三十五話 在りし日の剣
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────深い。
微睡むような眠り。そして──夢を見た。
それは在りし日、ディーノが俺の剣を使ってみたいと言った日の夢。
あいつは俺のクソ重い剣を持つと、その剣とは思えない重さに笑った。
ためしにあいつは剣を研いだ──。何度か砥石に擦ると、剣は月の光のように輝く。
あいつは試し斬りがしたいと言った。剣の真価を確かめたいようだった。外にある年輪の長そうな、太い木の前に立つ。
光が眩しくて俺は見てなかったが、あいつは剣を振ったらしい。
でも、木は斬れてなかった。
斬らなかったのか? 俺が聞くと、あいつは笑いながら「この木は、師匠がよく背もたれにするんだ」と、思い出したように口にした。
時間切れのように、剣は輝きを弱らせて、元のナマクラへと戻る。
もう一回やるかと、思ったのだが、あいつは何かを理解したかのように「もう大丈夫だ」と俺に剣を返した。
あいつは、あの時からわかっていたんだ。
剣の特別な力で、威力が増しているのでは無い。これは逸脱である相方自身の能力だと。
あの木は斬らなかったのでは無く──斬れなかったのだ。
そんなことも俺はわからずに、この力をいたずらに使っていた。
相棒は隠してくれていたのだろう。俺が逸脱であることを、それが周囲に知られたらまずいであろうことを。
俺を俺以上に理解してくれた最高の友。夢の中であいつは笑う。でも──どこか悲しい顔もしていた。
「なあ、ディーノ」
「なんだよ、バッジョ」
「なんつーか、その……。ありがとうな!」
「ふふっ。なんだそれ」
「そうだな……うん、全部──全部だな。ここまで俺と一緒に遊んだこと、美味い飯を食ったこと、時には悪さもして……喧嘩だっていっぱいしたな!」
「……ああ。思い出は尽きないな」
「こっ、今度! 今度はどこに行く!? まだいっぱいやることだって沢山あるぜ! まだ食ったことも無いとびきりの肉も、強い剣士と戦ってお互いを高め合うとかよ!? いっぱい、いっぱい──色々あるよな!」
「──バッジョ」
「なんだよ……そんな目をするんじゃねーよ……」
「それは、お前がこれから成して行くんだ」
「だから──ディーノ、お前と」
「バッジョ──聞こえてこないか。お前を呼ぶ声が──」
耳を澄ますと、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。どこかで聞いた声、必死に俺の名を呼ぶ声──。
「……そろそろ時間だ」
「ま、待てよ!!」
ディーノは俺から去ってゆく。それを追いかけるが、距離は縮まらない。ほんの少し、手を伸ばせば届きそうな距離なのに、果てしなく遠くに感じる。
「ディーノ!!」
「──バッジョ。……とても、とても楽しかった。お前と出会えて良かった。これからお前は辛く、苦しい事が沢山あるだろう。俺達の野望も、全てお前に託す事になることを許してくれ」
「待て! 待ってくれ!!」
必死に伸ばす手は、空を掴むばかり。ディーノの姿は深い闇へと呑まれるように消えゆく。
「いつでも俺は──お前を見ている。だから、決して一人だと思わないでくれ。お前には俺がいて、そして愉快な仲間達がこれからの旅路を助けてくれる」
「ディーノ!! 俺もお前に会えて!! 本当に楽しかった!!」
「──さらばだ。バッジョ。また、いつか、どこかで──」
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「────ジョ──バッジョ──!」
「!!」
「きゃ!?」
誰かが俺を呼ぶ声に飛び起きる。俺を介抱してくれていたのか、ティエナがその急に起きる俺に驚きの声を上げた。
「俺は──」
辺りを見渡すと、俺は激闘を繰り広げていたホールにまだいた。どうやらそこで意識を失い、倒れていたようだ。
「よかった……。やっと起きた……!」
「調子はどうだ。どこかまだ痛むか?」
ティエナとエリックが心配そうに、顔を覗き込む。
「あ、ああ──。まだ痛えとこもあるが、平気だ。──あの女はどうなった?」
「安心しろ。お前が見事、討ち果たしたよ」
「アルラネルラは……灰になったわ」
少し離れた所に、崩れたような灰が積もってあり、そこにアルラネルラの帽子が乗っかっていた。あれが、あの魔女だというのか──。俺は少し信じられずに、その灰をしばらく見つめた。
「あいつは、逸脱なのか」
「どうだろうな。人間でも逸脱でも無い──それがもしかしたら守護者なのかもな……」
「アルラネルラは倒れると間もなく、その身が崩れ去るように、灰に変わって死んでしまったわ──。結局、禁断の花園のことは聞けずじまいだったわね……」
「ティエナ──」
「なに?」
「ディーノは──」
「…………」
俺が質問すると、ティエナは口をつむいで、うつ向いた。
「バッジョ。ディーノは──」
「わかってる。わかってんだ。もう別れは、済ましたからよ──」
「バッジョ……」
ティエナがホールの奥に視線をやると、そこには大きな布を被った、相棒が横たわっていた。
「……ここを出よう……。ディーノは、俺が運ぶ」
俺はまだふらつく足に渇をいれると、ディーノの元まで歩み寄り、その軽くなった身体を両手で抱き抱えた。
主のいなくなった館は、水を打ったような静けさに包まれている。そんな寂しくなった館の中を、俺達は重い足取りで外へと出る。
外に出ると東より闇を払うような、朝日の光が俺達の顔を照らした。
視界に広がるそれは、傷ついた俺達を讃え、壮絶な戦いを労うかのような、とても綺麗な朝日であった──。
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