど! その答えは無きにしもあらず! だが正解では無い! 私は教団に属していることで勿論得もあるし、己の欲望も満たされている! しかし、しかしだ。それさえも所詮は建前なのだよ。我々逸脱はもっと根本的なものを欲して目指している。そう──本人の意志とは無関係にね。『破裂の旋律』!」
「させるか! 『電流走』!」
礼拝堂に響くのは彼の指をパチンと鳴らす音。それに反応するように銀の剣士は瞬時に間を詰めるように剣を走らせる──!
バヅンッ!
嫌な音が鳴り響くと、剣士の握っていた剣は地にガランと落ちて同時にその腕から溢れる多量の赤き血が流れ出る──。
「ぐ、あ……! 速い……!」
「マルセロさん! いま回復を──」
「させませんよ! 『刃の旋律』!」
「あぶねえ! サビオラ!」
ズバアッ!!
かばった父の両肩と腹部が鋭い風の刃に切り裂かれる。その攻撃はあまりにも速く、無慈悲なものだ。私の身体に無数の血が飛び散ると、父はその場にバタリと倒れる。
「お父さん! お父さん!」
思っているよりも傷が深い。父は浅い呼吸をしながら、かろうじて生きている様子である。私は必死に自分の力を駆使して傷口を塞ぐ。
「回復のできるあなたの能力、とても厄介ですね……。だからこそ価値があるのだがね。本来なら君はゼルメイダの夢によって心を支配され、我々の同胞となる筈であった。そこの父親と一緒にね。しかし運命は、諸君らの選択はどうも噛み合わなかったようだ。信徒でありながら教団に歯向かう……これは由々しき事態なのだよ」
「何を言っている! そもそも貴様らがこのような許されざる事件を起こしているからだろう! 僕の妻をどこへやったんだ!!」
「その通りです! あなた達の行いは間違っています!」
「サビオラ君。君はなぜ教団に入った? 人情や仁義、この西大陸の神への信仰心の高さから周りに流されるように自然と入ったのか?」
「私はパウロ神父の優しさ、大天使ミカエル様の加護に導かれて、そしてマテウス教皇様にも憧れていた! でも、それが──それがこんな神を冒涜するような行為をしていたなんて信じられなかった……。私は、私の意思は今も教団の神意と共にある! だからこそ、この間違った行いを正さなければいけないと思っています!」
私は目をキッと尖らせて彼に言う。神はこんな事は決して望んでいない──。強い信仰心と言う名の決意を口に出す。
「──立派な心がけだ。だが、それが"神"の意志だとすれば? この事件を起こしていること事態が神の所業だとすればどうかな?」
「神はそのような行為をしません! それは神では無く悪魔の所業です!」
「そうだ……ぜ。そんなのはまやかしだ……。お前らは都合のいいように神の名を借りて外道な行為をしてるだけだ……!」
傷もまだ完全に塞がらぬまま、お父さんがゆらりと立ち上がって言った。
「サビオラさん。この男の口車に付き合うだけ無駄です……! 人を誘拐する、そのような悪行が許されて言い訳が無い──!」
「ふうむ。では特別に大ヒントをあげよう。──この行方不明事件は"五百年も前"から各地で起こっているのだよ。この事が意味するのは? そして何故に止まらないのだと思う──?」
「答えは簡単だ! てめえらをぶっ倒せば事件が解決するってことだ!!」
「スタムさん! 敵の攻撃は強力です……! 二人で同時に攻めましょう!」
互いにダメージが残るまま、武器を構える。いまだ敵の能力が掴めぬ現状、この方法が一番勝利に近いと踏むのである。
「愚かです──。誠に愚か! 諸君らは選択をとことん踏み外す。諸君の最善なる選択は"逃げる"ことでした。キエーザを倒したあの瞬間から他の大陸に行っておけば生きれたかも知れない……。自分の妻を見捨てて故郷に逃げ帰れば生き延びれたのですよ」
「違う! 私とお父さんはパウロ神父の意志を、妹を見捨てたりはしない!」
「お前には分からねえだろう! 家族の繋がりの深さを!!」
「そんな事をしてまで生きる価値など無い!! ソルダーノ! 貴様を、教団を僕は許さないぞ!」
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