二十九話 機械塔
「──なんだ……ここ」
「これは……機械……?」
鉄の扉の先に広がっていたのは、見慣れない広い空間であった。建物の中は薄暗い印象だが、チカチカと小さく光る赤や緑のライトが無数に埋め込まれた鉄の壁がそびえ立っているせいで気にはならない。
キキキ、ガガガと、何かを聞き慣れない音が鉄塔の中をこだまする。そのたびに壁に埋め込まれた見たことも無い機械のようなものが怪しく発光する。
「ファリア、ここはもしかしたら……」
「私も思いました。ここは──私達を襲ったあの何者かの本拠地じゃないでしょうか」
その異様な空間を目の当たりにして僕達の答えはすぐに一つに結びつくと、僕達は体についた雪を払い、辺りを警戒しながら注視する。
「あれは……ハザマさんこれを見て下さい」
彼女が奥の方へとたとたと走って床下を指差すと、そこには小さな水溜りが出来ていた。これが何を意味するかと言えば、
「……これは、僕達の他にもこの鉄塔に入った者がいるって訳か。誰かがここで雪を払って、時間が経過した雪は溶けて水溜りになったんだね。……しかしどこにいるんだ……?」
鉄塔の中はいくら見渡しても高い天井と、無機質な機械の壁で覆われている。外で見た大きさからまだ上の階はありそうだが、階段らしきものは見つからない。
「困りましたね……あれ? なんだかこの塔の中、暖かくないですか?」
「確かに……どこからか妙な温風が吹いてる──これは、天井から……?」
冷え切った僕達の体を暖めてくれるように、天井からごうごうと勢いよく風が流れてきた。ありがたいが、どこか不気味な風。そのうち毒でも流れてくるんじゃないかと僕は勘繰りながら天井を見つめていると、
「えっ!? あそこ、階段があります!」
ファリアの急な声に僕はびくっと肩をこわばらせる。彼女が視線の先には、何故かさっきまで無かった筈の大きな螺旋階段が現れていた。
「いつの間になんでこんな階段が……!? ファリア、君は見てたかい?」
「わ、わかりません……。ほんの一瞬、目を離した隙にいきなりここに。でも、これで上に行けるみたいですよ……?」
あまりにも唐突で突然で不自然に出たその螺旋階段は、確かに上の天井の奥へ続いている。明らかな罠にも見えるそれに僕は一歩後を引く。
「罠かも知れない……。ファリア、少し様子を見て──」
僕は様子見の提案を彼女にしようと見ると、ファリアは頭を押さえてうずくまっていた。
「ファリア! また頭痛が……!」
「だ……大丈夫です……少し、少しだけ……痛いだけです……。それより……あの階段を登りましょう……。あの階段が目に見えてる内に行かないと……消えたりなんかしたら……それはそれで、困ります……」
そう言って彼女はふらつきながら、階段の方へと歩き出した。
「ファリア……! 無茶は駄目だ」
僕は彼女に肩を貸すと、彼女は痛むであろう頭を片手で押さえながら必死に前を見ている。その決意を感じるような力強い足取りに僕は思わず息を呑む。
「はあ……はあ……」
「……わかったよファリア。一緒に行こう。上へと進むんだ……!」
僕達はその螺旋階段に足を置くと、突如──その階段が一人でに上へ上へと足場ごと動き出したのだ。
「なんだ!? 階段が勝手に──!?」
「私達を……まるで、導いてるみたいですね……」
螺旋に動く僕達の足場は走るような速さで上に流れる。彼女をしっかりと支えて、僕は徐々に近づく上の階へ目をやる。やがて天井を突き抜けた先に階段は自動的に上がると、そこで階段は途切れていて先端で足場はピタリと止まった。
「止まった……。ここは、二階なのか……?」
そこはまた機械の壁に囲まれた広い空間であった。ただ一つ違うのは、その広い部屋の中央に一つの影があった。
「──! お、お前は……」
僕は思わず目を丸くした。部屋の中央にいたのは、ソチ村にいた鉄の人形と戦ったあのガラの悪そうな男であった。
「なんだ貴様、来たのか。よくその軟弱な体であの吹雪を越えて来たな」
男はこちらを一瞥だけすると、そう吐き捨てた。あの下の階にあった水溜りは恐らく彼のものだろう。僕達より先に到着していた彼は、壁を伝うようにこの塔を物色している。どうやら僕達など眼中にないようだ。
「……僕達もあの鉄の人形を操っている奴に用があるんだ。それに……この鉄塔はおかしい。見たこともない機械のようなもので覆われてる。あなたは何か知らないのか」
僕は自身の意志を男に言うと、彼はじろりとこっちを見て静かに口を開く。
「こんな珍妙な塔に興味など無い。俺はただ武人と武人の勝負を邪魔された落とし前をつけに来ただけだ。奴の足跡はこの塔に続いていた。必ずここにいる。言っておくが奴は俺の獲物だ。手出しするなら貴様も倒す」
恐ろしい眼光だ。その言葉には嘘偽りなく、邪魔する障害は全て殺すと言わんばかりである。圧倒的なプレッシャーの前で僕は固唾を呑むと、ファリアがよろりとふらつきながら辺りを見渡した。
「何か……音が聞こえる……」
ガシャン、ガシャン。重なる鉄を擦り合わせたような何かが聞こえた。
彼女の言葉を受けて僕は周囲を警戒する。耳をすませる僕は、奥にあった壁の方から聞こえてくるのがわかると身構えた。
すると、機械の壁が左右に開き始めた。そしてそこから出てきたのは、片腕を失くしたあの鉄の人形であった。
「ヨク、ココマデ来タナ。褒メテヤロウ」
片言ながらの妙な喋り、敵はギクシャクと動く口を上下に動かしながら言う。
「お前は誰でここは何なんだ? なんで僕達を狙った!? お前がファリアのおじいさんを殺したのか!」
僕は咄嗟に質問をぶつけると、周りの機械の壁が激しくその小さなライトを発光し始めた。
「シツモン、過多。ココハ、機械塔。我ラノ、本基地デアル。目標番号51556、オマエヲ待ッテイタ。コレカラ──」
「そんなことはどうでもいい。貴様の本体はどこだ。貴様を壊せば出てくるのか」
会話を途中で切るように一歩前に出て男が言った。
「……異分子、有リ。マズハ、オマエヲ排除スル」
敵の目が赤く光った。すると同時に、僕は背中を震わせた。敵の背後の壁の奥からそっくりの鉄の人形が三体も出てきたのだ。
「まだいるのか……!?」
「ふん、ガラクタが何体出てこようが構わん。全員壊して本体を引きずり出してくれる」
男は首を左右に振ってコキコキと鳴らすと、低く腰を落として構えた。
「何カ、勘違イヲシテルナ。我々ハ一体一体ガ意思ヲ持ツ機械ダ。ワタシハ陸号。敬愛セシ創造主ニヨッテ、造ラレタ新シキ生命体。後ロニイル漆号、捌号、玖号モソウダ」
「ロボット……?」
記憶の無い僕にとっては初めての言葉である。こいつらは、逸脱の能力によって動かされているのではないのか……?
「貴様らが別に何体いようが何号だろうが構わん。この九極拳、『ヴライ』の勝負を邪魔したその愚行、バラバラにして後悔させてくれる──!」