二十四話 極寒の騎士団
際限無く降る雪、時には冷たい雨に打たれながら僕達は北東へと歩き続けること数日、そこにあったのは小さな村「ソチ村」がそこにはあった。
「ここが話しに聞いていた村か──」
「入口の看板に『ソチ村』と書かれてますね。だけど……」
僕とファリアは村へと入って辺りを散策するが、まだ朝も早いのにどういう訳か人の気配がまったくしないのだ。
「なんで誰もいないんだ……?」
「おかしいですね……あっ、ハザマさんあそこに宿屋があります。入ってみましょう」
ファリアがそう言うと宿屋の扉を開ける。中にはやはり誰もいない。しんと静まり返った寂しげな宿の中は寒い。普段なら燃えてあるであろう暖炉も照明の明かりさえも点いてない。
「誰かいませんかー?」
宿の隅々に呼び掛けるが返答は無い。ファリアの声が虚しく響くだけである。
「……おかしいな。ここは廃村には見えないんだが……」
「あっハザマさんこれを見てください!」
訝しむ僕にファリアが目につけた物を指差した。それは宿のテーブルに置かれた食器であった。
「これは……」
「よく見てください。この食器、ご飯を食べた後があります。それもあまり日が経ってないように見えます……」
テーブルに置かれた食器はどれも中途半端に残してあった。食べかけのパン、浅く残ったスープ、床に落ちたスプーン……まるで何か焦って食事を中断したかのような跡である。
虫も湧いていない事からごく最近である筈だ。ここには誰かいたのだ。確かに人がいた証拠、なのにこの村はどうしたというのか。
「ファリア、なにか変じゃないか? 確かマルセロが言ってた──」
「行方不明事件……! でもあれは確か老人が居なくなったと言う話しでしたが……」
彼女の言うとおり、僕達はマルセロから聞いた老人が行方不明になる事件が起きていると聞いてこの村へと来た筈なのに、どういう訳か村人全員がいないではないか。
「どうやらこの村で何かが起こったのは間違いない。ファリア、気を付けた方がいいかも知れない。注意していこ──」
僕が彼女にそう言おうとしたその時、目の前で彼女が急に倒れた。
「ファリア!?」
「……頭が……っ」
例の頭痛。彼女の持病がまた急に起こったのだ。
「大丈夫かファリア!」
「うぅ……」
僕はすぐに彼女を抱きかかえると、宿の適当なベッドに彼女を横にした。
近くに置いてあったタオルを持って外にある雪を包み彼女の額に当てる。情けないが今の僕にできる事はこれくらいだ。
「ファリア大丈夫かい?」
「……すいませんハザマさん……。少しすれば、良くなると思うので……っ……!」
彼女は申し訳なさそうに言うと、また頭を押さえて苦しむ表情をみせる。
「無理をしちゃ駄目だ。今は休もう、ここの所歩きっぱなしだったから疲れが出たのかも知れない。無茶は禁物だよ」
僕は優しく彼女の手を握ると、彼女は少し安心したかのように息を徐々に整える。
静かに窓の外の雪がちらつく中、僕はスッと立つと暖炉の中に薪をいれて火を点ける。次第に暖かくなる部屋の中で僕は彼女の手を握りながら安らかな一時を感じていた。
燃える薪のパチパチと言う音と二人の呼吸だけが部屋にこもる。今だけの静寂なる時間かも知れないこの時を、二人は口に出さずとも永遠に続けば良いとさえももしかしたら思っていたのかも知れない。
この時、そしてたった一月に満たない彼女との出会いだが、僕はハッキリとこのファリアと言う女性に得も知れぬ感情を感じている。
助けてもらった恩もあるが、彼女にはどこか人とは違うものを感じるというか、何か惹かれるものを五感以上のもので僕は心を揺さぶられている。
──僕は…………。
「到着ーーッ!! 調査にかかれ!」
外から突然、大声が聞こえた。
「な、なんだ!?」
慌てて僕は窓の外を見ると、青銅色の鎧を着た十数人の集団が村の入口の方にいるのが見えた。
「……ハザマさん。どうか、したんですか……」
ファリアがうっすらと目を開けて尋ねる。
「ファリア、ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
僕は外の異変を感じて宿を飛び出すと、すぐに青銅色の鎧の集団と鉢合わせした。
「──誰だ! この村の者か!?」
数人が僕の周りを囲んで持っていた槍を突き出して問う。
「待ってくれ! 僕はこの村の者では無い! 通りがかった旅人だ。この村に着いたのもついさっきだ。あなた達こそ何者だ」
僕はその威圧的な騎士達に怯むことなく言い返すと、
「この北の大陸で我等を知らぬとは怪しい奴! 我等こそこの北に轟く不屈の兵団、『極寒の騎士団』であるぞ!」
彼等は槍をこちらに向けながら一切臆する事もなくこう言った。その時僕は以前ファリアから教えてもらった事を思い出した。
極寒の騎士団──そう、この北の大陸で逸脱を征伐する最強の騎士団がいると言うことを。
「貴様、旅人と言ったがどこから来た? 出身と身分を証明できる物を提示しろ」
「──う……」
非常にまずい。僕は自分を証明できるものなんてないし、そもそも名前すら仮のものだ。かといって素直に記憶が無いんです、なんて言おうものなら僕はこの場で殺されることもやむ無しであろう。この場の空気が言っている、これは"詰み"に近いと──
「どうした! 早く言わないか! さては貴様、この村で起きた事件と関わりがあるのか? だから何も言えないのか」
騎士の一人が恫喝するように槍を僕の喉元に突きつける。
「ま、待て! 僕は、その──」
窮地であった。そして事態を加速させるようにその十数人いる騎士の後ろから、何かが近づいて来る。それは大きな白馬であった。恐ろしく太い足、その剛脚で積もった雪をドシリと踏み締めながらこちらに来る。
そして、その大きな白馬の上に跨がる青銅色の鎧と白銀の兜を着けた大男がいた。大男はジロリと僕を見て白髭にまみれた大きな口を開いた。
「全員! 直れぃ!!」
大男の大声が耳をつんざいた。その周囲にいる者を一喝する爆音は魂までも直立不動としてしまうような命令である。
「「「はっ!!!!」」」
その命令を受けて騎士一同は槍を天へと立ててまっすぐに起立する。そのいきなりの事に僕は呆気にとられていると、
「誰ぞ、この村の者で無いな。目でわかる」
全てを見透かすような強い眼力でこちらに向けて言ってきた。瞬時に僕は悟る。この大男に嘘はつけない。ついたならばその場で斬り殺されるだろうと。
「モストボイ将軍! この者は先程から身分を証さず黙秘をしています! どうされますか!」
騎士の一人がハキハキと答えた。僕はその名前を聞いてまたファリアから聞かされた事を思い出す。
この北の大陸で最強の男、いま騎士の一人がハッキリと言ったその名──『モストボイ将軍』。間違いでなければ僕の目の前にいるのはこの国で一番敵にしてはいけない男である。
「そこな男、何故身分を証さない。証さぬばこの場で斬るのみぞ。このモストボイに虚言を吐く度胸あれば別だがな。さあ答えろ。真実か虚言か、このわしが見定めてくれるわ」