三十二話 犯された剣
「「ディーノ!!」」
「オオオオ……アルラネルラ様を──守るッッ!!」
俺とティエナは声を揃えてあいつを呼ぶ。だが、ディーノの眼は正気に在らず──その敵意を剥き出した形相は、俺達の知っている強く優しき剣士のものでは無かった。
「無駄よ。彼はもう身も心も私のもの──。あなた達がいくら呼び掛けても元の彼に戻ることは無いわ」
「しゃらくせええ! てめえまた幻術だな!! もうその手にはのらねーぞ!! ティエナ! おめーも何か言ってやれ!!」
「…………」
「どうしたティエナ!?」
ティエナは青い顔をしていた。それがどんなことか、俺は少し考えれば分かる筈なのに、それを理解しようとはしたくなかった──。
「バッジョ……。あのディーノは間違いなく、本物よ──。」
「バカヤロー!! んな訳ねーだろ!! あいつが簡単に負けるなんてありえねー……!」
「──うるさい子ね。彼は抵抗むなしく、私の体に溺れてしまったわよ。とっても精神力が強かったから念入りに何度も何度も……犯してあげたわ。もう"彼"は"彼"で無い──従順な私の下僕なのよ」
アルラネルラはディーノの体を撫でくり回しながら、淫靡に答える。
「そんな……! お願いディーノ目を覚まして!」
「うふふふ……。あなた嘘がわかる逸脱なんでしょ? なら私の言ってる事がわかるわよね? もうこの子が絶対に戻る事は無いって」
ティエナはガクンと、膝を落とした。全てがわかるが故に絶望が見えたからである──。
「安心なさい。あなた達はすぐに楽になれる……。そこの男は私の新しい下僕の剣の錆びになってもらうわ。女の子の方は……そうね、これから増える下僕達の慰み物にでもなってもらいましょうか」
ティエナの反応を見て、銀の髪と豊満な胸を揺らしながら笑う魔女。悪意に満ちたその笑みは、人間とも逸脱とも区別がつかぬ魔の存在である──。
「──ざけんな……。──ふざけてんじゃねーぞコラあああああッッッッ!!!!」
館を震わせる怒号が響いた。俺は正気の無い相棒を見つめると、
「ディーノ!! おめーは俺が必ず戻す!! 剣で負かして、ぶん殴って、おめーが今までの俺達の思い出をその口に出せるまで、何度も何度も殴ってやらあ!! ティエナ! 奴の発言なんて鵜呑みにすんじゃねえ!! 無理な事なんてこの世に無え!! いつだって"やるかやらねーか"の違いだけだろうが!!」
俺は吼えた。魔女の甘言に墜ちた相棒を見て、長年の友を汚された悔しさから涙を溢れさせ、吼えた。
──俺の言葉は確証なんてものは無く、根拠も方法も知らん。しかし──世の道理を"しゃらくせえ"の理論でねじ曲げればいつだってそこには光が見えてくるもんだ。
「ティエナ!! よく聞け!! ごちゃごちゃ考えるな、まず動け──! 頭が悪いと、馬鹿の一つ覚えだと言われてもいい。いま動かなきゃ何のための"俺"だ。俺達の人生を否定したく無いならば、目の前の相棒をがむしゃらに救うのが、いまこの瞬間にできる一番のガッツだッッ!!!!」
俺の言葉でティエナはこぼれる涙を拭うと、立ち上がった。
「──そうね! バッジョ! ディーノを止めるわよ!!」
「オオオオオオオ!! 侵入者……殺す──!!」
「……うるさい子は好みじゃないわ。じゃあさっさとかたずけてもらおうかしら。友人に斬られて死ぬなんてあなたも運がいいわね。本気でやるにはやっぱりこの剣かしら」
アルラネルラはそう言うと、ディーノに剣を渡した。それは何度と見た『幻視ノ剣』である。先程まで使っていたジーダの剣を投げ捨てると、ディーノはその愛剣を手にし、俺を見据えた。
「こいやッ!! お前の連勝──今日で止めてやらあああッ!!」
「殺す──! 殺す──!!」
ガギィィィィィィンッッ!!
同時に間を詰めた二人の剣士の刃が激突したッ!!
「くっ……! 」
「ゴオオ……!」
つばぜり合い──。互いは吐息のかかるような距離でその顔を向かい合わせた。
ギリギリと鉄が軋む音がする。つばぜり合いなら俺が有利である。月光剣はその重さ故にかなりの耐久力を持ち、さらには俺は力、ディーノは速さが得意だからだ。
手に汗握る中、徐々にその力で押し始める俺は形成を有利に進める──が、異変に気づいた。
「──なっ、なんだ──!?」
押してる筈の俺の月光剣が──急に錆びつき始めたのだ──! その錆びかたは尋常では無い。剣がぶつかる中腹からその錆びはどんどんと俺の剣を侵食してゆく。このまま錆びてゆけば間違いなく折れるであろう。
「くそっ!」
俺は形成の有利を捨てて、後方へ飛んで距離を取った。慌てて剣を見ると、月光剣にはまるで何日も潮風に当たらせたかのような、錆びがこびりついている。
「なんだこりゃ!? また幻術か!?」
「うふふ。幻術なんかじゃないわよ。正真正銘、その錆びは本物……。あなたのお友達の能力──この子はね、私が理性をとばした事で"逸脱"になったのよ」
「なんですって……! それじゃあディーノの能力は──」
「そう、この子の能力は『触れたものを錆びさせる能力』──。面白いわよねえ。剣を研ぐのが得意なあなたと"対"となる能力なんて……」
運命の輪は残酷であった──! 奇しくも二人は最高の相棒でありながら、その得意な剣技は相反する磁石の如し! 力と速さ、豪と静、そして研ぐと錆びる!! 互いの技は水と油、この衝撃に俺は愕然とした!!
「ディーノ……お前、逸脱になったのか──!」
「錆びろ……! 全て……錆びさせてやる!」
ディーノは幻視ノ剣をシャンデリアの光に照らすと、その剣身が何重にもぶれて見える──。
「幻視ノ剣──『幻錆斬』──ッ!!」
幾重の揺らめく刃が俺の上空、脇、さらには足にまで、全方位からの斬撃が襲う!!
まるでかまいたちのような、通り抜ける刃が俺の体を撫でると、腕や顔、足の先まで傷口がつけられ、血が流れ出す──!
「うおおッ! 豪ノ断ち──『逆流刃』ッ!!」
肉を切らせて骨を断つ! 多少のダメージを無視するかのように、俺は斜め下から、昇るのうに突き上げる斬撃でその無数の幻の剣身を消すように技を放つ。
つまるところ、ディーノの剣技は錯覚を使ったトリック。俺は自身の身体を犠牲にし、剣の動きを読むように技を技で相殺させる。当たる攻撃は種を明かせば、真実の剣が見えてくる──!
ギィィン!!
袈裟がけに振り下ろされた真実の刃を俺は受け止めた。だが、それこそがディーノの狙い。受け止めた月光剣は再びその茶色い悪夢のような錆びが広がる──!
「バッジョ!! 剣を引いて!! 折れてしまうわ!!」
「ぐっ……わかってらーなああ!!」
俺は蹴りを相棒の腹に放つと、ディーノはそれをふわりと身を舞わせ後方へと避けた。
「はあはあはあ……! 相変わらず速いじゃねーか……!」
「バッジョ! なるべく避けるのよ! 剣に触れてはいけないわ!!」
何年も見てきた相棒の剣は速きこと風の如し──! その急速に流れる風と、形の無い雲のような斬撃は大陸随一であろう。
その斬撃を受ける事はできても、避ける事はこれ叶わぬものである──! それは、長年苦楽を共にした俺も例外では無い。かろうじて受ける事が精一杯なのである。
「(ディーノの剣はとにかく速い──! 本体のアルラネルラを攻撃する手もあるが、奴を直視できない以上は斬るに斬れない……!)」
「遅いぞ──『幻錆斬』ッ!!」
瞬足にて距離を縮める相棒の剣が、再び錯覚を持って閃かん──!
「くっそ!! 『大鎌断ち』ッ!!」
横に薙ぎ払う旋風のような剣技で俺は距離を保つように何とか避けようとするが、その速き刃からは完全には逃れられない!
ガギィンッ!!
受ける剣身が悲鳴を上げる。またも剣と剣がぶつかると、じわりと錆びが俺の剣を蝕む──!
「時間の問題ね。あなたの剣はあと何回もつのかしら? その剣が折れた時、あなた達は死の快楽を得ることになるわ」
アルラネルラは、座り心地の良さそうな椅子に座りながら足を組んで、その戦いを観戦している。
「バッジョ! 錆は研げば直るかも!! 何とかして研ぐのよ!!」
「──よっしゃ! わかったぜ!!」
ティエナがアドバイスをくれると、俺は早速研ぎ始めようとするが、
「遅い遅い遅い!! 遅いぞオオオオッ!!」
こちらの行動を先読みするかのように、ディーノは剣を舞わせる!!
「くっ──! 受け流す──ッ!」
俺は剣を構えてその攻撃を流そうとしたが、ディーノの狙いは俺の剣では無い──。束になったいくつもの剣筋は、俺の剣を幻の如くすり抜けると──その砥石のついた篭手を狙って隼の如し刃を一閃させる!!
ガギィィンッ!!
「なっ!?」
「──うそ……篭手が……!」
左手につけた篭手は鋭き剣閃によって、バラバラに斬られてしまった──。
最大の必殺剣を封じられた今、残されし道は着実に絶望へと向かって行こうとしていた──。
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