二十話 甦る死
闇から突然に現れたその者達はどこか暗い表情──と、言うより何か"生気"を感じさせぬ異様な気配をかもし出している。
「相変わらず下衆だな、ヨルゲンセン! 自身の非力さを数で埋めるとは卑怯の二文字が似合うお前らしい戦法だな」
「ははは! よせよ、よしてくれ褒めても何にも出ないよ。君みたいな剣術馬鹿にはこういった戦法が一番だ。それに君だって仲間を連れてるじゃないか。お互い様だろう?」
ヨルゲンセンはにこやかに皮肉たらしく言うと、再び横笛を構える。
「さあて、それじゃあまずは……うん。とりあえず全員さっそく死んでもらおうか」
軽やかに吹く横笛の音色、それと同時にその無数の闇に蠢動する者達が一斉に僕達に襲いかかってきた──!
「ファリア僕の後ろに!」
僕は自分が盾になるように彼女を咄嗟にかばう。敵の乱暴に振り回す腕が僕に当たろうとした瞬間、
「『剣技・雷鳴閃』!」
まるで閃光のような鋭き剣が僕の目の前で閃いた。その剣技は一瞬のうちに敵の腕を吹っ飛ばすと、その剣は八方から襲う魔の手に対し再び冴え渡る!
「──『剣技・雷雨ノ舞い』!!」
速きこと雷の如し──。瞬速にて舞ったマルセロの剣は襲う者共の腕を次から次へと斬り捨てた!
「速い……!」
「す、すごい──」
「ふうん。やるじゃないかマルセロ」
僕とファリアが何も出来ない瞬く間に、マルセロは意図も容易く敵の猛攻を斬り破った。その光景にただただ圧巻する他なく見てるが、敵はそのマルセロの強さに動揺はしていなかった。
「多勢に無勢とはこの事だな。素人でも集めたのか? まるで手応えが無かったぞ」
マルセロは剣をぶんと振ってヨルゲンセンへと向けて言った。
「──手応えが無い? そりゃそうさ。だってそいつらは──"死人"なんだからさあ」
「なに──?」
訳のわからない返事にマルセロは眉をしかめる。すると、
「──! マルセロ! 後ろだ!」
彼の後ろに先ほど両腕を斬られた男が立ち上がって突進して来たのである。
「──ふっ!」
僕の声に反応すると同時に彼は身を捻ってその男の突進を躱すと、その瞬時に男の胴を斬り捨てる。
「こいつ、なぜ両腕を斬られて立てる!?」
彼が困惑し、僕とファリアも気味が悪く思うと──周囲に倒れた腕を斬られた者達が次々とまた立ち上がってこちらを睨んできたのである。
「なんだこいつら!?」
「あの人……あんなに血を流してるのに、おかしい……!」
腕を斬られた無数の者共、肩口から血を流す者もいれば、何故か血を一滴も出さずに平然としている奴もいる。胴を斬られた男からはぼたぼたと内臓が落ちているのに、意にも返さない様子だ。しかしそれでも立ち上がって来るのだ。そう、それはまるで死人のようである。
「死人……マルセロ、もしやあいつは──」
「ああ、どうやら奴は"逸脱"になったようだ。それも死者を操る最低で最悪の能力のようだなヨルゲンセン!」
木の上でこちらの様子を楽しそうに見るストーカー男は顔を歪ませて笑う。
「気づいてくれて嬉しいよ。そうさ僕は君を殺すため、そして姫をこの手に入れるためそれだけを考えて日々を送っていたらね、天から祝福されたようにある日この能力を授かったのさ。面白いだろう? この墓地に眠る全てが僕の味方で君の敵だ。馬鹿だねえ、ここに来た時点で君の敗北は決定してるんだ」
「外道め……!」
マルセロは一瞬僕達を見て、周りを一瞥する。
「おっと、お友達だけ逃がすつもりだね? そうはさせないさ──甦れ亡者達よ──」
ヨルゲンセンは横笛を吹くと、周囲の地面から続々と這い出るように死者達がその息を吹き返したかのように湧き出てくる。
「くっ──! 彼等は関係無い! これは僕とお前の勝負だ!」
「駄目だよ駄目だよ。君もそのお友達もみんなここで亡者となるんだ。安心しなよマルセロ……君が死んだら亡者として僕の傍でたっぷりとこき使ってやるさ。君は僕と姫の幸せな生活を横で見ながら亡者としての生活を過ごすんだよ。どうだ? 悪くないだろう?」
ヨルゲンセンは聞く耳もたずに言う。マルセロは歯ぎしりをすると、剣を構えて深呼吸をする。
「……すまない。君達だけでも逃がそうと思ったが、そうもいかないみたいだ。しかしこのマルセロ、必ずや誰一人死なせはしない。君達は僕の後ろから離れないでいてくれ」
彼は申し訳なさそうに言うが、僕は彼の目を見て首を振る。
「マルセロ……僕も非力だが協力させてほしい。あんな悪い奴を許せないのもあるが、もし君が僕達をかばいながら戦うのであれば万が一も負ける可能性も出てくる。安心してくれ、自分の身は自分で守るさ。僕はファリアを守る。だから君は君のレジーナさんを助けるためにその剣を振ってくれ……!」
「マルセロさん。私も何もできないかも知れませんが、レジーナさんを助けたい一心でここまで来ています! 私達に構わずその剣を振るって下さい!」
彼は僕達の決意を聞くと、静かに頷く。
「──わかった。敵は普通の人間じゃない。十分に気をつけてくれ……!」
「覚悟はできたかな? いつまで耐えるか、まあ頑張って──『亡者の行進曲』」
闇夜の墓地に笛の音色が響き渡る! 音色は眠る亡者を呼び、生ある者に牙を向く!
囲まれた僕達に亡者は剥き出しの尖った骨を武器に襲いかかる!
「──『雷旋』!」
振り払うようにマルセロの剣が円を描くと、数体の亡者がその剣の餌食になるように体を一閃される。
「ファリア! 後ろへ!」
僕は彼女を背に襲いかかる亡者の腹に蹴りを入れる。
『横からも来てるぞ! 気を抜くな──!』
僕の危機に駆けつけたようにまた頭に声が響くと、僕はその声を頼りに横から来る亡者をまた蹴りとばす。
「はっ! 『稲妻斬り』!」
銀の剣が縦一文字に敵を真っ二つにする! だが、半分の体となった亡者はそれでも地を這って尚もこちらに近づいてくる。
「くそっ! きりがない!」
「あんな体になっても襲ってくるなんて……!」
僕とファリアはそのおぞましい亡者の群れに恐れおののく。
「(このままではジリ貧だ……! やはり本体を叩くしかない──!)」
マルセロは木の上で軽快に音色を奏でるヨルゲンセンを見た。そして目の前にいる亡者を斬り進みながら、足早に本体へと近づく。そして、
「ヨルゲンセン──! 覚悟ッ!!」
充分に助走をつけたその健脚を持って、マルセロは大地を蹴って本体へと斬りかかろうとした──
「んーそう来るよねえ。でもさあマルセロ、君"下"も見ないと駄目だよ」
マルセロが飛びかかる直前、彼の地面下から手が突然に出て来たのである。その手は彼の足首をがっしりと掴むと、その勢いを止めたのである。
「なに────」
「マルセロさん! 前です!」
ファリアが叫ぶ。しかし──バランスを崩した彼の反応は遅れた。目の前の亡者が振り下ろした骨の飛び出た腕が彼の右目へと深く突き刺さったのだ────。