三十一話 過去からの遺産
Dr.クライフと名乗る白衣の老人は、僕達を足下から頭のてっぺんまでじろじろと見ると、口元を少し緩めてくくっと笑った。
「よく、ここまで来てくれた。大変な道のりだったろう。私も、とても嬉しいよ」
老人はまるで僕達を長らく待っていたかのように言葉を投げかける。
「あなたは……誰なんですか?」
「僕達は彼女の祖父の仇を追っている。あなたがあの機械の人形を操ってる逸脱か? この塔で何をしている。それに、ここから離れたソチ村の住人が消えていたのも……あなたの仕業か」
僕達は当然の質問を老人に放つと、彼は乱雑にボサついた白髪の頭を掻きながら呟く。
「おや……まだ記憶がはっきりとしてないようだな」
その言葉はまるで、僕の記憶喪失をあたかも知っているような口ぶりだ。背筋に寒気が走る。何かとても嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
「よかろう。せっかくここまで来たんだ。一から説明をしてやろう……おお、そうだそうだ。いま実験の最中でな、それを見せた方が早いか」
「実験……?」
Dr.クライフはおもむろに、フロアの奥にある大きなドラム缶のようなものを指した。すると、その上には流し台のようなものがついており、そこからドサドサと何かが流れてきた。
「……えっ……あれは──」
その流れてきた何かを見てファリアが絶句すると、僕も目を丸くして驚愕した。
流れてきたのは、全裸の人間だった。それも男女を問わない、六人ほどの人間が無造作にその大きなドラム缶の中に入れられた。
「なっ──なにをしてるんだ!?」
思わず身が固まり、僕は声を上げた。まるでシチュー鍋に入れる野菜のように、雑に上から人が降ってきたのだから。
「っ……ああ……」
「あ、ああ……た、たす……けて……」
「ひっ……ああああ……!」
人間の入れられた、銀色の大きな機械でできたドラム缶のようなものからは、人のうめき声が漏れる。彼等はまだ生きている。その中には小さな子供の泣き声や、若い女性の叫びも聞こえるおぞましき坩堝と化しているのである。
「あれは……! ひょっとしてソチ村の人々!?」
「おい!! 何をするつもりなんだ!」
僕達は怒りと困惑を混ぜるように白衣の老人に言った。だが、老人はそんな僕達の声も、うめき声を上げる人達の声も、すました顔で手元にある機械のパネルを操作する。
「──よく見ておれ。面白いもんが見れるぞ」
その一言を放つと、ドラム缶の上から平べったい大きな鉄の棒が天井から現れると、どんどんと下に降りていく。その鉄の棒は、丁度その大きな機械のドラム缶にぴったりと蓋ができるほどの大きさであり、それが故に僕達はこの後の展開が脳裏に浮かんでしまった。
「や、やめろ!!」
僕は叫んだが、機械は止まらない。平たい鉄の棒が、容器に入れられた人達の真上に降りると、
──バギギッ! グヂュッ! バヂュッ! ヂュルッ!!
大量の血が、辺りに飛び散る。無惨にも押しつぶされた六人の男女は、まるで絞られた果汁のようにその体液を撒き散らし、機械の隙間から圧縮された肉片を飛散して絶命した。
「……な……なにを、しているんだ!!」
「そんな……」
僕はそれを止めることもできず怒り、あまりの惨状にファリアが目を逸らす。
「体中の体液を絞り出すにはこれが一番手っ取り早い。どうだ、綺麗な鮮血だろう。……そしてこれを加工して……ほれ、機械の動力となる緑色の体液を作り出すのだ」
大量の体液がドラム缶に繋がれたチューブに送られて、他の機械を経由すると、壁に掛かるいくつもの歪な形をしたフラスコに注がれた。その色は先までの人間の赤い血の色でなく、どういう原理なのか緑色へと変わっていた。
「ふ……ふざけるな!! お前があの機械達を操って、各地で行方不明者を出しているんだな!?」
「ひどい……酷すぎる……」
周囲に飛び散った血と、もはや一つの肉塊となった彼等から生臭い匂いがする。吐き気を催す凄惨な光景に脂汗が出た。
「若いもんの血はやはりいいな。新鮮でとても綺麗な体液……私のような老人になると、こんなサラサラとした血液は出せないからな。ロボットは古い血じゃ動かないのが難点だ。定期的に体液は入れ替えないと、機械不備に繋がる。まあ、それを含めてこの研究と実験はやりがいがあるというものさ」
淡々と喋るこの白衣の老人に、罪悪感なんてものは無いのだろう。こいつは人の皮を被った、欲にまみれた逸脱なのだろう。
こいつがソチ村の村民を誘拐して、老人だけを死体として残した経緯がわかった。そして、それはどういう事かと言えば──
「お前が……お前がファリアの祖父を殺した犯人だな! 欲に溺れた逸脱め……! そんなにその研究と実験が大事か!」
「……何か勘違いをしているな。私があんな理性も無く、この世でもっとも生きてはいけない劣悪なる逸脱と思ってるようだが、それは違う。私はいたって普通の人間だ。むしろ私は逸脱を駆逐するためにこの研究をしていると言ってもいい」
Dr.クライフは、その目を鋭くさせて僕の言葉を否定する。
「お前が逸脱でなかったら、あの機械人形達はなんなんだ!?」
「こんな事をして何が目的なんですか! 答えて下さい!」
その糾弾に老人は喉を鳴らしながら笑った。
「なにがおかしい……!」
「……くっくっ。どうやらまだ記憶が戻らんようだな。いいだろう、もう少し話しを続けよう。お前達が見てきた機械は、今から数百年前にこの世界で発達していたロスト・テクノロジー……それが"ロボット"だ。そして私が何故このような事をしているのかは、今から数十年前──それほど過去に遡る……」
彼の後ろにある一際大きなパネルが発光すると、僕達が見てきた機械人形の設計図のようなものが映し出された。
「私はこの北の大陸に生まれ育ち、何事もなき平和な日々を暮らし……そして、伴侶と共になり"子"を成した」
後ろのパネルが彼の過去の写真らしきものを映し出しながら、話しは進む。
「私の子供はすくすくと成長を遂げ、それが私の生きる目的にもなっていた。幸せな日常、普通という名の幸福がそこにはあった。……だが、そんな普通の幸せな人生は唐突に終わりを鐘を鳴らしたのだ」
パネルがまた切り替わると、今度は戦火にまみれたどこかの村や街の映像が映される。
「これは、逸脱がもたらした昨今の被害映像だ。……私の村も突如、野蛮な逸脱に襲われた。朝までは他愛のない会話をしていた隣人が殺され、昔からのよしみの友人は血祭りに、そして井戸端会議をしていた私の妻も無惨に殺された……。その時、偶然にもよその街へ出稼ぎに出ていた私だけが助かったのだ。村へ帰って驚いた……いや、絶望したと言った方がいいか。私はすぐさま自分の家に駆けていった。子供がね、そのとき熱を出して家で寝ている筈なんだ。藁をもすがる思いで家の中に入ると────子供は、首を切られてテーブルの上に置かれてあったのだよ」
映像がまた変わる。今度はDr.クライフが何かを研究、実験をしているものだ。
「あの日から私は、逸脱を必ず殲滅すると強く誓いを立てた。しかし私はただの非力な人間、どうあがいても恐ろしき能力を持った奴等には勝てない……。己の無力さを呪いながら、私はこの北の大地の方々を彷徨い、何とか一矢を報いる方法を探った。そんなある日──私は、この塔を見つけたのだ」
彼は両手を広げながら、ぐるりと周囲を見渡した。
「最初この塔はもっとボロボロで、高さだって10メートルにも満たないちょっとした遺跡のようなものであった。私はこの塔を探索して心が震えたよ。ここには500年前の遺産があったのだ! 誰も彼もが忘れた世界の技術がここには詰まっていた! そして、隅から隅まで探索した結果、この塔はありとあらゆる機械の製造工場なのだと言う事を私は理解した」
「それじゃあ……この塔はお前がまた作り直したのか……!」
僕がそう言うと老人は、くくくとまた笑う。
「機械の仕組みさえ解ってしまえば、塔の復興は簡単だった。私は昼夜を忘れるほど、それからの人生は機械と共に過ごした。数年かけてやがて塔も現在の完全な状態になると、私はいよいよ復讐の計画を企てた。この数多の機械さえあれば、故郷を、家族を奪った奴等に対抗できる……! そう思い、私は塔に眠っていたある図面を見て、これだと思った。──そう、君達も見たあの機械だ。これさえあれば、復讐できる……そして、また家族が甦ると思ったのだよ……!」