三十ニ話 家族
Dr.クライフの語りは続く。この男の人生が浮き彫りになるほど、僕達は何故かその経緯に耳を傾けざるを得ない衝動に駆られるようだ。
「家族が甦る……?」
「くくく。そうだ……つまるところロボットとは、人間を限り無く近く模倣した新たな生命なのだ。人間は産むのでは無く──人間は創るものなのだ。さすればこの世に逸脱もはびこらず、争いも悲しみも無い理想郷がつくれるのだ」
老人の顔が笑みに満ちる。それはとても純粋で、邪悪な笑顔だ。
「そんなものはただのエゴだ!」
「かもな。しかし真理でもある。私は、この機械の技術力で世界が一新すればいいと思っているよ。……ただ、事はそう単純にはいかなかった。私はロボットの開発に手こずった。科学の叡智である物を復元して、現代に再生させるのは至難であった。何度も、何千、何万の実験と研究を繰り返して、私は生涯で壱号から拾号までの十体のロボットを創った。どの子もとても強く、賢く、見た目も良い最高の出来であった」
狂気を増す彼の言葉に呑まれそうになりながらも、僕は反論する。しかし、老人の目は至って真剣だ。そんな反論もすでに承知の上で言葉を続ける。
「ロボットは戦闘面に関しては文句が無い。どの子も逸脱と充分に戦える。だが……そんな完璧とも言える機械にも一つだけ欠点があった。私は家族を蘇らせるために、『心』の研究もしていた。ロボットには『心』が無いのだ。人に創られた心はプログラム通りにしか応答できない。自分の"意思"と言うのが無いのだ。怒りであったり、喜びであったり、喜怒哀楽が無いものはやはり家族としてはむなしい。
だから私は、ロボットを使ってこの北の大陸の各地から人をさらっては、実験を繰り返した。人の脳をいじくり、それを機械と融合させてロボットの機能として搭載した。しかし、それでも完璧には程遠く、私は試行錯誤を繰り返した」
その結果が先程の実験と繋がっているのかと、僕は顔を歪める。
「色々と試作感の強い壱号、壱号をより改良し洗練された弐号、強さだけを求めすぎた伍号や捌号……ああそうだ、参号は画期的であったな。人型のロボット作る上で難しい問題であった"肉"について私は逆転の発想をしたんだ。硬い人工の皮膚よりも柔らかな本物の肉を再現するために私が考えたのはやはり本物の人間の身体を使うこと……つまりロボットと人間を融合させればいいのだと考えた。
だから参号には人間の身体に"寄生"できる装置をつけたのだ。元の人間の身体を乗っ取り、自身の肉体にする。あとは娘に似た人間を探して寄生させ、細かい所は私が整形すれば完璧という訳だ。
……だが、物事はそう上手くはいかなかった。参号の精神プログラムはその乗っ取る人間の精神にかなり左右される問題があったのだ。乗っ取る前にその対象となる人間を観察し、学習するプログラムをもった参号はどうやっても私の家族に肉体は近づけど中身が近づかないのだ。例えば根が暗い人間を観察すれば暗い性格に、明るければ明るい性格に、友情に熱い人間を観察すればそのまま愛よりも友情を特化的に尊重した極端な精神構造になってしまったのだ」
まるで独り言のように彼の講釈は飛躍するが、僕はこの老人が語るにつれてその凶気が加速しているのを感じる。
「そして、私は長い年月をかけて拾号と言う最高傑作と呼べるロボットを創り上げた。拾号は完璧だった。抜群の戦闘力と極限にまで人間に近づけたフォルム……そしてなにより、拾号は他の機体よりも『心』の部分の学習能力が非常に高いのだ」
ゴウンゴウン、と怪しげな機械達がきみの悪い音を出しながら、何かを作っている様子を大きな画面に映しながら話しは進む。
「これは……」
ファリアが息を呑んで映像を見つめた。それはあのロボット達の制作過程の映像だった。
「何十年という研究はついに実りを見せた。人の脳の電気パルスから、記憶を司る海馬の複雑な仕組みを数え切れぬ人体実験から理解をして挑んだ……。私は大切に保管していた自分の子供の脳の一部を拾号に完璧に移植させると、人工的でありながら完全なる"心"を再現して子供を甦らせた結果、性格はそのままのあの日の我が子が帰って来た!」
「お前はそんなことのために……色んな人達をこんな目に合わせていたのか……!」
歯をぎしりと噛み合わせ僕は老人を睨んだが、Dr.クライフはそんなものは序の口だと言わんばかりの顔をしている。
「お前の子供は甦った筈なんだろ!? なぜまだこんな事をするんだ!」
語気を強めて僕は言うと、老人は渋い顔をして背を向けた。
「……拾号は"心"を持ったが故に、暴走を起こしたんだ」
「暴走……?」
「完成された拾号はある日、私と他の機体と共に積年の恨みを晴らすべく、この大陸にいる逸脱を狩るために遠出をしていた時のことだ。各地で十人ほどの凶悪な逸脱を狩っていた所、事件は起こった。海辺の近くで子供の逸脱を殺した時、急に拾号が味方の壱号を攻撃したのだ。
私の命令も聞かず、拾号は次々と仲間をいきなり襲った。私はなんとか拾号を止めようと──いや、止めるのは不可能とわかっていた。拾号は私が創った最強の身体を持っている。私はやむなく他の機体に拾号を破壊しろと命令した。
だが──壱号、弐号は頭部を一瞬にして破壊され、参号は崖から海に放り投げられ、肆号はレーザーで真っ二つに、残る伍号以降も戦闘困難なほどにダメージを負わされた。そして、拾号はそのまま崖から飛び降りて私の前から姿を消したのだ……」
Dr.クライフは寂しそうに言うと、こちらに振り向く。
「だがね、私は諦めなかったよ。拾号に私の子供の脳がある限り、私は決して拾号を見捨てない。そして、今日──その私の願いが叶ったよ」