十六話 裁きの門『絶対の零度クリンスマン』
「マルセロさんの奥さんまで誘拐して、何故私達を狙うのですか! あなたの行いは決して許される事ではありません。今ならまだ間に合います。レジーナさんを返して今一度、正しき道を歩む事があなたにはできる筈です!」
「──は。何を言うかと思えば随分生ぬるい奴だな。おい女、お前が考えるほど世の中は優しく無ければ冷てえぞ。別に俺はお前達に恨みがあるわけでも何でもない……。だが"上"からの命令なんでな。俺は冷静に、冷徹に、冷酷に仕事をこなすだけだ。善悪の基準は他人が勝手に思えばいい。"俺は俺"、"お前はお前"だ。誰もが優しい平和な奴だなんて思わない事だな。──いま俺がそのぬるい頭を芯まで冷やしてやるよ」
窓から入る光に反射するようにクリンスマンの全身を覆う氷の鎧がキラキラと光ると、凍てつく冷気と共に氷の結晶が辺りに現れた。
「かはは! 死ねい! 『氷結結晶』!」
まるで刃のような無数の氷の結晶がこちらに向かって飛ぶように襲ってくる!
「危ない! サビオラさん!」
「サビオラ! うおおおおッ!!」
お父さんが私の前に立ちはだかると、荷台に積んであった物置大五郎で攻撃を防いでくれた。
「お父さん──物置大五郎が……!」
「──これは!」
敵の攻撃を防いだ巨大な武器は、その掴んだ右手と一つになるようにガチガチと氷り始めた。
「どうだ? 俺の攻撃をガードしてもいいがすぐに氷っちまうぜ。その筋肉ハゲから氷漬けにして砕いても面白そうだな。マルセロ! お前はまたも失敗したな! もっと強い奴を連れてくるんだったな!」
「──いいや、クリンスマン。貴様が思う以上にこの父娘は強いぞ!」
「ぬぅぅぅぅんッ!」
バキィィンッ!
父は氷ってしまった右手を気合いと共に思い切り握ると、氷はバラバラと砕けて地面に落ちた。
「なんだあ? こんな薄っぺらい氷で俺を止めれると思ったのか? 笑わせるなよドサンピン。俺の拳でかき氷にしてやるよ」
「……言ってくれるな。吐いた言葉呑み込むなよ? お前達はもうこの教会からは逃がさん──『氷の魔場』」
上空から落ちてきた氷の戦士はその勢いで地面を殴るとそこから走るように冷気が吹き、教会全体を余すとこ無く綺麗なダイヤモンドのように氷らせた。
「もう誰もこの教会からは出られん。お前達はここで氷の彫刻にしてやる。そこのハゲは砕いて殺してやるから安心しろ。お前のようなブサイクな彫刻はいらんからな」
「逃げ場を封じられた──!」
「びびんな! 逆に考えろ! 奴をここで必ず倒せるってな!」
「もう、戦うしかないのですか──」
私達はクリンスマンを見据えて構えをとった。白くなる息が三人の呼吸を表している。それは緊張の呼吸。普段よりも心拍数が上がっているのは敵がそれほど強大だからであろう。
「いくぞ雑魚ども! 『氷結山脈』!」
足を氷の地面に叩くと私達の真下から突然に、尖った氷の柱が何本も突き出した。
「きゃああ!」
「ぐおおッ! 」
「くっ!」
氷の柱が身体に突き刺さる直前でマルセロさんは素早く身を躱すと、隣にいる私の腕を急いで引っ張る。そのおかげでギリギリのところで尖ったその氷の先端は、私の服をかすめて破いただけで済んだ。
「あ、ありがとうございます。マルセロさん」
「サビオラさん。敵は本気で我々を殺すつもりです。生きるために、戦う覚悟をお願いします。スタムさん! 大丈夫ですか!」
「……ああ、ちょっと痛えがなんとかな。ふんッ!」
鋭い氷は父の左腕と右の脇腹を刺していて、そこから赤い血が滴る。その氷柱を強引に折ると刺さったトゲを抜くように身体から氷を引き抜いて、
「お返しだ! クソ野郎ッ!」
クリンスマンに目掛けて豪速球のように投げた!
「『結晶ノ盾』」
豪速球は敵に当たる前に突如地面から勢いよく飛び出した氷の盾に阻まれた。
「あっ! ずるいぞてめえ!」
「冷静だろ。俺にそんなものは効かん」
ニヤリと笑う氷の戦士は冷ややかに言う。
「お父さんいま治すね! 『治癒の手』!」
私は血が流れる箇所を手をかざして回復させる。
「ほう、治癒の力か。珍しいな……。だがそれも長くは続かないだろうな」
「何言ってやがる! 俺の娘の能力がある限り俺は何度だって立ち上がれる! いくぞマルセロ
!」
「はい! こちらは三人だ! いくぞ! 『走技・稲光』!」
速きこと雷光の如し──。一瞬にて敵の間合いを詰めた銀の剣士は氷の戦士に刃を打つ。
「一刀両断! 『稲妻斬り』!!」
「甘い! 『結晶ノ篭手』!」
ガギィィンッ!
硬い氷の塊が右手を包むと、その大きな盾のようになった腕で剣士の必殺剣を止めた。
「まだだ!」
「俺もいるんだぜ! 氷野郎! 『アックス・ボンバー』ッ!!」
ぶおおと、風を鳴らしながら物置大五郎を敵の脇に目掛けて振り回す豪快にして雄々しい技が炸裂する!
──だが、それよりも速くクリンスマンは全身から恐ろしい冷気を発した。
「冷えろ! 『魔氷技・絶対の零度』!!」
父の攻撃が当たる直前でピタリと止まった。──止まったのは技では無く、繰り出した本人である。父は全身を一瞬の間に氷漬けにされていた。