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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~四章 忘却の男編~
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二十八話 猛吹雪


 白い、真っ白な獣道。雪に染まった大地の果てはどこまでも白く美しい。しかしそれが故に目印は無く道筋がどこまでもわからない。土地勘のある人間でさえ長くは歩けない、凍てつく寒さと凍える吹雪がいつどこで襲ってくるかわからないからだ。


 僕達はその中を急ぐように歩く。目印はあの敵が残した痕跡、ソリを走らせたような跡が白雪の大地にしっかりと刻まれている。その横には人の足跡もあった。これはあの男が追っていったものだ。彼もまた僕達とは違う目的であの敵を目指している。


 白く冷たい息を切らしながら僕達はその足跡を辿るように力強く雪を踏みしめる。


「ファリア、大丈夫か?」


「私なら平気です……それよりハザマさん急ぎましょう。雲行きが怪しくなってきました。吹雪いてくれば歩くのは困難ですし、そしてこの足跡も綺麗に無くなってしまいますからね」


 僕はファリアの事を心配そうにたずねたが、彼女の意志は固くまた雪道に慣れていることもあり、なんなら僕よりもその歩くスピードは速い。


 灰色の雲に包まれた空からは雪がしんしんと降る。僕はよくわからないが彼女が言うからにはいつ吹雪いてもおかしくないと言う。


「………………」


「………………」


 ひたむきに歩く僕達の間に無駄な会話は無い。ただ静かに雪を踏む鈍い音と北風がさみしく吹くばかりだ。


 彼女は間違いなく奮起している。自分の祖父を殺した何者かの足取りがもしかしたら掴めるのかも知れないという事に、使命感を強く思っているからだ。


 そんな彼女とは正反対に僕はこんなにも寒い外なのに、背中にはじっとりとした嫌な汗をかいていた。


 それはあの敵が残した緑色の液体……自分と同じ体液──いや、違う。僕とあいつは違う。あの敵は人では無い。操られたただの人形、感情も倫理も無い鉄の塊。なれば僕と同じ筈が無い。それを、確かめに行くんだ。


 僕も彼女もその確かめたいと言う強い思いだけでこの危険な旅を歩いてきた。もしかしたらもうすぐで彼女の無念を晴らせるかも知れないし、僕も自分という存在が何なのかもわかるかも知れない。


 危険を承知で雪道を進むこと数時間……正確な時間はわからない。灰色の空は常に薄暗く、時間感覚がわからないからだ。気づけば辺りは徐々に風を増し、ちらつく雪は飛んでくる小石のように強く僕達を打ちつけている。


「吹雪いてきた──」


 視界はもう、白い闇に閉ざされた。もはや数メートル先の道も見えない。進めど進めど果ては見えず、僕は互いが見失わないように彼女の手をしっかりと握る。


「くっ──すごい吹雪だ……! ファリア、大丈夫かい」


「ハザマさん私は大丈夫です……それよりも足跡が……」


 彼女の言葉で僕は地面を見ると、今まで続いていた敵の足跡が吹雪のせいで消えかかっている。


「まずい……急がないと……」


 その一言を発しただけで、僕の口の中には痛いほどの冷たい空気と雪の結晶が容赦なく入ってくる。寒さと焦りが襲ってくる。この寒気は死に繋がる。自然と言う抗いようの無いもっとも身近な敵が僕達の進路を殺しに来た。


「ファリア、この吹雪はまずい。一旦どこかに避難を──」


 僕はそう言って彼女の方へ振り返ると、彼女は片手で頭を押さえてうずくまっていた。


「ファリア!? 大丈夫か!?」


「──う──頭が……」


 最悪は連続する。この危機的状況に加えて彼女の突発的な頭痛が急にやってきたのだ。


「くっ……どこか安全なところは……!」


 僕は彼女の肩を抱いて辺りを見渡すが吹雪は勢いを増し、雪のカーテンで視界は遮られている。戻る事も考えたが時はすでに遅い。もう僕達の周りは敵の足跡どころか自分達の足跡もこの猛吹雪で無くなっていた。


 震えている彼女の凍える体を僕は両手で包む。僕の方もこの寒さでもう手の感覚が無くなってきたが、それでも彼女をこの吹雪から守るために抱きしめる。


「ハザマさん……私の事は放っておいて、進んで下さい──せめて、あなただけでも……」


 ビュオオオ と、北風が暴れる中で彼女はか細い声で僕に言う。


「──馬鹿な事を言わないでくれ。君は死なせない……これは、僕が恩義を感じて助けているんじゃない。記憶の無い僕が……一人の人間として、この旅で君を好きになり、大好きな君を想っているから……ここまで着いてきたんだ。君を必ず助ける──この記憶は忘れたくないし、忘れられない。だからファリア、どうか僕を信じて諦めないでくれ」


 抱きしめる両手に熱が入る。彼女も僕の胸の内に身を限界まで近づけて華奢な身体を震わせる。互いの心臓の鼓動が身体に響く。いつもより早い鼓動なのは寒さか、それとも別の何かか。


 しかしそんな二人に無情にも自然は厳しい。僕の頭や肩にどんどんと雪が積もる。段々と身体が重くなってきた。──いけない、眠気まで襲ってきた。まばたきをすると二度と目を開けられないんじゃないかと不安になる。


「はぁ……はぁ……」


 ガチガチと震わせる歯と歯が止まらない。ありとあらゆる肌の感覚も麻痺してきた。それでも僕は彼女の盾になるように吹雪から身を張って守る事をやめない。


 ──このまま凍死しようが構わない。彼女さえ無事ならそれでいい……そう思った矢先、彼女が急に頭を上げて白い闇の遠くを指さした。


「ハザマさん……! あれ……! なにか見えます……!」


 彼女が指し示した先を見るが僕には何も見えない。ただひたすらに自然の猛威が白いベールとなっているだけだ。


「なにか……あるのか……」


 うっすらと開けた目は虚ろだ。僕の思考も凍りつこうとしている。


「ハザマさん、行きましょう──二人で生きるために、私も……頑張ります……!」


 彼女はまだ痛むであろう頭を押さえながら、一歩、また一歩と僕の手を握りながら歩き出した。


「……よし──」


 彼女は僕の希望だ。その希望が道を照らした。ならば足を引っ張らないよう僕もまた進むだけだ。


 ずぶ濡れた足にもはや感覚は無い。凍傷もひどくなっているだろう。しかし進まなければ今この場で死ぬ。彼女の言葉を信じて道なき道を進むと──


「…………なんだあれは」


 それは突然なのか、それとも吹雪のせいで近くにあったのに気づかなかっただけなのか……僕達の視線の先に、とても大きな鉄塔がそびえ立っていた──。


「ハザマさん! 急いで入りましょう──!」


 迷っている選択肢は無い。僕達は生にしがみつくため力を振り絞って鉄塔の前まで来ると、取手の無い重そうな鉄の扉があった。


 僕はその扉を全力で押してみるが、びくともしない。


「そんな……ここまで来て開かないのか──」


 絶望をしたその時、その頑丈そうな鉄の扉は一人でに鈍い音を出して開いたのだ。


「開いた……」


「よかった…! 入りましょうハザマさん!」


 まるで誰かに見られていたのかのように不自然に開いた扉、本来なら怪しむところだが僕達にはこの猛吹雪をやりすごす手立ては無い。寒さから逃げるように、僕達は鉄塔の中へと入った。





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