表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~一章 野望の剣士編~
35/157

三十四話 さらばの日


「「────」」



目の前で大量の血を流す相棒。


その衝撃的な光景に、俺達は口を開くも、声が出なかった──。



「──あ、ああ……!!」



やっとの思いで出た声は言葉に非ず──。深紅の血に染まる視界。割腹をしたディーノが、ゆっくりと目の前に倒れる──。


世界がスローモーションになる。コンマ一秒が、ハッキリと自分の瞳孔に刻まれていくのがわかると、俺は咄嗟に倒れゆく相棒を受け止めた。



「「ディーノおおおおおおおお!!!!」」



同時に俺達は、感情を爆発させたかのように叫ぶ。


受け止めた相棒の身体は冷たく、されど流れ出る血は生暖かく俺の肌を伝う──。



「ディーノッッ!! しっかりしろお!!」


「すぐに傷口を塞ぐわ!! 痛いけど我慢して!!」



俺は相棒の腹に刺さる剣を直ぐに抜くと、駆け寄って来たティエナが、すぐに麻袋から出した包帯で傷口を塞ぐ。


出血量が多い──。白い包帯はあっという間に赤い帯へと変わる。ディーノは短く、細い呼吸をしながら虚ろな目をしていた。


「ディーノ!! すぐに医者のとこまで連れて行く!! だから気をしっかり持て!!」


「…………ゴフッ」


「ディーノ!? 大丈夫!?」


喀血をし始める──。ディーノは口の周りを血に濡らす。その遠い目は、何かを悟ってるような目である。


「……バッ……ジョ」


「バカヤロッッ!! しゃべるなッ!!」


俺は相棒が口をパクパクと動かすのを見て、怒る。


「…………」


それでも、口を動かすのを止めない。でも俺にはそれが言葉には出なくても、声にならなくても、心でわかるような気がした──。



「──おいディーノ。お前は死ねないぞ。俺をこんなとこまで連れて来たんだ。俺とここまで一緒に歩んで来たんだ。明日からの俺との稽古は、勝負はどうなる。俺達の野望は、まだ始まったばかりだろ──! 俺達を残して、自分だけ勝手に旅を終わらせようとしてんじゃねーよ! ふざけんなよ!! あきらめんじゃねーよ!!」



相棒は『意志』を残そうとしていた──。


俺にはそれが言葉では無くて、心──魂の奥に届くような鼓動で──わかってしまった。



「……バッジョ──」


「だから!! しゃべんじゃねえッッ!!」



相棒の肩を抱きながら、俺は怒鳴る。



地面には、二人の身体から滴る血が混ざるように融け合うと、そこに透明なものが同時に流れる。


──涙であった。互いの眼球から絞り出すように、止めどなく溢れる涙が床にぼろぼろと落ちた。


ディーノはもう、視界が見えていないのか、虚空を仰ぐように一点を見つめ、俺の手を握った──。





「──お前の……拳…………効いた……ぞ────」






ニヤリと笑う。ディーノは握る手を落とすように地面にやると、



安らかな顔で眠りについた────。



その顔は最後まで伊達男で──昔から変わらぬ笑顔であった──。





「──ディーノ……嘘……嘘よ……」



「──────うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




友の亡骸を抱き────吼えた。





慟哭(どうこく)。悲しみが大波のように押し寄せるも──長年の友を失った悲しみを、この場は許してはくれなかった。



「この結末は予想できなかったわ──。まさか、自分の命を勝手に絶つ下僕(ペット)なんて、今までにいなかったからね。でも中々面白いものを見れた……そういう意味では新鮮で悪くは無い、貴重な体験だったわ」



元凶である魔女は冷ややかな目で、すでに事切れた相棒を一瞥(いちべつ)した──。



「アルラネルラ……! あなたは絶対に許さない……ッ!」


「あら、かわいいこと……。あなたに許しを乞う必要なんて何処にも無いわ。むしろ逆でしょう? あなた達の方が許しを乞う──だけどそれは無理な話し。だってここで終わりですもの」



アルラネルラは杖を軽く振ると、辺りの空間がまばたきと共に歪みを見せ始める。


「なっ……! なによこれ……!」


捻れるように曲がり始めた床は、ティエナの方向感覚を狂わせる。すぐ横で手当てをしていた筈の二人さえも、遥か遠くに感じる程にその視界は犯されていた。


「うふふふ。これで邪魔はできないわね──。まあ、邪魔が入ったところで私の術は止められないでしょうけど。うるさい羽虫にはちょっと黙っててもらわないとね」


「バッジョ! そいつを見ちゃ駄目よ──!」


ティエナは自分の視界が完全に犯される前に、どこかにいる俺に言葉を投げる。



「────わかってるぜ……。こいつは──ここで倒す──ッ!!」



俺は冷たくなってしまった相棒を、静かに床に降ろすと、血のついた幻視ノ剣を手に持った。



「そんなナマクラで私に挑むのかしら」


くすくすと魔女は笑う。


「お前は、お前だけは……絶対に許さんッッ!!」



目を閉じる──。歪む視界は閉ざされ、彼奴(きゃつ)の姿も封するように、俺は視覚を遮断した。



「心眼にて、相手つかまつる──。我が剣、相棒の無念と共に、お前を──断つッッ!!」



空気の流れが、敵の位置を、呼吸を、その一挙一動を教えてくれる!


これこそは雲の奥義──『龍雲(りゅううん)』なり!! しかし男はその奥義を伝授されてはいない! 雲の技を苦手とする者には使えぬ奥義!


しかし! この場の空気が、状況が、劇的なる心境の極地が、果てや友の魂が乗り移るかのように、体得していない筈の奥義を自ら開眼し、自然と男の身体を動かした!!


間合いまであと三歩!! 入れば即斬る剣術の極みは、五感を最大限に引き出している!!



「こい……! 来ぬなら、こちらから貴様(てめえ)を討つ──ッ!!」



にじり寄る足に迷いは無い! 剣を上段へと構えるその姿は、咎人(とがびと)誅伐(ちゅうばつ)するかの如く、堂々たる姿である!!



「──ぷっ、あははははははは!」



蠱惑の魔女は高らかに笑う! その笑いは自棄(ヤケ)か否か! 真剣勝負に似つかわしく無い声色が、辺りを包んだ!



「血迷ったか──」



「──ふふ。血迷ったのはあなたよ。そんな目を閉じただけで私に勝てると思ったの? それは浅はか──通り越して馬鹿の二文字……。あなたは私を甘く見すぎた。そして私を一度でも──魅てしまった」



甘い声であった──。忘れかけていた、あの脳髄に響くような声。鼻孔を突く、脳をくすぐるような甘い匂い。気がつくと、俺は目を開けていた──。


その眼で、彼女を見ていた。いや、見たかったのだ。自分の中の欲求が抑えられない。あの彼女の操るような瞳を、誘う如く突き出した胸を、自身の体液を垂らせたい下半身を──。


そんな……荒い呼吸と共に、俺は彼女を凝視していた。



「──いい子ね……。さあ……いらっしゃい。私の胸で優しく包んであげる……。その(たけ)ったモノを鎮めてあげる──」



気がつけば手にしていた幻視ノ剣は、何処かへと落ちていた。


剣も持たず、俺は彼女にゆっくりと一歩、また一歩と、歩みを進める。



「──バッジョ!!」


「うふふ。もう遅い……。この子は完全に私の(とりこ)。もう誰の声も届かない。しばらくはこの子をお気に入りにして、我慢してあげる。あんまり好みじゃないけど、この大陸の男を拐うには充分な戦力だわ。心が壊れるまで抱いてあげる……」



ティエナが叫ぶ。しかし、それを無視するかのように、俺の眼前には彼女が迫っていた。


俺は足を、手を振り、彼女の目の前で立ち止まった。



「いい子ね……。心まで溶かして、犯してあげる──」


「バッジョーー!! 目を覚ましてーーッ!!」



アルラネルラは髪をかき上げ、白く細い腕を伸ばして俺の横顔を触る。そして、服従と、洗脳、蠱惑のくちびるを俺の口に手繰り寄せた──








ザンッッッッ──








「────なっ──」







聞こえたのは、口づけの音では無い──斬撃の音──。




逆袈裟(ぎゃくけさ)に胴体を斜めに切り裂いた──。鮮やかな血しぶきと共に、アルラネルラは足をガクンと曲げた──。





魅了をされていた筈の男は、その正気を保っていた。振り抜いた手に得物は無い──。しかしその手は魔女の真っ赤な血に染まり、天を指している。



「──なぜ、あなた……」



「──わからねーか。……ディーノが教えてくれたんだ──。これが、俺の『能力』だ──」



剣も無い男は言った。その『能力』とは男が『"逸脱"』であることを示していた──。



男の『能力』──それは『研ぐ』能力。


"研ぐ力"を持っていたのは月光剣に有らず。研ぐこと事態が己の能力だと、相棒は自分に託し、死の間際に教えてくれたのだ。



「俺は"研いだ"。お前の魅了に負けない『心』を研いだ──。そして、お前を討つ剣を研いだ。この手が俺の"剣"。全部…………全部ディーノが教えてくれたんだ──」



「──あなたは……最初から"(つい)"だった……のね……」



俺は自分の手刀を見せる。アルラネルラはそれを仰ぎ見ると、静かに笑った。



「──私の……負け、か……。ごめん、なさいね……ジェロン……ラウド、ルップ……ガ……ン…………」



蠱惑の魔女は、前のめりにゆっくりと倒れる。それと共に、歪んでいた辺りの空間が元に戻り始めた──。




「バッジョ──」



ティエナが俺を見る。




「────勝ったぜ」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ