二十話 五百年の有識者
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暖かい──。体に伝わるぬくもりと、どこからか漂うスープの香ばしき匂いが、何とも心地よい──。……ここは──。
「──うっ……」
静かに目を開けると、俺は宿のベッドで寝ていた。体には包帯が巻かれており、誰かが治療した形跡がある。ふと辺りを見渡すと、隣のベッドにはディーノがいて、痛そうにその体についた傷を撫でている。その横でディーノの体に塗り薬をつけてあげるティエナが俺を見ると、
「あっ、やっと起きたわね! もう……あんた一日中寝てたのよ」
「やあバッジョ。具合はどうだい」
「……あたたたた。まだ痛むぜ──。じゃなくて! ここは!? 拐われた奴等はどうなった!?」
「落ち着きなさいよ。あんたを運ぶの大変だったんだからね」
「バッジョ。どうやらあの後、俺達は倒れてしまったようで、ティエナが助けてくれたんだ」
「そうよ。二人共急に倒れたもんだから、私が集落まで走って助けを呼んだのよ。運んでくれた集落の人達にも感謝しなさいよね」
「そうだったのか……。へへっ、ティエナありがとよ」
「ばっ、馬鹿ね……! あんな無茶するからよ!」
俺が感謝を伝えると、ティエナは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「それで拐われた男達は? どうなったんだ?」
「それがな、聞き出す前にあいつは砂になってしまったんだ。だから──」
「マジかよ……! 結局わからんかったのか──」
「でもあの砂の奴、最後に何か言ってたわよね」
「ああ。オーキュラスは死の間際、確かに何者かの名前を呼んだ。……『アルラネルラ様』と、言っていたな」
「誰だそれ? あいつの親玉か?」
「その可能性が高いな。最後に口にするくらいだ。きっとこの事件に大きく関わっている筈だ」
俺達が話していると部屋の入口がガチャリと開き、三人分のスープを持ってきた小さい子供──もとい、中身は老人のエリックが入ってきた。
「お、目覚めたか。見事犯人を退治したみたいだな。まあこれでも食え」
エリックは熱々のスープを配ると、背の高い腰掛け椅子に手を掛け、登るように座った。
「話しはティエナの嬢ちゃんから聞いているぞ。犯人は倒したが、拐われた男衆の居場所は聞き出せなかったようだな」
「へへっ、わりーな。俺が強すぎてついやりすぎちまった」
「あんた一番ボコボコにされててよくそんな事を言えるわね」
「うるへー!」
「すみませんエリックさん。敵も予想以上の力を持っていて倒すのに精一杯でした」
「よいよい。ともかく犯人は倒せたのだ。これ以上の被害は出まい。あとはこちらで何としても手分けして探すさ。ご苦労だったな」
「いえ、それがですね……。あの犯人、オーキュラスはどうやら何者かの手先に過ぎない可能性があるのです」
「どういうことだ?」
「実は──」
ディーノは事の経緯を話すと、エリックの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「……確かに『アルラネルラ』と言ったのだな?」
「間違いない無いです。奴の最後の言葉です」
「そいつ誰だか知ってんのか? ジジガキ」
「馬鹿バッジョ! 失礼でしょ! こんなかわいい子……じゃなくてエリックさんに失礼でしょうが!」
「──どうやら予想以上に大変な事になったな。……いいかお前達。これから話すことはわしの五百年の記録だ──。心して聞け」
俺達は固唾をのむ。エリックはそのつぶらな瞳を遠くさせ、静かに語りだした。
「今から五百年前──ズァーリ島で起こった謎の大量行方不明事件を皮切りに、戦争が起こったのは知っているな?」
「はい。各大陸の王は各々が画策した事件だと疑い、争いを始めた……と聞かされてますね」
「そのとおりだ。あの事件は今を持って謎である。そして戦争が始まって、突如世界中に逸脱が現れた。各大陸は凄惨な争いを続けていたのに、何故かいつしか嘘のように戦争は終わった。この原因を世界は知らない──」
「なんで誰もわかんねーんだ? 戦争に飽きたのか?」
「あんたちょっと黙ってなさい。浅学がにじむわ」
「(せんがくって何だ……?)」
「ここからは歴史に残らない──今ではそれを見たわしにしか分からぬことだ。あの戦争を止めたのは世界中でとてつもない嵐が巻き起こったのだ。とてつもない嵐だった。嵐は壁を、家を、人を、全てを無に返すような恐ろしいものだった。当時八歳だったわしは震えて洞窟の中に避難していたよ。そして三日三晩に渡る嵐はようやく終わりをむかえた。後に残ったのは残害だけの荒野だった。世界は戦争どころでは無くなったのだ」
「……なぜその嵐は歴史には残らなかったのでしょう?」
「それは簡単だ。長い月日が経つにつれて人々の記憶から無くなったのだよ。そう、失われた機械工学と共にな。だが嵐はあるものを残していった──それがわしだ。あの嵐が止み、長い時が経った。不思議なことにわしの体の成長はあの嵐を境に止まってしまったのだ。世界中で逸脱が出現し始めたのは知っていたが、まさか自分がなるとは思いもよらなかった。なぜなら戦争が起こった最中に逸脱になった者は、すべからく理性を失っていたからだ。だがあの嵐の後に逸脱になった者は、理性を残したまま逸脱になるという特異の中の特異として世界に出現した。今なお、理性のある逸脱がいるのはあの嵐のせいなのだよ」
「そんな過去が……」
ディーノは口に手を押さえ、深く目を落とした。
「友が死に、家族が死に、何もかも残らなくなった百年が経った頃、わしは自分の体を治す旅に出た。旅は熾烈を極めた。この八歳の体ではそれは辛いものであったが、各大陸で出会った頼れる仲間と共に各地を旅した。目指すは無論『禁断の花園』である。あの嵐の後に戦争が終わると同時に、突然に世界に広まった噂。誰が言ったのか、それとも見てきたのかわからない夢物語。わしのような逸脱になって苦しむ者もまた、その何でも願いを叶えられる、逸脱の楽園があると言われた花園に思いを馳せた。──だが、ことは単純には行かなかった。花園に行くには四人の守護者がいたのだ」
「守護者……! 本当にいるんですね!? じゃあやっぱり花園もあるんだわ!」
「おおお! 話が面白くなってきたじゃねーか!!」
俺とティエナは歓喜を上げるが、依然としてエリックは険しい表情である。
「旅を続けて三百年が経った。仲間が死に別れてはその者の意思を受け継ぐようにわしは新たな仲間を引き連れ、旅を繰り返す。そして遂に核心に迫る。そう──守護者は本当にいたのだ。わしの旅団は長い旅の末に、この東大陸でその内の一人がいる事がわかった。そしてその調査をしている時だった……。日々調べていく中で団員が次々と姿を消したのだ。自慢ではないがわしの旅団は剣の達人や戦闘力の高い逸脱などがいる、精鋭揃いの猛者達ばかりだ。そんな奴等がこつぜんといなくなってしまった。そう、今この集落で起きている事件のようにな」
「……それで自分達に依頼したのですね」
「──そうだ。危険な依頼をさせてしまいすまなかった。謝ろう」
「別にかまやしねーぜ。俺達だって人は助けてぇからな」
「それで……どうなったんですか? 私には今回の事件とそのエリックさんの旅団の事件は、何か繋がりがあるように思えます」
「……話を戻そう。──日に日に仲間がいなくなる団員達は恐怖に刈られ、調査は困難なものになった。……そんなある日、いなくなった一人の団員が帰ってきたのだ。だがその体は見るに堪えないものであった。身体中には無数の生傷が刻まれ、両腕は失く、足の指はもがれたような形で命からがら帰ってきたといった様子であった。わしは戦慄した。その者は旅団で随一の強さを誇った逸脱だったからだ。わしは精一杯その者の命を繋ごうと努力したが、あいつは死を覚悟した目でわしにある事を伝えると、静かに息を引き取った……。あいつが死と引き換えに伝えたもの──それこそが禁断の花園を守る守護者の名前だ……!」
「「「!」」」
三人はエリックのその言葉に背筋をしびれさせた。歴史の教科書には載ってない、とんでもない事実を今まさに、聞こうとしているのである。
「それは、いったい──」
ごくりと、ディーノが生唾を飲んだ。俺とティエナも目を見開きながら耳を澄ます。
「四人いると伝えられた守護者。──その名は『呪獄のジェロン』、『分解師ラウドルップ』、そして『蠱惑の魔女アルラネルラ』……!」
「アルラネルラ!? それって……私達が倒した砂の奴が言ってた──」
「──どうやら見えてきたようだね。オーキュラスは守護者の手先だ……!」
「おおおおお!! すげーぜ!! 師匠ですら辿り着けなかった守護者の情報!! ガッツ高まるじゃねーか!!」
「エリックさん。残りの一人は誰なんですか」
「……それが、残りの一人を伝える前にあいつは亡くなったのだ。だから最後の一人はいるのかどうかもわからん……。だが間違いなく、今教えた三人は必ずどこかにいる。──頼む、どうかわしの仲間の仇を討ってくれぬか。勝手な願いだが、このままでは新たな被害者が出てしまうかもしれん。相手が守護者と分かった今、もちろん協力は惜しまん。お前達にこのわしの無念、預けてもいいだろうか」
「「ガッツあるしッッ!!!!」」
「えっ。ちょっ、二人とも即答!?」
「なんだよティエナ。別に留守番してても──」
「いくわよ! 私だってガッツあるわ! それに誰のおかげでここまで戦ってこれたと思ってるのよ! 私がいないと二人とも全然駄目じゃない!」
「ガッツあるな! 流石だぜ」
「ありがとうティエナ。頼りにしてるよ」
野望に闘志を燃やす二人の漢、振り回される逸脱の少女、五百年を生きた有識者は未来ある若者に全てを託す。この先がどうなることか、誰にもわからない。だって明日は明日の風が吹くのだから──。
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