九話 快速と怪腕
「へえ。てっきりその生首を見て戦意喪失したと思ったが、啖呵を切るほどには心が強いんだな」
「……あなたのような悪漢に私達の心はわからないでしょうね。その蛮行、同じ逸脱として見過ごす訳にはいきません!」
「──ははっ! 俺にはお前達の方がよっぽどおかしく見えるぜ。そこまで理性のある逸脱なんて中々いないからなあ。もっと本能を開放してた方が楽しく生きていられたかもな。少なくともここで命を捨てる事にはならなかったと思うぜ!」
キエーザは不適に笑い、もってた短剣を私に向かって投げてきた。
「危ねえッ!」
お父さんが私の目の前に盾になるように丸太のような腕を伸ばして、飛んできた短剣を防いだ。
「お父さん!」
「大丈夫だ! このくらい何ともないさ」
腕に刺さった短剣を引き抜くと、父はそれを片手で軽くへし折る。
「ガードされたか。別にいいけどね。まだ短剣はあるし」
腰から新たな短剣をスラリと取り出して、敵はこちらに見せびらかすようにそれをキラリと夕日の紅い光に輝かせる。
「俺達はてめえ見たいな本能にまかせた生き方なんぞ認めねえ──! 人の愛や痛みを知らない人生になんの価値がある!! その腐った性根、俺がぶん殴って矯正してやる!!」
「──臭い。臭い臭い臭いねえ。人間臭すぎるよ、お前ら。どちらが間違ってどちらが正しいか……今それを見せてやるよ。お前らは何もできずに死ぬ。結果だけがそこに残るだろうよ」
敵は苛立っていた。軸足を前に曲げて、走るような姿勢を見せる。
「お父さん気をつけて! あの人の能力は身体的な強化能力だと思う! 地面がそれを教えてくれたわ!」
私は地面を指差すと、所々の土が抉れているのを確認する。
「瞬間移動じゃないのか!?」
「たぶんあの人はものすごいスピードで動いてる──単純に足がものすごい速い能力……! 速すぎて瞬間移動したかに見えてるだけだよ!」
「ふっ。能力がわかってもお前らは何もできないけどな。俺のスピードには誰も追いつけない!」
フッ、と視界から男は消える。
そして数メートル離れた所に再び姿を現すと、
「ぐおおッ!」
父の身体からまた大量の血が流れる。
「お父さん!」
私はふらふらと足をよろめかす巨躯の身体を支える。
「どうだ? 見えなかろう。俺の『音速剣』は絶対に見えない必中の剣だ。と言ってもこの短剣事態は普通の剣だがね。俺のこの素晴らしい足の速さが全ての武器を必殺にしてくれているんだよ」
「ヤロウ! 次はその顔面に俺の拳を叩きこんでやるッ!!」
「あんたもわからんねえ。そんなノロマな攻撃なんて一生かかっても当たらないよ。さて、どのくらいあんたは耐えられるかな」
キエーザは短剣をゆらりと構えた。
「くらいな『音速剣・隼』!」
敵のその姿が一瞬残像のようにぶれる。お父さんは身構えるが、速きこと隼の如し、瞬足にて放たれた剣の閃きはまたしても父を斬り裂く。
「ッッグウウ!!」
その場からは一歩も動いて無いように見えたのに、お父さんの身体は無数の斬撃の跡が一気に刻まれた。
「しっかりしてお父さん! 大丈夫!?」
「へへっ……。かすり傷さ、こんなもん……!」
父はものすごく痛い筈なのに私を心配させんがために強がる。
「(……あの男、あれだけ斬ったのにまだ立てるか──。いくら身体が硬くてもあれだけ斬られれば出血多量で動けない筈だが……。いや、待てよ──?)」
中々に倒れない巨漢を不思議に思うキエーザは、あることに気がつく。
「……オッサン。さてはお前も身体能力を上げる能力者だな? その傷口、塞がりかけているではないか。おかしいと思ったがこれで合点がいった……。代謝を上げる能力、身体を治す能力、色々あるが問題無い。少なくとも俺より速くなるモノでは無いからな。──お前は次で確実に仕留めるぞ」
腰を落として徒競走のような構えを見せると、彼の目の色が変わった。
「気をつけて! お父さんあの人構えが変わった……!」
「安心してくれサビオラ。パパは絶対負けない! おい! 足が速いだけの能無し! 俺の心臓はここだぜ! その剣で貫けるもんならやってみな!!」
お父さんは自分の左胸に親指をトントンと当てながら、敵を挑発する。
「……言ったなハゲ頭──。その言葉、後悔させてやるぞ。俺が非力だと思ったら大間違いだと言うことをな……!」
ビュン──。
風を、音をも置き去りにするかのような速さであった。
その音速の名にふさわしいキエーザの攻撃は、父の厚く筋肉のついた鎧のような胸を貫通するように短剣の根本まで深く、深く刺し込まれた。
「……グッ──ハッ……!」
「お父さん!!!!」
牙城が崩れる。その場で倒れる父を私はその細い腕で抱きかかえ、左胸に深々と刺さった剣を抜いた。
「アホだな、お前の父親は。俺が音速を出したらそのぶん威力が上がるのもわからんのか。攻撃力ってのは腕力だけじゃない。速さが必要、もっとも大事なんだよ。オッサン、あんたは遅すぎた」
「お父さん! お父さん!!」
私は必死に呼び掛ける。その正面に無慈悲な目をした敵は短剣を拾うと、
「ふー……やれやれ。それじゃあ女を殺してさっさと帰るか。楽な仕事だったな──」
そう言って私にゆっくりと近づいて来た。
「あばよ。あの世で神父と一緒に仲良く過ごしな──」
無情な剣が振るわれる──
……が、彼の腕を──大きな動物のような手がガッシリと掴まえた。
「なにッ!?」
「……ようやく掴まえたぜ──!」
歯茎が見える程に口角を上げた大男は、敵の腕をミシミシと軋ませる──!
「ぐああ──ッ! くそっ!! 離せッ!!」
「アホか。誰が離すかよ! その腕、へし折るぜ……!」
ミシミシといっていた腕がボギンッと、鈍い音を立ててあらぬ方向にネジ曲がった。
「がああーーッ!?」
「次はその悪い足だッ!!」
お父さんは腕を掴んだまま大木のような足でローキックをすると、キエーザの細い足はバギリと言う音と共にあっという間に折れたのがわかった。
「ぐ、がああッアア、ぐッッアア!!」
悲鳴を上げながら転げ回る敵は、同情さえ覚えてしまうような痛がりをみせた。
「お、お父さん! もういいよ! これ以上は死んでしまうわ!」
「サビオラ……。こいつは神父を殺した奴だぞ。情けはかけちゃ駄目だ」
「それでも、"殺し"をしたら私達もこの人と同じだよ。教団の教えでも言われているよね。『人を憎まず、悪を正せ。殺生は誰に対しても為してはならぬ禁忌である』……。命まで奪う権利なんて誰にも無いんだよ」
「サビオラ……なんて……なんて良い子なんだ──! そうだな……パパが間違っていたよ。殺生は神への冒涜だな。神父様もきっとそう言ってるに違いない」
親子は静かに微笑むと、荒い息づかいのキエーザがこちらを睨んで口を開く。
「お前……! なぜ生きている……! 心臓を確かに貫いた筈だ……! まさか不死身の能力か……!?」
「不死身なんかじゃないぜ。俺もお前とそんなに変わらん能力さ。俺の能力は『怪力』だ。お前のその腕や足を折ったのもこの能力のおかげだ。単純だろ? 俺はこの見た目のまんまの能力──まあ能力がこれだからこの筋肉がついたんだがな……」
「『怪力』だと……!? なら、なぜ生きている!? さっきまで血だらけのお前の身体がなぜそこまで回復している!?」
「それは私の能力です。私が"治した"のですよ」
「──そうか……! お前は『治癒』の能力か……! くそっ……やられた……ッ!」
単純な馬鹿力で相手を圧倒する『怪力』、そして私の能力は傷を治す『治癒』である。これが私達親子の能力──油断を突いた一瞬の攻撃であった。敵がお父さんを死んだと思わなかったら負けていただろう。
「──馬鹿な、この俺がこんな奴らにやられるとは……!」
「俺の左胸に短剣を刺したことが勝負の分け目だったな。俺は逸脱になって、身体に異変が出てこんなデカイ筋肉お化けになった。その際に心臓の位置が左から右になったんだよ。もし心臓を刺されていたらサビオラでも治癒は難しかっただろう。お前は俺の挑発に乗った時点で負けていたんだ」
「教えなさい。あなたはなぜ神父を殺し、教団の名を騙ったのか。あなたは何者ですか」
「ふっ……いい気になるなよ……! お前達はもう後へは引けない……! 次なる裁きの門が必ずお前達を殺しに来る……! 自分達の運命を呪うがいい……! グ、ハッ──!」
キエーザは呪詛のように言葉を捻り出すと、口からドボドボと血を吹き出した。
「!? おい!? なんだ!?」
「血が──!」
私が駆け寄り、彼の手に触れたが時すでに遅し──キエーザはその命を絶っていた。
「そんな……」
「こいつは……恐らく毒だな。自害しやがった──」
夕日が暮れる。夜の訪れが闘いの幕を静かに下ろす頃、親子は謎を抱えたまま、敵と神父の亡骸を茫然と見るのであった。
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