十九話 アウクスはこっち
「準備はできたか? そろそろ行くぞ」
「こっちは大丈夫です。サビオラさんは……」
「私も大丈夫です! さあ行きましょ──ふぎゅ」
新たな仲間を加えたばかりの心機一転の旅が始まる第一歩目で、私は何も無いところでつまずく。
「いたた……。いたい……」
「だ、大丈夫ですか──」
涙目になるが頑張ってこらえる。倒れた私にマルセロさんが手を貸そうとするが、
「サビオラ! 大丈夫かああッ!」
「ひゃっ!」
お父さんがすごい勢いで寄って来たので私は直ぐに立ち上がると距離を取った。
「なぜだーーッ!?」
「大袈裟です!」
一々リアクションの大きい父に言う。テンション下がり気味になったお父さんを連れてマインツの村を出る。ここからバイエルまでまだ一週間以上はかかる。この旅でお父さんも親馬鹿を直してほしいところだ。そして私も、父に心配されぬよう精神的に成長をしなくてはならないのだ。
「こほん。……仕切り直して行きましょう。えっとこっちかな?」
「サビオラさん。そっちはボルシアへ戻ってしまいますよ」
「うっ……間違えました。こっちです!」
「そちらは湿地帯が広がっていて何も無いところに出てしまいます」
「ううう……」
「おい! うちの娘をいじめんじゃねえッ!」
「えっ。すみません……いじめてるつもりは無かったのですが……」
マルセロさんは困惑した顔で苦笑いをする。
「──次の中継地点は『アウクス』の町ですね。ここから三日と少しかかりそうですが頑張っていきましょう。方角はこちらです」
マルセロさんは旅慣れた様子で地図を広げて指針を示した。
「あっちですね。それにしてもマルセロさんは旅慣れていてすごいです……」
「いやあ、北の大陸で放浪の旅というか武者修行をしていたのでそのせいですかね」
「ほう、北の大陸か……。俺はあんな寒いところにゃ行きたくねえなあ」
「確かに厳しい寒さでした。そこで凶悪な逸脱に襲われたりもして大変な事もありましたが、あの極寒の地でレジーナと出会い、こうやって結ばれましたから行ったかいはありましたよ」
「へえ~! なんだかロマンチックですね! いいなあ……私も結婚するならマルセロさんみたいなしっかりした人がいいなあ」
「サビオラが……結婚……?」
その言葉にお父さんは今まで見たこと無いくらいの痙攣を起こす。そりゃもう大地を揺らすくらいの痙攣であった。
「お父さん!?」
「ス、スタムさん!?」
「そそそそそんなのおおおお!! パパが許さないぞおおおおおおッッ!!!!」
「なんで!?」
「そんな……そんな奴が目の前に現れたら俺がぶちのめす──娘はやらねえ。どうしても欲しくば俺を倒せ──ッ!! 万力を持って捻りつぶす……ッ!!」
「それわたし絶対結婚できないよね!?」
「(愛が大きすぎる……)」
「そ、そうだ! 他の話しをしましょう! レジーナさんはどんな女性なんですか? 少しでも情報を共有しておきましょう!」
止まらない父の痙攣を止めるために私は話題を逸らした。
「レジーナはショートカットの銀髪が目印で北の大陸では歌手として有名人なんですよ。人々からは『絶世の歌姫』なんて呼ばれるほどの美声と歌唱力を持っていました」
「歌手なんですね! すごい! うらやましいです!」
「妻を褒められると僕も嬉しいですね。サビオラさんの妹さんはどんな子なんですか?」
「コネホはとっても元気で活発な子でした。とっても可愛い声をしてるんですよ。あの子も歌を唄うのが大好きだったので、レジーナさんに会わせてあげたいなあ」
「それはいいですね。……必ず見つけて会わせましょう。きっと見つかる筈です」
「ありがとうございます。そう言って貰えると嬉しいです」
私とマルセロさんは力強い眼で地平線を見る。きっとどこかにレジーナさんとコネホはいる筈なのだ。そう信じて止まぬ想いを胸に歩みを続ける。
「おーい。お父さん早く行くよ!」
「結婚など許さん許さん許さん……──はっ。俺は一体何を……」
我を失い欠けていた父に声をかける。どうやら奮えは治まったようだ。私はちょっと笑いながら歩きだす。ふと空を見上げると遥か上空に大きな鳥が飛んでいた。
「──大きな鳥が飛んでいますね。西大陸では動物が多いのですか?」
「北の大陸よりは多いかもしれませんね。この辺は森に近づかなければ狂暴な動物もいないので安全ですよ」
「襲ってくるのが動物なら可愛いもんさ。本当に恐いのはいつだって人間だ。それも理性を失った逸脱──あんな氷なんかを自由自在に操れる連中には極力会いたくねえな」
「そうですね……。何事もなくバイエルに着けばいいのですが……」
陽気な日射しが降りそそぐ。私達は雑談をしながらも確かな道のりにひたすらに邁進するのであった。
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