三十三話 涙の血闘……!!
「──ッ!! マジかよ……!」
「もう、貴様に勝ちは無い──」
頼りの奥の手が無くなった。ディーノは俺の素肌となった左腕を狙い、剣を振るう。
ギィン! と、俺は剣を盾にして受ける。だがそれもディーノの策の内──月光剣はもはや剣身の七割ほどが、その錆に侵食されていた。
「だッ!!」
俺はおもいきり剣を振って、ディーノに距離を取らせる。あいつは弱った獲物をじわじわと追い詰めるように、焦らず、急がず、次の剣技を冷静に繰り出そうとしていた。
「(まだ、何か──手を考えろ……!)」
剣技なら俺達はほぼ差異は無い──だが、いまや逸脱の能力を手に入れた相棒はその実力を未知数としていた。
「──『雲足』」
ディーノは雲のように歩方を流し始めた。それは俺の使う『雲足』よりも、より練度が高いものである。器用な相棒は流れるような『雲の技』をもっとも得意としている。
『雲の技』はブレシア師匠も得意としていた、流れるが如く相手を討つ不規則な技だ。それに対し、俺が使える対抗すべき歩方術は、これしか無い──
「……ブレシア流歩方術──『雲足』……!」
俺達が教わった歩方術はこれだけなのだ。ブレシア流には歩方術がこれしか無い。揺らめくように、流れる二つの雲がホールに漂う……!
「(──ッ! やっぱ速ええ……! 俺の歩方じゃ剣の間合いに入れねえ……! これじゃ攻撃が当たらねえッ!)」
「──遅い雲だな……。空へと霧散しろ……!」
ヒュオンッと、空を裂く音が近づいてくる。俺は身構えながら、ディーノの一挙一動を全神経で集中させる。
「あら、もう虫の息ね。うふふ。か弱い子をいじめるのを見るのはいいわね。もう少しでイっちゃうあなたの顔……とってもそそるわ……」
疲れと焦りが顔に出る俺を見てアルラネルラが他人事に笑う。ディーノはその歩方を、突風に吹かれた雲が動かされるように進めると、幻視ノ剣を上段に構えた。
「バッジョ! まだ! まだよ! あんたの剣は決してディーノに遅れを取って無い! 同じ技で張り合う必要なんて無いのよ! あんたはあんたらしく! 最後まで諦めないのがバッジョのいいところでしょ!!」
ティエナが言うと、俺は剣を強く握る。
「そうだな──。俺は俺らしく……か……!」
構えた剣を抱くように引く。おそらくもう一発でも強い技を受ければこの剣は折れてしまうだろう。
勝負を仕掛けるは最後のチャンスか、迫るディーノの剣が今、閃こうとしていた。
「終わりだアア!! 幻視ノ剣──『幻鏡羅錆斬』ッ!!」
空中に見える何本もの剣の幻は、視界に全て収まらない──。俺はそれを見て、肩の力を落としながら、ディーノの足元を見据えた──。
「ディーノおお──ッ! 技を見誤ったな!! そこだああああッッ!!」
ガギィィィィィィィィンッッ!!
「何だとオッ──!?」
直線的で、激しく振られた単純な剣はディーノの技を受け止めた!!
幻視ノ剣には弱点がある!! それは紛うことなき剣の実体である『影』である!! 幾重もの剣身を見せる幻視なる剣は、とどのつまり真実は一つ!!
それに気づかされたのは先程のティエナの機転!! 幻視ノ剣も幻術と例外無く、上空に下がるシャンデリアの光によって映し出された影が本体!! 剣が振られる直前、その真実の影を叩いたのだ!!
もしディーノが幻視ノ剣に頼った技で無く、『静ノ断ち』で勝負を決めにきたならば、この結果は無惨と終わっていたかも知れない運命の偶然!!
「へへ……お前言ったよな? 『当たらないなら一回受ければいい』ってな──!」
月光剣が幻視ノ剣を受け止めると、両者の愛剣は宙にて激しき音を立て、ディーノはよろめき、月光剣は──
バギィィィィンッッ!!
錆びついた剣身は限界を迎え──その腹からバラバラに砕けてしまった──。
「そんな……月光剣が……!」
ティエナが散った月光剣を見て目を丸くする。
「剣を受けたこと褒めてやろう──だが、無駄だったなアアアアッ!!」
ディーノはよろめく身体を足で踏ん張ると、剣に再度力を込めて、返す刃で俺を斬りかかる──!
「油断したな──ッ!! 剣は、まだあるぜッ!!」
俺は足元に転がる剣を拾った──! それこそは、数刻前にディーノが投げ捨てた"ジーダの剣"である!!
グワァァァンッ!!
一瞬の隙をついた、俺の剣閃が幻視ノ剣の柄を弾く──ッ! その衝撃でディーノの手から剣が離れると、空中で弧を描くよう剣は回転しながら、ガシャンという音を立てて地に落ちた──。
「オオッ!?」
その奇襲に丸腰となったディーノは、思わず驚きをみせる。今こそが勝機──! 俺は右手を堅く握り、腕を振り上げる!!
「ディーノおおおおッッ!! 目を、覚ませ──バッキャローおおおおおおおおッッ!!!!」
バッキィッンンッ!!
友を想う渾身のぶん殴りが、心ここに在らずの相棒の顔面を捉え──めりこむように殴りぬいた!!
「グ……うう……」
残る全ての力を使い俺は拳を叩き込むと、ディーノは後方へとぶっ飛ばされ、細きうめき声を上げガクリと気絶した。
「だああッ! はあはあはあはあ──ッ」
ジーダの剣を地面に刺すと、俺は片膝をついて息切れする。
「やったわ! バッジョ! これでディーノは止められたわ! あとは──」
ティエナがアルラネルラを睨む──。
蠱惑の魔女は退屈そうに腰を上げると、ディーノに近寄り、冷酷な目で言い放つ──。
「──立ちなさい。死ぬまで戦うのよ」
たったの一言──。だが、それは恐ろしい一言であった。
「オオ……オオオ……はい……わかり、ました──」
意識も戻らぬその魂は、魔女の命令で亡者のように再び起き上がり──その使命を持って、身体を無理矢理に動かした。
「てん……めぇ……ッ!! 俺の相棒に、何をしやがってんだああああッッ!!」
「ディーノ!! お願い!! 目を覚まして……!」
「──まだわからないの? もうこの子はあなた達の事を不埒な侵入者としか見てないし、そもそも自分が何者なのかもわからないのよ。もう頭の中は私のことでいっぱい……。私の命令なら何でもする機械のようなもの──。身体と身体を合わせてしまった彼は未来永劫、死ぬまで洗脳が解けることは無いわ」
アルラネルラはディーノの顔に手をかざすと、深い口づけをする──。魂まで吸うようなその口づけは、相棒の身体をぶるぶると震わせると、次第にディーノの顔に恍惚の表情を浮かべさせていた──。
「てめえええええええええッッ!!!!」
「もうやめて!! ディーノ! 正気に戻って!!」
俺とティエナが叫ぶが、それは届かぬ声、届かぬ願い──。ディーノは落ちた幻視ノ剣を拾うと、ゆらりとこちらに歩みを進めた。
「ウ……オオ……殺す……!」
相棒は余力も無い俺の正面に立つと、その剣を振り上げ止めの一撃を食らわさんと、無慈悲に真っ直ぐな剣閃が俺を討つ──。
ガギィ! と、ギリギリのところで俺は傍にあるジーダの剣で、その一撃を寸でのところで止める。
「死ね……! 死ね──!」
「ディーノ……ッ!!」
上から潰すように、ディーノは剣を押しつける。俺はもう力の入らない腕を震わせながら、その剣を必死に止めるが──互いの剣が合わさる所から徐々に錆が侵攻してゆく──。
「バッジョ逃げて!! このままだとその剣も壊れてしまう!!」
「くっ……ッ。くそ……ッ!」
足にも力が入らなくなってきた。もう剣も折れる寸前であり、ミシミシと悲鳴を上げている。
「──これで、終わりだ……!」
ディーノの剣が一気に重くなると、錆だらけとなった剣は全身にヒビが入り──儚くも、粉々となって俺の目の前に落ちた──。
「だめえーーーーーーッ!!」
ティエナが叫ぶも、ディーノの剣は──無情にも俺の身体を斬り裂いた────
──────かに、見えた──。
「──ディ……ディーノ……」
俺の目の前でその切っ先が、ピタリと止まっている。ディーノは身体をガクガクといわせながら、自分の意思に逆らうように、その剣を止めているかのように見えた。
「バッ……ジョ……。俺……を……斬れ……。は、や……く……」
「ディーノ……!!」
その言葉に俺の心は酷く締め付けられた。ディーノは正気を振り絞り、俺に唯一の勝機を託そうと、語りかけているのだ。
「バ……バカヤローッ!! そんな……そんな事できねえッ!! お前を斬るなんて、できねえッ!!」
「バッ……ジョ……。時間、が……無い……! 俺の剣で……討て……! これが……最後の……頼み……だ──!」
「だ──だめだ……! 俺にはできねえ!! お前は俺の最高の友達──最高の相棒だ──ッ!! 斬れねえ……斬れねえよ……ッ!」
二人の目に涙が浮かぶ──。互いに想い合うからこそ、その選択は残酷なものであった──。
「──驚いたわ……。まだそんな精神力が残ってるなんて──。やっぱりあなたを犯して正解だった……。あなたは間違いなく、これまでの中で最高の下僕よ。そして、あなたはこれで完成に至る──そう、そのお友達を殺してあなたは完璧になる──! さあ、殺しなさい。私の声を聞きなさい……!」
「ガ……ッ! ガアアアアアアアアッ!!」
アルラネルラが杖を地面にカツンと叩くと、ディーノは発狂を始める──。
「ディーノ! 惑わされちゃだめ!!」
「ディーノ!!」
「グッ…………。バッ……ジョ……。ティ……エナ……。……す……ま……な……い──」
ディーノは幻視ノ剣を両手で高々と上げると、最後の剣を持って──その戦いを終わらさん────ッッ!!
ザグゥゥゥゥッ!!
放たれた剣は──その腹を貫通させ、深く抉った──。
血が、止めどなく溢れ、剣に滴る
──。
犯されし剣士は、その自身の剣を持って、
魔女に抱かれた汚れし身体に、決着を向かえた────。
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