二十五話 教皇マテウス
「あなたが教皇マテウスか──!」
「ありゃ間違いねえ……。ほ……本物の教皇様だ──」
「マテウス教皇様! これはどういうことですか!」
三人はその威厳のある老人の姿を見て、各々に口にした。全身を金の祭服に包み、頭には大きな三角の冠をつけていて、手には宝石の埋め込まれた杖を持っている。この人こそは間違いなく、西大陸の大宗教『聖ミカエル教団』の頂点に位置する教皇様である。
「あなた達、マテウス様の前で頭が高いわよ」
「よいよい。ゼルメイダ、お前は下がってなさい」
「わかりましたマテウス様──」
教皇は一歩前に出ると私達を見て、鋭い目をした。
「シスター・サビオラ、そして信徒スタムよ、よく聞きなさい。まずはここまでの道のりご苦労であった──。さぞ苦難な旅路であっただろう。その労を労い──」
「御託はいい! マテウス教皇、あなたはその少女とどういう関係だ! そして僕の妻をどこへやった! 答えろ!」
教皇の口上を止めるようにマルセロさんが声を荒げた。
「吠えるな。銀髪の剣士よ。ここは静粛なる礼拝堂なるぞ」
「なにを──!」
「マルセロさん落ち着いて下さい! 教皇様、私達はここまでの旅路で行方不明事件の謎を追ってここまで来ました。その道中、『裁きの門』なる逸脱に襲われてパウロ神父──大事な人も亡くしてしまいました。彼等は胸に教団のバッジをつけていて、教団の暗部だと名乗りました。その事を教皇様にお聞きしたくここに馳せ参じたのです。彼等の正体、そしてその少女とはどういう関係なのですか──」
私は思いの丈を言うと、教皇様は白く伸ばした髭を触りながら「ふうむ」と答える。
「──いかにも。お前達が対峙した『キエーザ』、『クリンスマン』、そしてこの『ゼルメイダ』はワシが遣わせた者達だ。『裁きの門』はこの教団の都合に沿わない者供を排除する暗殺集団だ」
「な、なんだって……!」
「──どうして……。どうしてそんなことを!」
「化けの皮を剥がしたな……!」
父娘は驚き、銀の剣士は敵意を剥き出す。
「お前達はこの教団が何故ここまで大きくなり、西大陸を統べるようにまでなったか分かるか? それは数々の尊き犠牲と偉大なる神への信仰心の賜物なのだ。各地で起こる行方不明事件の連続──これは教団が設立された五百年の歴史から連なる必要な生け贄なのだ」
「そんな──。なら……私の妹も、マルセロさんの奥さんも、教団が……仕組んだものだったのですか──!?」
「シスター・サビオラ。無償の神などいないのだよ。発展と栄光には常に影となる部分がある。だからこそ、その全容を追うものは不都合なのだ。特にお前達のような力を持った逸脱なら余計にな」
教皇のその言葉に私は膝から崩れ落ちた──。私達父娘を見捨てなかった教団が、今まで信じてきたものが、心の支えになっていた全てが私達を裏切り、本当の犯人だなんて信じられなかったからだ。
「お──俺の──俺の娘を返してくれ!!!!」
お父さんは青ざめた顔で言う。その言葉に教皇は二つ返事でこう返すのだ。
「信徒スタムよ。安心しろ。お前の娘は返してやる」
「ほ、本当なのか──。コネホは……コネホは生きているんですね!?」
「コネホ……!」
「ああ。生きているとも。会わせてやるとも。ただし条件がある。ワシから敬虔なる信徒のお前達に命を下す。シスター・サビオラ、及びその父スタムよ、お前達は抜けてしまった『キエーザ』、『クリンスマン』の代わりに新たな"裁きの門"としてこの場より教団を守る使者となるのだ」
それは蜜のような甘言であった。
「二人共! 騙されてはいけない! この男の言ってる事は罠だ!」
「──スタム、サビオラよ。まずはそこの剣士を叩き潰せ。そうすればお前達の家族に会わせてやるぞ」
教皇は冷めた声で私と父に命令する。
「教皇様──。いえ、教皇マテウス。あなたは……許されません。私の信じる神はそのような無慈悲さは持ち合わせてはいません。なんの罪の無いパウロ神父を、大勢の被害者達を、あなたは神に遣える身でありながら勝手な都合で手を汚しました──! その罪、天に代わりて私が裁きます! コネホを、レジーナさんを返してもらいます!!」
「マテウス教皇!! あんたが偉く、すげえ人なのは認めるが──俺の娘を拐ったこと! 万死に値する……ッ! 覚悟してもらうぜッ!!」
「甘かったなマテウス! ここまでの旅路、無駄にするほど僕達はぬるくないぞ!!」
三人は敵対の意志をみせる。亡き恩師のため、各地で嘆く行方不明事件で苦しむ遺族のため、ここで決着をつけるのだ。
「くすくす。馬鹿な人達。マテウス様に歯向かうなんて……」
「流石に乗らぬか。お前達のその稀有な能力を教団のために使わせてやろうと思ったが──ならば仕方あるまい。教団の秘密を知ってしまった者はここで消えてもらおう。『ソルダーノ』!」
教皇が何者かを呼ぶ。すると、
「Ja. Papst (はい。教皇)」
教皇の後ろの影から、頭にシルクハットを乗せた白いタキシード姿の男がいきなり出てきた。
「なんだあいつ!?」
「気をつけて下さい……! あの男、危険な気配がします……!」
「あなたは何者ですか!」
私はその白いタキシードに問いかける。彼はシルクハットから垂れる片眼鏡をかけたどこか紳士的な男であった。父と同じ歳に近そうなその人は顔を上げると、にこやかに答える。
「──諸君、初めまして。私の名は『ソルダーノ』。諸君らが葬ってきた裁きの門最後の一人、人呼んで『死の旋律ソルダーノ』でございます。一度きりの会合でありますが、お時間頂く限り、この静かな夜を楽しみましょう──」
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