十九話 油断する者達
「終わりだなオーキュラス。貴様の先程の技は両手があってこそ発動するのだろう? その片腕だけでまだ戦うか」
「ぐううううう!!」
ディーノは地に伏せる敵を見下すと、オーキュラスは右手で左の肩口から流れる血を止めるように、押さえながら苦悶の声を上げた。
「ま、まだだ……。まだ終われん……」
尖った岩のヘルメットから見える赤い目が、まだその闘志を燃やすかのようにディーノを睨んだ。
「往生際が悪いぞ。貴様に勝ち目は無い!」
「拐った男の人達を返して! どこにいるのよ!」
ティエナが俺に肩を貸しながら、強い口調で言う。
「──こんな、こんなところで醜態を晒せぬ……! おお! 砂よ! 砂よ! 今一度、俺様を高みへと昇らせてくれ!! この命、砂塵と共に舞わせてくれ!!!!」
「……けっ。そのガッツは認めるが、おめーもそのままじゃ出血多量で死んじまうぜ……」
「そうよ! あんた死んだら拐った人達どうなるのよ! 早く白状しなさい!」
オーキュラスが霞む空に向かって吼える。
サァァァァァァ
──砂の崩れるような音が、どこからか聞こえた。
「──!? 貴様ッ左腕はどうした!」
ディーノが叫ぶ。俺とティエナが何事かと地面を見ると、さっきまで転がっていた筈のオーキュラスの左腕が無くなっていた。
「ど、どこにいきやがった……!」
「どうなってるの!?」
「くっ、くくくくくくく! 今、俺様の能力は進化を迎えた……! 見よ! これこそが逸脱の極みだ!!」
一陣の砂塵が舞うと、オーキュラスの周りに砂が集まる。密集した砂が無くなった左腕に集まると、何事もなかったかのように切り落とされた左腕を完全に再生させた。
「なんだと!?」
「くっはははは!! これで元通りだ! くらえ! 『砂塵爪』ッ!!」
鋭い砂塵が刃のように襲いかかる!
「くっ!!」
ギィィィィィン!!
ディーノは寸でのところで剣を盾にして攻撃を防いだ。
「最高だ……! 俺様は今、自分の能力を完璧にしたぞおお!!」
砂に魅せられた魔人は、自分の手足を自由自在に砂へと変えて、その能力を実感していた。
「なんだありゃ……! 奴は砂にもなれんのか……!?」
「あいつ、本当に自分の能力が進化したんだわ──!」
「どうやらそのようだ……。今の奴は、自分の体を自由自在に砂へと変えれるらしい──」
予想外の事態である。砂へと完璧になれると言う事は、こちらの物理攻撃が一切効かなくなると言うことだ。
「(まずいな……。バッジョはもう技も打てない程にダメージを受けている。もう奴の実体が完璧に砂であるから、コーリーの時のようにティエナに頼る事もできない……!)」
ディーノは険しい表情をする。じとりと、汗が背中へと伝わる。俺はと言えばティエナの肩を借りなければもう立つことも厳しい。
「お前達には感謝するぞ……。ここまで俺様を追い込み、成長させてくれた礼を尽くしてやる。お前達はいい"駒"になるだろうな……」
「やらせないわよ! あんたの砂なんか恐くも何ともないわ! その砂しか詰まってない脳ミソで偉そうに言うんじゃないわよ!」
「……口の減らん女だ。──俺の砂の脳はお前の脳より遥かに賢い!」
「!」
ティエナが挑発すると、ディーノに目を配らせる。
「そこだ! 幻視ノ剣──『影流れ』ッ!」
一瞬の隙を突く奇襲。一つの剣が直線に流れると、続くように残像が現れ、何本にも見える影のような剣閃がオーキュラスの体に斬りかかる──!
ザグッッッッ!!
「やったわ!」
鈍い音と共に、ディーノの剣が敵の胸を貫いた。
「──これは……!」
「……くくく。奇襲なら切れると思ったか? 愚かだぞ!」
突き刺した胸からボロボロと砂が溢れる。次の瞬間、ザザーッ! と、云う音をたててオーキュラスの体は砂へと姿を変えた。そして空中に舞う砂が集まりだし、大きな両手を作り出していきなり現れると、ディーノの肩をがっしりと掴み、その動きを封じた──!
「『砂塵爪』」
ズバァァァ!!
「ぐ、ハッ……!」
「「ディーノ!!」」
至近距離で鋭い砂塵がディーノの胸を切り裂く。血を出しながらぐらりと倒れると、オーキュラスはそれを自身の胸で受け止める。砂の手で頭をわしづかみにして放り投げると、相棒の身体は地面へと叩きつけられた。
「くくく! これでお前も終わりだな。安心しろ、命は取らん。お前達は大事な駒だからな。──だが……そこの女は殺すがなあ!」
ギロリとその赤い目をオーキュラスはティエナに、獲物を狩る獣の如く照準を合わせた。
「これで仕舞いだ。砂塵よ! 舞い上がれ! 『真・砂獄の陣』ッッ!!」
オーキュラスは砂で作られた巨大な手を地面に叩きつけると、先とは比べ物にならないものすごい砂塵が巻き上がり、視界を砂の嵐へと変えた──!
「くはははははーー!! さあ恐怖しろ! 俺様を罵倒した罪、償ってもらう! 女、お前はこの砂塵と共に荒野の塵に変えてやる!!」
ビュオオオオオオオオオオオ!!!!
吹き荒ぶ砂塵が、視界を、音を、何もかも飲み込む──!
「ティエナ……。下がってろ……!」
ティエナの肩を貸りている俺は耳元で囁いた。
「バッジョ! 駄目よ! 足がふらついてるじゃない! もう動くことも──」
「俺を──信じろ……!!」
よろよろと俺は立ち上がる。打撃のような砂塵が俺の体を打つ度に左右に体が揺れた。
「──くくくく。何だ何だ。あいつ、満身創痍ではないか。笑わせてくれる」
離れたところからオーキュラスは監視していた。それは弱った虫がいつ死ぬのか、観察を続けるような気分で見ているかのようだ。
──……ィィィン、……ィィィン
「……なんだ?」
聞き慣れない金属音が砂塵の中で反響する。
オーキュラスは目を凝らして見ると、男が剣を自分の左腕に着けた篭手に必死に擦っている。
「ふん。血迷ったか、何をしようとしてるか知らんが、この何も見えない砂塵の中では無意味な労力だ」
──……ィィィン、──……ィィィン
「くらえいッ!」
ドゴオッ!
「グッ……ハッ……!」
砂の闇からオーキュラスの拳がとんでくると、俺の腹に重く、鈍い音をさせながら食い込んだ。
「バッジョ!」
「──ぐうううッッ……まだだ……ッ! あと……少し……ッ!」
──……ィィィン、──……ィィィン
見えぬ暴力に耐え、なおも研ぎ続ける。限界近づく中、決着の時は迫っていた。
「ええい! 耳障りな! せっかくの砂のオーケストラが台無しだ! もう少し苦しむ様を見ていたかったが、予定変更だ! 女を殺して、男は死なない程度にその腕を切り落としてやる!!」
オーキュラスは砂塵に紛れ、二人の背後に現れると、砂で作った大剣を宙に舞わせた。
「これで終わりだな──! 死ねええええ!!」
大剣が振り下ろされる刹那、その剣は勝利の輝きを持って、今ここに完成する──!!
シャィィィィィィィィィンッッ!!!!
「なっ!? ──光!? 眩しすぎる──!!」
「はあああああ……!!!! できたぜええええ……!!!!」
砂塵をも呑み込むその光は、まさに闇を照らし払う月光の如し!! それは砂の闇とて例外では無い!! 漢の意地を賭けた最後の攻撃である!!
「(ば……馬鹿め!! だから何だと言うのだ、お前達はまだ俺の姿も位置も把握していない!! 先に背後を取った俺様の勝ちだ!!!!)」
砂の魔人は止めの大剣をバッジョに振りかざす!!
「──そこだッッ!! 月光剣んんんッッ!! 『 満 月 返 し 』いいいいッッッッ!!!!」
高く飛び上がった益荒男は、空中にて誰もが称賛を讃えるが如き見事な円を描いた!! その絵画にも似て非なる円は例えれば満月!! 全ての敵を見透かす光の輪は、悪鬼の頭部を縦一文字に斬り割かんッッ!!!!
ズバアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
「ごっ!? ──なんだ、とッッ!?」
「悪鬼、砂塵に還るべし──!」
「ぐおおおおおおおおお!!!!」
オーキュラスの割かれた頭部が地へと墜つ──。吹かれた砂塵は嘘のように収まると、戦いを制した男はバタリとその場に倒れた。
「バッジョ! 大丈夫なの!? 返事して!!」
ティエナが慌てるよう俺の肩を揺らす。
「うっ……あんま揺らすなよ……体に響く……」
「──! よかった……!」
「バッジョ……。よく頑張ってくれた……! 俺のヒントは役にたったようだな……!」
ディーノがふらついた体で立ち上がり言った。
「な、ぜだ……な、ぜ、俺様の……弱点と──場所が、わかっ……た……」
崩れ行く砂の大敵は最後の言葉として疑問を投げ掛ける。
「簡単なことよ──。あなたは"嘘"をついたわ。私があなたを挑発した時、あなたは『俺の砂の脳』と言ったわね。私にはそれが嘘だとわかった──。あなたは手足や胴体は自由自在に砂に変えられるけど、自分の脳──つまり頭だけは砂には変えられないとね」
ティエナが言うと、ディーノも種明かしをする。
「……貴様の場所はバッジョにはしっかりと見えていたよ。これが証拠だ」
そっと手を頭の後ろに伸ばすと、オーキュラスの頭部から、光る『パルマの花』を取って見せた。
「い、いつの……間に……!」
「貴様が俺に攻撃した時だ。貴様の胸にもたれ掛かった際に後頭部に付けさせてもらったよ。この花があの砂の闇に一筋の道を照らしてくれたんだ」
「──くっ……くくく……。まさ……か、そんな、手が……」
「おい! 死ぬ前に答えろ! 拐った人達はどこだ!?」
最早、全てが砂となりて崩れるオーキュラスの割かれた頭部を掴んでディーノが言う。
「申し、訳……ござい、ませ……ん──アルラ……ネルラ……様…………」
オーキュラスは最後にそう言うと、バラバラに崩れ去った。砂と化した遺灰は砂塵へと還り、風に乗って消えていった──。