十四話 腹が減っては……
「ん~! 気持ちいい朝だね! よーし早くレジーナさんを助けに行こうよ!」
私は背をぐいっと伸ばしながら太陽の光を全身に浴びる。男性陣も身体を伸ばしながら空を仰いでいた。
「よっしゃッ! おいマルセロ、その誘拐犯はどこにいやがるんだ?」
「奴はこの先のマインツの村からさらに北東にある、もう使われていない古びた教会にいます。急ぎたい所ですが、まずはマインツの村に寄って準備と作戦を立てましょう。クリンスマンはまさか僕が寝返るとは思ってもいない筈です。三人で奇襲をかけましょう……!」
「ははッ! そいつはいいな! 鼻っ柱を折ってやろうぜ!」
「まずはマインツの村へ出発ですね! 行きましょう!」
私は意気揚々と先導を切って歩き始める。だが、
「サビオラさん! そっちは逆方向です!」
「はうっ! 間違えました……」
マルセロさんが慌てて言うと私は涙目で舵を切って、とぼとぼと歩みを変えた。
「サビオラ気にするな! パパも若い頃はよく間違えたさ。そう、あれは二十年以上も前──まだパパがママに出会って間もない頃のことだ。あの日は真夏の夜にしては冷え込む晩、パパが仕事を終えて帰宅している時に、前方から何故か青い洗面器を頭に乗せた男が歩いて来て──」
「そう言えばマルセロさんは、西大陸ではあんまり見ない剣を使ってますよね? どこで修行とかされたのですか?」
「えっ、ああ、はい。僕は実は東大陸の出身で……」
「そうなんですか! どうりで剣が強い筈ですね! 東大陸はやっぱり剣術が盛んなんですね!」
「なぜだーーッ!! なんでパパの話しを聞いてくれないんだサビオラーーッ!!」
「お父さん静かにしてて! 私はマルセロさんと喋ってるんだから!」
父は大人気なく涙を流して私の裾を引っ張る。私がそれを無視すると、今度は歯ぎしりしながら恨めしそうにマルセロさんを睨んだ。
「あの……サビオラさん。スタムさんが物凄い形相で見てくるのですが……」
「放っておいていいですよ。昔から私が男の人と喋っているといっつも邪魔してくるんです」
「そ、そうですか」
まるで番犬だなと思うマルセロであったが、どちらかと言えばその巨体は番犬に留まらず、我が子を守る獰猛な熊だなと思うのであった。
──しばらく談笑しながら私達は歩く。昨日頑張って歩いたせいか、昼前にはこじんまりとした家が建ち並ぶマインツの村が見えて来た。
「マインツに着きましたね。まずは食事にしましょう。腹が減っては何とやらです。しっかりと食べて準備を整えましょう」
マルセロさんが先を歩きながら言うと、辺りを見回して食堂を探す。小さな村には見るものは何も無いが、平穏な空気の流れる落ち着くところだ。
「あっ。あそこに食事が出来そうな所がありますね。入ってみましょう」
「いい匂いがしますね! 私もお腹すいてきちゃいました」
「食うぞ食うぞ! たらふく食うぞ!」
三人は香ばしいような、いい匂いを立ち上らせるレンガの店に入る。店内はオシャレな内装でテーブルが四つほどある小さな店だ。私達は早速テーブルについてメニューを眺める。どうやらここのお店は割りと何でも作ってくれるらしい。小さなお店なのにメニューはかなり豊富であった。
「──お父さん。メニューいっぱいだよ! それで、すごい高いよ……! ここ……!」
「ほんとだな……! 普段は食えないぞ……こんなところ……!」
「えっ? (別に普通の値段だと思うけど……)」
貧乏親子にとっては普通の店の外食でも破格の値段であった。普段から野菜オンリーの単品ばかり食べている二人は、あまりにも久しぶりの外食に目を丸くしている。
「ここは僕の奢りですから、どうぞ好きな物をいくらでも食べて下さい」
「いくらでも!? ま、まじかよ……! ほんとに言いのか!?」
「あの、私達こんな外食なんて十年ぶりくらいだから、なんか信じられなくて……」
「別に遠慮なんていりませんよ。お詫びでもあるんですから、いっぱい食べて下さい」
その彼の言葉に、私とお父さんは眩しいほどの笑顔を見せる。
「マルセロさん! ありがとうございます!」
「マルセロ……。お前、いい奴だな──」
「そんなすごい事なんてしてませんよ! ただ食事をご馳走するだけなんですから、大袈裟ですよ」
「そうか……それじゃあ」
私とお父さんは静かに手を上げて店員さんを呼ぶ。
「はーい。ご注文お決まりですか?」
店員さんがパタパタと走って来ると、私達は声を揃えて注文した。
「「ここにあるメニュー、全部下さい」」
マルセロさんと店員さんは固まった。この親子、すごい事を言い出した。そんな顔をしていた。
「え……えっとお客様、当店はかなりメニューがあるのですが……」
「「全部で」」
「ま、待って下さい! そんなに食べれるんですか!?」
「「あっ、全部特盛で」」
「──か、かしこまり……ました……」
店内は騒然としていた。慌てて注文を作る料理人、それをどんどん運ぶ店員、この親子正気か? と、いった顔をするイケメン剣士、そしてそれを無我夢中で一心不乱にガツガツ食べる私とお父さんは紛れもなく人々の目には逸脱に見えただろう──。
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