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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~二章 献身の聖女編~
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二十一話 眠れる馬車


──朝。金槌の高い音が聴こえると同時に私は目を覚ました。まだ冴えない頭が視界をぼやかす。ベッドに寝転がったまま宿の天井をぼーっと見つめると、いま自分がアウクスの町にいることを思い出した。


ぼんやりと考えながら身体を半回転させる。──と、


ドタンッ!


「ふぐうっ!」


変な声と共に私はベッドから落ちてしまった。


「いたた……。朝からついてないよお……」


腰をさすりながら起き上がると、窓の外に向かって片膝をついて礼拝する。今日一日の始まりを神に感謝──ミカエル様に祈りを捧げる。しばらくして祈りを済ますと私は着替えと身だしなみを整えて下の階へと降りた。下の出入口の前には早起きのお父さんとマルセロさんがすでに準備を整えて待っていた。


「おはよう。サビオラ」


「おはようございます。サビオラさん。よく眠れましたか?」


「おはようございます。やっぱり野宿と違って宿で寝ると、とっても気持ちよく寝れますね」


「ここに着くまで寒空に吹かれながら寝てたからな。まあまだ時季が暖かいからできることだがな」


「安心して下さい。それも今日で終わりです。ここからは馬車でバイエルまで一本ですからね。馬車の中でゆっくりと休みも取れる筈です。それに歩きならば四日はかかりますが、馬車なら更に速く着くこともできるでしょう」


「そうですね! それじゃあ早速、馬車乗り場に行ってみましょう」


私達は宿を出て、鍛冶屋の通りを見ながら広場の方へと向かう。


「おっ、あんちゃんいい剣持ってるねえ。あんた東大陸のもんだろ?」


マルセロさんの剣を見た鍛冶職人の一人が声をかけてきた。


「よくわかりましたね。剣を見ただけで出身までわかるとは……」


「そりゃこの辺じゃそんな業物は見ないからなあ。俺のような職人ならわかるさ。流派はどこだい?」


「僕は『雷光流(らいこうりゅう)』です」


「おお! 王都に(つか)える有名流派じゃないか。それならさぞかし腕も立つだろう」


「恐縮ですね。自分はまだまだですよ……」


彼は銀の髪を軽く掻きながら答える。


「マルセロさんの剣術って有名なんですね! なんだか強そうな名前でカッコいいです!」


「西大陸に宗教が沢山あるのと同じですよ。東大陸では剣の流派が星の数ほどあります。僕のはその中でも王都の兵達が使う有名な流派……簡単に言えばこちらの(セント)ミカエル教団に近いような知名度ですね」


「へえ。すげえじゃねえか。お前もあっちでは相当修行してたんだろ?」


「それでも上には上がいます。他の流派でもまだ見ぬ猛者が沢山いますよ。例えば全神経を集中させ一撃に全てを懸ける『一刀我念流(いっとうがねんりゅう)』や、奇抜な太刀筋で相手を翻弄するのが得意な『マハシュトラ流』、型によってその剣自体を豪の剣に変えたり速く流れる雲のように変えたりする自由自在なる剣技『ブレシア流』……。他にもまだまだありますよ」


「お前……剣の事になるとほんとよく喋るな」


「マルセロさん剣の話しになると目がキラキラしてますね」


「そ──そうですか」


彼は急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめた。私達は鍛冶屋が並ぶ通りを抜けると、途中で寄った市場で食料を買って進む。中央の広場を抜けて町の出入口の方へと行くと朝から人が大勢いる馬車乗り場に着いた。


「そこの旅人さん! うちの馬車は速いよどうだい? バイエルまで安くするよ! 一人6500G(ゴールド)でどうだい!」


「いやいやうちならもっと安いよ! 一人6300Gだ! さあ乗った乗った!」


「さあさあ旅人さん! うちはバイエルまで食事付きだよ! どうだいうちにしないかい!」


様々な馬車のオーナー達がいろんな旅人に声をかけていた。


「おっやってるな。バイエルまでの馬車はやっぱり人気だな」


「さて……。どれにしましょうか」


「私は安くて乗り心地が良さそうなのがいいなあ」



「そこの旅人さん。わしの馬車に乗らんかね」


私達が少し離れたところで迷っていると、一人の初老の男性が声をかけてきた。その人の馬車は他の業者の年期が入った馬車よりも子綺麗で、馬も毛並みの良い速そうな馬であった。


「俺達バイエルまで行くんだが安くすませたいんだ。あんたの馬車は何だか高そうだな」


「わしの馬車は4500Gだよ。それでも駄目かね?」


「「「安い!!」」」


私達は声を揃えて驚いた。普通相場は6000G前後なのだが、この料金は破格だ。


「お父さんマルセロさん! この馬車にしましょう!」


「そうだな! いやあラッキーだぜ!」


「……ちょっといいですか? 少し安すぎますね。何か裏があるのでは?」


「おいマルセロ! 男がこまけえ事を考えるんじゃねえよ!」


「ほっほ。まあ怪しいわな。実はこの馬車は今日からの初出動でな、試運転も兼ねているから安いんだよ」


マルセロさんが訝しむと、馬車のオーナーさんはにこりと笑いながら答えた。


「なるほど……。余計な詮索でしたか。すみません」


「いやいやいいんだよ。それとこの馬車は四人乗りだから、あと一人相席してもらうけど構わんかな?」


「大丈夫です。ありがとうございます。これも大天使ミカエル様の加護ですね。感謝します」


「それじゃあ馬車に乗ってて待っててくれ。あと一人連れてくるからの」


オーナーさんはそう言ってふらりと人が集まる方へと行く。


「やったぜ! 安く済んだし綺麗な馬車じゃねえか!」


「中もクッションが敷いてあって快適だよ!」


「うーん。いい馬車ですねこれは……」


私達が歓喜していると、間も無く三人が乗る馬車にぴょこんと小さな旅人が乗ってきた。


「まあ綺麗な馬車ですね。どうもこんにちは。短い間ですがどうぞよろしくお願いします」


その旅人──いや"その子"は言う。薄いピンクと紫の混じった髪の女の子。フリルの付いた可愛らしい派手な装飾の服を着た小さな少女が乗ってきたのだ。


「女の子……?」


「はっは! お嬢ちゃん。乗る馬車を間違えてるよ。ここには君のパパとママはいないよ」


「まあおじ様。わたし間違ってなんかいないわ。これバイエルに行くのでしょう? わたしはバイエルまでおつかいにいくの。わたし一人でいくのよ。失礼しちゃうわ」


「一人でおつかいに!? すごい……!」


私達が驚くと少女はぷりぷりと頬を膨らました。


「──どうやらしっかりとしたレディのようですね」


「おいおいまじかよ。こんな小さな子がバイエルまでおつかいに行くのか……。泣けるじゃねえか……!」


「私、感動しました! あっ私はサビオラって言うの! こっちの大きな人は私のお父さん! そしてこっちの剣士さんが──」


「マルセロです。小さなレディ。バイエルまでよろしくお願いしますね」


「まあ素敵な人達! とっても頼りになりそう!」


「あなたのお名前は何て言うの? お姉ちゃんに教えてくれる?」


「私は『ゼルメイダ』! よろしくねサビオラお姉ちゃん!」


「お……お姉ちゃん……!」


私は自然と涙が出た。この初対面の少女に己の妹の影が重なったからだ。幼き日に呼ばれた『お姉ちゃん』と言う単語は私の涙腺を意図も簡単に崩壊させた。


「どうしたの? お姉ちゃん?」


「えっ……ううん……。何でもないわ……ごめんね。何だか懐かしい気持ちがよみがえってね……」


私は涙を拭うとニコリと笑った。


「ようし。これで四人揃ったみたいだな。ではバイエルに向けて──出発!」


オーナーさんが手綱を取ると馬車が動き出した。どんどんと離れて行くアウクスの町を眺めながら景色を楽しむ。時を忘れる程、静かでのどかな平地を進んでいくといつの間にか夕方に、そして夜へと至る。


私はゼルメイダちゃんとずっとお喋りしていたせいか疲れていつの間にか寝てしまっていた。



「スタムさん。僕が見張りをしますので休んで下さい」


「悪いな。ならそうさせてもらう。あとで交代しよう……。グゴー」


「もう寝た……。早い。おや、小さなレディ。君も早く寝たまえ。女の子が夜更かしするものじゃないよ」


「ありがとう剣士さん。あなたは寝ないの?」


「僕はみんなを守る仕事があるからね。安心して寝てくれたまえ」


「ありがとう顔のいい剣士さん。おやすみなさい」


少女も眠りにつくと、僕は星空を眺めて一人黄昏(たそがれ)て風の音を聴くのであった。




──翌日。馬車は雨の中を進んでいた。落ちる雨音が激しさを増すと何だかとても不安な気持ちになった。


馬車の中も会話が特に無く、時間が静かに過ぎて行く。それに何だか頭がハッキリとしない。雨で視界が閉ざされるのと同じように頭の中で霧がかかってるような不思議な気分だ。


「雨……止むかな──」


「お姉ちゃん雨は嫌い?」


「うん……。あんまり好きじゃないかな。ゼルメイダちゃんは雨は好き?」


「わたしは好き。雨は嫌な事も隠してくれるもの」


「ゼルメイダちゃんは面白いこと言うね。そっか……嫌な事もか……」


冷たさの感じる雨が、全ての不都合を隠すように降り続ける。それに先程から何やら甘い匂いが漂ってきていた。これは何の匂い……。


「マルセロ……。お前、寝てないんじゃないか? 昨日は俺がぐっすり寝ちまったからな。今のうちに寝ておけよ」


「…………」


「どうしたんですか? マルセロさん」


「サビオラさん、スタムさん……。何か──何かおかしいです。昨日の夜、みんなが寝たあと僕は外の星空を見ていて……それで、あれ──なんでもう夜が明けているんだ……? それにこの雨、いつから降っている? 今は何日、いや何時……それにこの甘い匂いは──」


「何言ってるんだ? マルセロ──おまえは、寝ろ──ねろ──ね、ろ──」


「マルセロさん──あなたははわわ──寝た──ねろ──ね──る──」


視界がぐにゃりと歪んだ。僕は揺れる脳内に吐き気を覚える。目の前のそれは幻覚か──。そのぶれる視界の中で、唯一こちらをじっと見つめる少女に気づいた。



「君は──いや──お前は──」



「うふふ。『クーゼンの花』は良く効くでしょう? この花はね、火を点けると混乱と睡眠効果がある匂いが出るの」


「──しまっ、た──敵、か──」


「おやすみなさい剣士さん。わたしが心地よい夢を見せてあげる……。そう、このわたし裁きの門ゲート・オブ・ジャッジメントの一人『桃源(とうげん)夢魔(むま)ゼルメイダ』の夢の中へと堕ちなさい……」













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