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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~二章 献身の聖女編~
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二話 帰宅



「今日は家に食材が無いから、市場で買ってから帰らなきゃ」


赤い赤い夕日が遠くに見えるエムス運河に溶けゆく頃、私はそれを眺めながらレンガの街を歩き、帰路に着く。


ビタンッ!


「ふぎゅっ」


夕陽を見ながら、ぼんやりと歩いていたせいなのかはわからないが、何でも無いような所でつまずいて私は地面にダイブする。


「うううう……。痛い……」


一体どこまでドジなのか。服についた汚れを払いながら、私は涙目で立ち上がる。修道服は常日頃、私のドジによってツギハギだらけである。


「頑張らなきゃ、私。まずは家に帰ったら洗濯しなきゃ……。それに夕飯の用意と、それからええと──何だっけ……」


涙を流すまいと気丈に振る舞うが、さっきの衝撃で今日の予定を完璧に忘れてしまった。



大聖堂から歩いて三十分程の、街の端っこにある我が家は、風化寸前のボロついた土色のレンガの家だ。


「ただいまー」


帰りの合図を言いながら家のドアを開けると、返答の無い静かな部屋が私を迎えた。どうやらまだ家内は帰ってきてないようだ。


「まだ帰ってきてないんだ。よし、じゃあ夕飯を作りましょう」


私は修道服の頭巾を外して、そのふわりとした金色の髪を露出した。


「えーと、まずはお野菜を切らないと……」


そう言って手を伸ばした先の野菜入れの(かご)の中は、何も入っていない空っぽの状態であった。


「──あ。そうだ、私、市場で食材買って帰るんだった……」


本日何回目かわからぬドジに、私は机に手をついてその場でうなだれた。


繰り返される失敗は、まさに負の連鎖。それは今日に限らず、今までの人生の大半がミスの連発であり、恐らくはこれからも続くのだと思うと気が滅入る一方であった。


「私……何をやってもダメダメね。これじゃ立派な聖職者になれないわ……」


うるうると瞳を(にじ)ませる。──その時、バタン! と、部屋全体を揺らすような音を立てて、家のドアが豪快に開かれた。


ドアの先から見えたのは、大きな身体だった。その巨体は、大きすぎるせいか足と胴体の胸元までしか見えない。その身体を曲がらせ、のそりと、入り口をくぐるように入って来た巨体の男──。


その男はスキンヘッドの大男。眉毛がなく、口の周りには強さを表すような髭が囲み、その顔面に負けない肉体の凄さ……。全身は鋼のような筋肉を纏い、いくつもの生傷がついた歴戦を感じさせる肉の鎧。


そんな見たものが(すく)むような、怪物の如き大男は──私を見てニヤリと笑い、こう言った。



「ただいまー!! サビオラーー!! パパが帰りましたよーー!! ただいまのハグをしておくれーー!!」


「おかえり、お父さん! ええと……ハグはしないかな」


「なぜだーーーーッ!?」



大男はその巨躯(きょく)を、グシャリと潰すように泣き崩れる。


「サビオラ! そんなにパパとハグしたくないかい!? パパのこと嫌いかい!?」


「違うよお父さん。嫌いじゃないけど……」


「あっ! そうか! パパ仕事帰りで汗臭いんだね! お風呂入って無いから嫌なんだね!?」


「ち、が、う~! お父さん、私もいつまでも子供じゃないんだから簡単にハグなんてしたくないの!」


「そ、そんな……! パパはサビオラのハグのために、今日一日を頑張ったのに……!」


その強面(こわもて)をドアップにして、すごい形相で娘に抗議するこの大男は、全然似てないけど私のお父さん。名前は『スタム』って言うの。


昔からずっと、親バカ街道まっしぐらな私のお父さん。でもいつまでも私のことを子供だと思ってずっと甘やかしてくるので、私は少し距離を取るようにしてるのだけど、それが中々わかってくれない。


私の家はお父さんとの二人暮らし。お母さんは私が物心のつかないうちに病気で他界してしまい、それからお父さんは男手一つで私を育ててくれたのだ。


もちろん私はお父さんには感謝してるし大好きだけど、あまりにも子煩悩すぎるので、それが少し悩みのタネである。


「お父さん。私これから市場で食材買ってくるから、お風呂入って待っててね」


「サビオラ、大丈夫だ! じゃじゃーん! ちゃんとパパが買ってきました!」


お父さんは肩にかけてあった袋から、ゴロゴロと野菜を取り出してテーブルの上に転がした。


私と違ってしっかりものの父は、満面の笑みで私の反応を(うかが)うのである。


「お父さんありがとう!」


「ハッハッハ! なんのこれしき! さあ、サビオラ! お父さんと親子のハグをしよう!」


「それはしない! 私、夕飯作るからお父さん早くお風呂入ってきてね」


「なぜだーーーー!?」






私はいつものように台所で野菜を刻み、今日の夕飯をテーブルの上に並べる。ちょうど出来上がった頃に、お父さんはお風呂から上がってきた。


「お父さんできたよ」


「おお! 毎日サビオラの料理を食べれて、パパ嬉しい! 今日はどんな夕飯だい?」


「今日はね、『トマトのサラダ』と『タマネギのサラダ』と『レタスのサラダ』だよ」


「やったーー!! いっぱいサラダだーー!!」


私とお父さんはいつもと大差ない献立に、ニコニコしながら席に着く。ハッキリと言えば、家はかなりの貧乏だ。この夕飯の『サラダ』も名ばかりで、実際は『サラダ』の名を借りた全然違う料理。その正体は只の単品の野菜を切って、ドレッシングをかけただけのもの。


本当はいつもお仕事を頑張るお父さんに、お肉の料理なんかを食べさせたいのだけど、わが家の経済状況がそれをいかんとする。


お父さんの仕事は炭鉱夫なんだけど、これが中々にお給料が渋く、しかも近年鉱山でちょっとした事件もあり、仕事量も減ってきているのである。


「──ごめんなサビオラ。パパがもっと仕事があれば、もっと美味しいもん食べさせてあげられるのに」


お父さんはいかつい顔でサラダを食べながら、声を落とす。


「お父さん。それは言わない約束でしょ? 私は平気だから、大丈夫だよ。毎日野菜も食べて健康になれるしね」


「おおお……! なんていい娘なんだ、俺の娘は……!! 世界で一番いい娘すぎる……!!」


「……お父さん。恥ずかしいからそれ外で言わないでね」


感激に肩を震わせる父に対して、私は困った声で言う。


「そうだ──サビオラ。来週なんだが」


「わかってるよ。お母さんの命日だよね。お花を買っておかなくちゃね」


「ああ、そうだな。もう十五年か……。お母さんも、今のサビオラを見たらきっと驚くだろうな」


「なんで?」


「サビオラがお母さんそっくりだからさ。パパが若い頃に見ていたお母さんそのものだよ」


「そんなに似てるんだ……。でも嬉しいな。私もお母さんの事は小さすぎてよく覚えて無いけど、こうやって何処かで繋がれていることが嬉しい」


「──そうだね。パパも嬉しいよ。それに……『コネホ』も、きっと今頃は……」


「……コネホ。どこで何してるんだろうね……」



二人はサラダを食べる手を止めて、物思いに耽る。私達家族は、元々三人であった。











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