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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~四章 忘却の男編~
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二十五話 モストボイ将軍


 僕の目の前に剛槍が突きつけられる。少しでも動けばこの首は瞬く間にふっ飛ばされるであろう。


「なぜ何も言わぬ。その命惜しくはないのか」


 かの将軍はその強面(こわもて)から圧を出しながら僕へと問いかける。僕は喋らない訳では無い。喋れない(・・・・)のだ。


 記憶が無いからというのもあるが、このモストボイ将軍という男から発する圧倒的なまでのオーラというか、その他者に有無を言わせぬプレッシャーに僕は口を開けない。


「──ふん。ただの小者か。しかし怪しきは斬れ(・・)とわしの隊ではこれが常だ。その首、貰うぞ青二才」


「……っ!」


 モストボイ将軍はそう言うとその太い怪腕で剛槍を天高くかかげ、僕に躊躇も無く振り下ろさんとまるで虫を見るような目で一瞥し、殺さんとしたその時──


「待って!! だめ!!」


 唐突に聞こえた彼女の声が剛槍を僕の頭上でピタリと止めた。


「ファリア! 出てきちゃ駄目だ!」


 やっと僕は喉から声が出た。彼女を見て僕は慌てるように言うと、取り巻きの騎士達が宿から出てきた彼女に槍を向けて威嚇する。


「何者だ女ぁ! 貴様この男の仲間か! 怪しい奴め!」


 僕はすぐにファリアの元へ駆け寄ろうと思ったが、目の前のこの大男がそれを許さないだろう。一歩でも動けば僕は死に、ファリアも殺されるだろう。


「待ってくれ! 僕はいいが彼女には手を出さないでくれ!!」


 必死に叫ぶ──僕はどうなってもいい。彼女さえ無事ならこの命など安いと、懇願するように言う。


「きゃああ!」 


 彼女の前にどんどんと槍が迫る。馬鹿な、彼女がこんな所で死んでいい筈がない。そう考えた時、体が自然と動くように僕は彼女を守るべく足を動かした瞬間──



「直れえええい!!」



 地響きのような号令がモストボイ将軍の口から放たれた。騎士達はその号令を聞くやいなや全員直立し、ファリアとそして僕はただただ身をすくませる。


 いったいどうしたと言うのか、今まで僕達に向けられていた槍は天へと向けられ騎士達はその殺気を完全に引っ込めている。


「な……なんなんだ」


「ハザマさん、これはいったい──」


 僕はそそくさとファリアの元へと行き、その異様な彼等を見る。すると、剛槍を背へと戻した大男、モストボイ将軍がこちらをギロリと見て先程とは真反対の静かで落ち着いた声でこう言った。


「失礼。もしや、オズドエフ伯爵の御令嬢──『ファティナ』様であらせられますか」


「……えっ?」


 強烈な強面から紳士的な言葉にファリアはきょとんとした声を出した。僕は何がなんだかわからずに目を丸くする。


「えっ……あの……」


「失礼しました。このモストボイ、ファティナ様にお会いになるのはあなたが幼少の頃以来でしたな。覚えていないのも無理はない。成長をなされてもあの日の面影があるのでピンと来ました。いやはや、実際に見るとあの頃より本当に大きくなられましたな!」


 モストボイ将軍はガッハッハと、高々と笑う。それに困惑するファリアと僕はよくわからないが、この大男がファリアを誰かと勘違いしているのだと気づく。


「あの……私は……」


「ファティナ様。あなたには捜索願いが出されています。あなたはオズドエフ伯爵の目を盗んでは従者を引き連れて各地を放浪しているらしいですな。いけませんな、名門の出である令嬢がこんな所まで遠出をするとは……。伯爵が首を長くしてお屋敷で待っています。何人かお供を付けますのでどうかお戻り下さい」


 将軍はさっと手を上げると、手前にいた二人の騎士がファリアの目の前でかしずいた。


「ファティナ様とは知らず、先程は大変失礼致しました。この辺りは最近物騒ですので我々がお供致します。さあ、首都セルタビゴにあるお屋敷へ帰りましょう」


 そう言って騎士の二人が彼女に手を差し伸べる。


「ま、待ってくれ! その……」


 僕はこのまま誤解されたままだと後々になってまずいと思い、騎士達に言うが、


「貴殿はファティナ様の従者か。まさか一人ではあるまい、他の従者はどうした? 道中ではぐれた、もしくはなんらかのトラブルでもあったのか? どちらにせよご苦労であったな。帰りは我々がついている。仮に悪漢に襲われても問題は無い。安心してくれ」


 こちらの話しを聞こうともせずに堂々と彼等は言ってきた。現状だけで考えれば、この状況は向こうの勘違いのおかげでこちらの命の保証はあるが、バレたならどのみち僕達は殺されるであろう。


「……違うんです! 私──ファティナじゃありません! 私はファリア(・・・・)です!」


 危険を省みず、ファリアは声をあげた。相変わらず彼女のその胆力には驚かされるが、この場はこの誤解を解いておいた方がいいのかも知れない。もしかしたらまた彼等は僕達を警戒するだろうが、少なくてもファリアは自分の身分を証明できる。彼女は助かる筈だ──しかし、


「──ハッ、ガッハッハハッハッハッ!!」


 将軍の馬鹿でかい笑いがこだまする。


「なっなにがおかしいのですか!」


「……失礼! いや笑わせてもらいましたぞファティナ様。このモストボイ、自慢ではないが嘘を見抜くのは他者よりも優れていると自覚しております。あなたは正真正銘のファティナ様です。まだ旅がしたいからと言って嘘はいけませんな。しかし中々に可愛げのある嘘でした故、少々笑いがこぼれてしまいましたわい」


 これにはファリアも唖然とした。どうやらこの御人はどうやっても彼女を違う誰かと完璧に思い込んでいるらしい。しまいには将軍の笑い声に釣られるように他の騎士達も笑い始めていた。


「だっ、だから私は」


「ファティナ様あまりこの老体を笑わせんで下され。ささ、そこな従者も一緒に首都へと帰られますよう頼みます。ここの村は危険です。我々はこの村の住人が突如消えたとの情報を受けて調査のために参上したのですよ。どこぞに逸脱がいるかもわかりませぬ。戦いが始まる前にどうか──」


 将軍がたしなめるようにファリアに言う最中、村の奥の方を探索していた騎士の一人が足を引きずりながら戻ってきた。


「モストボイ将軍……! む、村の奥に怪しい、奴、が……」


 ──ドサリ。と、その騎士はそれだけを告げて雪の上へと倒れた。


「何事か!」


 将軍が声を荒らげ、仲間の騎士達が倒れた彼を抱きかかえる。よく見ると倒れた騎士の青銅色の鎧が見事にへこんでいるのだ。それは拳大(こぶしだい)ほどの大きさで、まるで硬いハンマーに思い切り殴られたかのような威力を物語っている。


「将軍! 村の奥より何者かが来ます!」


 騎士の一人が指をさす。その先に見えるは舞う雪の中、一つの影がゆっくりとこちらへと向かって来る。


「全員! 迎撃の構えを取れえい!」


 誰もいない筈の村に一気に緊張感が走る。僕も、嫌な汗が出た。まだ彼等の実力も知らないがこのモストボイ将軍はもちろん、他の騎士達も相当な手練だと僕はその気配のようなもので肌を伝わり感じている。


 その騎士の一人を倒すほどの者が近づいてくるのだ。相当な強者、かなり危険な能力持ちの逸脱かも知れない。


 幾本もの槍先が指すその対面からゆらりと現れたのは──ギラついた目をした、僕と同じくらいの年齢の一人の男であった。



 荒れる波のような剃りこみを入れた黒の坊主頭が目立ち、赤と緑の幾何学模様(きかがくもよう)の柄の悪い間延びした服、薄茶色がかった長ズボン。まるで狼のような眼光でこちらを睨んでいる。


「我等の同胞を傷つけたのは貴様か……! 止まれ! 何奴だ……!」


 騎士達がその彼を取り囲む。しかし男はまったく動じない。そして男は静かに答えた。


「何奴とはこちらのセリフだ。先に槍を向けられて気分のいい奴などいないだろう。力の差を軽くわからせてやったまでだ。どけ」


 そう言うと男は意にも返さず騎士達の目の前を通り過ぎようとする。おそらく、その場にいた全員が感じていた。この男はやばい(・・・・・・・)


 無論、極寒の騎士団(アイス・ランス)の強さも異次元であったが、この男から出る異様なオーラはそれを越す。その証拠に騎士の誰もが彼に槍を向けるもその足を踏み出せないでいるのだ。──だが、ある一人(・・・・)を除いてである。



「けええええい──!!」



 けたたましい怒号が飛ぶ。そう、このモストボイ将軍だけはこの男とまったくの同種ともいえるだろうオーラを持っていた。


 男は将軍の雄叫びを聞いて足を止めた。


「ほう、貴様──かなりできるな。しばらく北の大陸を放浪していたが、ようやく骨のある奴に出会えたな」


「我こそは北の大陸に轟くモストボイ! 男よ、お前が喧嘩を売ったこの相手──生きて帰れると思うなよ」






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