十五話 南への道
辺りを囲んでいた炎の壁がコーリーの死と共に消えると、俺達はがくりと腰を落とした。
「二人共! 大丈夫!?」
「何とかな。でもまじやばかったな」
「ははは。ああ……風呂に入って早く寝たいな。ティエナ、助かったよ。君がいなかったら負けてたかもね」
素直に『負けていた』と言わないあたりがディーノらしいなと、俺はくくくと笑う。
「まあそうだな。ティエナがいなけりゃ一か八かの捨て身作戦しかなかったからな」
「あれはあれでスリルあって面白いんだけどね。やはり賭け事は崖っぷちだからこそ面白い」
「……なあディーノ。あの花買っておいてよかったろ?」
「結果オーライだがな。まったく、調子のいい奴だ」
「「はっはっは!」」
「笑い話じゃない!! すっごく心配したのよ!? 私の気持ち返しなさいよ!?」
俺達が楽観的すぎるのか、ティエナは涙目に訴える。それほどまでに心配を彼女は案じていたのだ。
「ごめんごめん。ティエナが心配してくれてとても嬉しいよ。ありがとう」
「……馬鹿」
ディーノがお礼を言うと、ティエナは頬を赤らめて顔を逸らした。
「とりあえずどっか休めるところ行こーぜ。忘れてたけどめっちゃ背中痛いんだが」
「そうだな、バッジョの傷の手当てもある。とりあえずはこれで我慢してくれ──」
ディーノはミラの花を麻袋から取り出すと、俺の背中にその青い花弁を張り付けた。
「そういや……こいつどーするよ」
すでにバラバラになったコーリーを指差すと、ディーノは渋い顔をした。
「犯人は死んだが、こいつを持ってテインの港町に戻るのはもう無理だな。こいつが王の手先なら港町に仲間がいる可能性があるし、時間が経っても戻って来ないこいつを不審に思って、仲間がこの近くまで来ている可能性があるから早くここを去った方がいい」
「そりゃそうだよな。あーあ、せっかく放火魔を倒したのに報酬も無しか」
「仮にこいつの死体を連れて行っても、町の人からは犯人かどうかも分からないから結局無駄足だよ。死人に口無しだ」
「くっそー! どっかにこいつ生き返らせる逸脱いねーかな?」
「そしたらもう一回戦うことになるぞ」
「じゃあもう一回、ボコしてやろーぜ」
「そりゃいい考えだ」
暗い夜道に勝者の笑い声が木霊すると、ティエナはアホなことばかり言う二人に頭をかかえた。
「なんで私こんな変人のイケメンと変態丸出し男と旅してるのかしら……」
「安心しろ、貧乳! お前もその内わかるさ『主にはマジあれは丸くそまる』って言うだろ」
「言ってる意味がぜんっっっぜんわからないは変態。もう一回戦う前にその頭の中身を人間の脳みそに換えて置くことね」
「──てめえここでそのクルミみてえなケツかち割るぞコラ」
「品がないわねド変態。その前にあんたの頭髪、全部抜いてあげるわ──」
「おらああああああああ」
「このおおおおおおおお」
ディーノは喧嘩する二人を見ながら、
「(たぶん『朱に交われば赤く染まる』って言いたいんだろうな……)」
野暮な事は口に出さない。微笑ましく喧嘩を見守るのだ。
「(父さん、母さん、街のみんな。仇は討ったよ……)」
ディーノはコーリーの死体を一瞥すると、くるりと踵を返し、先を歩きながら喧嘩する二人の後に続くのであった。
・
朝日が差し込む頃、俺達はテインの港町からさらに南へと彷徨い、偶然見つけた『タンタ』と呼ばれる小さな集落に身を寄せていた。
寝不足と体のダメージでがくついた足を引っ張りながら早速に宿を取ると、風呂場のお湯で汗を流し、気を緩めたのか三人は各々のベッドで爆睡していた。
目が覚めたのは夕方である。俺は背中の痛みが激しくて二人より先に目を覚ますと、宿のおばちゃんから火傷に効く薬を紹介してもらい、それを薬屋からもらうと背中に塗りたくり、外で沈む夕陽をぼんやりと眺めていた。
これからの冒険の指針はどうするのか──そんな事は明日の風に聞けばいい。体力はある、だが問題なのは金策である。今までは明日は明日の風が吹くままに行動をすれば結果がついてきたが、今の俺達はおたずね者である。いずれこの集落にも王都の奴らが来てガサ入れするだろう。ボヤボヤしてはいられないのだ。まだ体が癒えていなくても、南へと進みこの大陸から出なくては──
「何を一人で黄昏ているんだ」
「うおっ。何だ、おどかすなよ」
後ろからディーノがティエナを連れてひょこりと現れた。
「黄昏てなんかねーよ。明日からの飯の心配をしてたんだっての」
「確かにそうよね……。このままだと船を見つけてもお金が無い──それよりも船を見つける前に倒れてしまうわね」
「心配はもっともだな。この調子で行けば我々は宿や飯代でじわじわ金を減らす一方だ。バッジョの体が癒えるまでは野宿なども控えたいからな。無理はできない」
三人は『まじ困ったな』みたいな顔をして夕陽を眺める。
「おい。そこの冒険者」
何者かが話しかけてきた。俺達は振り返ると、そこには誰もいない──幻聴かと思ったが、
「ここだ馬鹿もん!」
何故だか下の方から声が聞こえたので視線を落とすと、そこにはかわいらしい顔をした、袴のような服を着た黒髪の小さな子供がいた。
「おっ、どうした坊主」
「あらかわいいわね! ぼく、お姉さん達に何か用かしら?」
俺とティエナが軽くあしらうと、
「子供扱いするな! ワシはお前達より年上だ!」
ぷりぷりと高い声をあげながらその子は怒った。
「おーそうかそうか。わかったからママのとこに早く帰りな」
「貴様! 信じておらんな! 教養の無さそうな面をしおって!」
「はいはい。流石にガキに言われても何も怒らないぜ。俺は大人だからよお」
俺はどこのガキかわからん奴の頭をなでくり回しながら言う。
「待って! この子……嘘を言ってないわ。どういうことなの」
「……君は何者かな」
ティエナが驚いた声で言うと、その様子を見守っていたディーノが口を開く。
「ワシはこの集落の長だ。話したい事がある。ワシの家について来い」
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