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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~四章 忘却の男編~
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十九話 好意なる行為


「レジーナ!!」


叫ぶマルセロの声に返すこと無く、彼女の名だけが虚しく夜へと溶ける。


「そんな……ほんのさっきまでレジーナさんはここに居た筈なのに!」


「くそっ! どこだ! そうだ、店主! どこの誰が配達に来たんだ!?」


突然と闇に溶けた彼女をファリアが心配し、マルセロは店の中に居る店主の襟元(えりもと)を掴んで慌てながら質問をする。


「ええっ!? いやあ普通の男というか……帽子を深く被ってたんで顔までは……」


「くっ……! どこの誰なんだ──!」


それを聞いて顔を青ざめる彼。肝心の目撃証言も当てにはならない。


「──ん? これは……」


静けさに染まる酒場前で僕はふと地面へ目を向けると、何か紙が落ちているのを見つけそれを拾い上げる。そしてその紙には何か文字が書いてある──。



『姫は帰る場所に在るべきである。貴様の墓は作った。墓地で待つ』



ひどく、まるで怨恨を込めたかのような殴り書きの文字であった。何か不気味めいたそれを僕は険しい表情で彼に見せた。


「マルセロ、こんなものが落ちていた。何か心当たりは?」


「──これは……!」


その紙を受け取って見ると、彼は何かを悟るように歯を噛み締めた。


「マルセロさん……それは?」


「──先程、ストーカーの話しをしただろう。これは多分、いや絶対に()のものだ。レジーナを『姫』と呼ぶ、あのストーカーのものだ……!」


ファリアが聞くとマルセロは怒りを内に秘めたかのような声で答えた。


「ストーカー? そいつは君が退治したんじゃなかったのか?」


「ああ。二度と彼女に近づかないように叩きのめしたつもりなんだが……どうやら反省の色も無しに恨みまで引っさげてまた来たようだ」


持っていたその紙をグシャりと握り潰す。彼の手は震え、怒りが伝わってくると同時にマルセロはすぐに走り出す。


「待ってくれマルセロ! 君一人で行くつもりか!?」


「マルセロさん危険ですよ!」


僕達は冷静では無い彼を引き留めるよう言うと、


「心配してくれてありがとう、だが奴がレジーナに何をするかわからない! これは僕と彼女の問題だ。他の人を巻き込めない!」


そう言って彼は夜道を疾風の如く走り去っていった。


「ハザマさん追いかけましょう! 私じゃ役不足かも知れないけど……それでも私、放っておけません!」


「そうだね。それに、なんだか嫌な予感がする。急いで追いかけよう」


僕はファリアと共にマルセロが向かった方へ駆け出す。夜の静けさと、淡く降る小雪が肌を撫でる中を息を切らして走る。


商店が並ぶ通りを抜け、その先にある住宅地も抜けてしばらく走ると街の外へと出た。そこから少し離れた所に墓地が見え、そこにマルセロが入って行くのを僕達は見かけると急いで後へと続く。


寒々した気温であるが走ったおかげで嫌でも暖まった身体。しかし、墓地へと入るとそれもまた一瞬で凍えるような寒さであった。それは墓地特有の暗さや陰気さのせいなのか、建ち並ぶ墓標の数々が夜もあって不気味に見えるから心が冷えたのかも知れない。


「マルセロ!」


「マルセロさん!」


白い息を切らしながら僕達は墓地へ先に来ていた彼に声をかける。


「何故来たんだ! 君達を巻き込む訳にはいかない!」


「君は今、冷静さを欠いている。たぶん敵はこの墓地で用意周到に待ち構えている筈だ。そこら中に罠があるかも知れない──」


彼は怒ったが、僕は冷静に返す。そして辺りには冷たい空気が流れ、頭上には月が大きく円を描いて雲間から広い墓地をうっすらと照らす。


「……悪いが面倒は見きれないよ」


「自己責任で追いかけて来たんだ。困ったらお互い様──レジーナさんを助けよう」


「そうですよ! 大丈夫ですよマルセロさん! ハザマさんはこう見えても結構強いんですよ!」


ファリアが自分の事のように僕を褒めるが、僕としては中々にハードルが高い。見たところマルセロはかなり強い(・・・・・)と思う。それこそ前の街で会ったあの『カーフ』と同じような雰囲気を僕は感じていた。肩を並べて戦っても僕は間違いなく足手まといであろう。


「ふっ。それは頼もしい。すまないハザマ、レジーナを助けるのを手伝ってくれるか」


「ああ──。あの素敵な歌姫を暴漢から取り戻そうじゃないか」


大して役に立たないかも知れないが僕は彼の言葉に答えると、僕達三人は墓地の奥へとどんどんと歩いて行く。


「どこだ! 約束通りに来たぞ! 出てこい!」


マルセロが声を張り上げる。しかし見えるのは月明かりに照らされた墓標とそこに添えられた様々な献花だけ。敵の姿も拐われた歌姫の姿も見えない。


「レジーナさーん! どこですかー!?」


ファリアが呼ぶと、枯れ木に止まっていた蝙蝠(こうもり)がバサバサと飛ぶ。ひとえに不気味、ただただ静寂に包まれる墓地はおよそ一切の"生"を感じさせない。


──すると、墓地の奥にある大きな枯れ木から何やら落ち込んだような笛の音が聴こえてきたのだ。


「なっ何? 笛の音……?」


「この笛の音は……! そこか! ヨルゲンセン!」


何者かの名を呼び、マルセロは正面に見える大きな枯れ木の上を見ると──そこに横笛を吹く奇怪な男がいた。青と黒の髪の毛にボタンがやたらと付いた奇抜な服、目鼻立ちが良さげだが少し暗そうな男であった。


「やあ、マルセロ。久しぶりだね」


「やはり貴様か『ヨルゲンセン』! あれだけ僕にやられても懲りないようだな!」


二人は対照的に互いを呼びあう。怒るマルセロとは別に笛の男は静かに言った。


「レジーナはどこだ!」


「安心しなよ。姫ならここだよ」


彼は枯れ木の枝に隠れていた彼女を見せてニヤリと笑う。彼女は気を失っているらしくぐったりとしていた。


「貴様……! 自分が何をしてるかわかっているんだろうな! 前は命までは勘弁してやったが、二度は無い! 今日ここで斬り捨てさせてもらう!」


「ははは。おっかないなぁ。前も言っただろう? 姫は僕と結ばれるべきなんだ。姫の歌と僕のこの笛の音があれば素晴らしいセッションができる。君みたいな剣しか取り柄の無い男とは不釣り合いなのさ。音楽の"お"の字も知らない奴なんかにゃわからないかなぁ?」


「ほざけ!」


けたけたと笑う男にマルセロは怒号をぶつける。


「あなたがストーカーさんですね! レジーナさんを返して下さい!」


「んー? 君、誰だい? マルセロぉ……君は卑怯で最低だねぇ。別の女まで連れて僕の所に来たのかい? やっぱり君みたいな下賎な男に姫はもったいない。僕が一番姫を想っているし、僕が一番姫の歌声を輝かせられる。君に彼女を喜ばせる事はできないんだよ」


笛の男はファリアと僕を一瞥するとため息を吐いてそう言葉を漏らした。


「……こい」


「ん?」


「降りてこいと言ってるんだストーカー野郎……! レジーナを一番愛して想っているのが誰なのかを教えてやる──!」


枯れ木の上で飄々(ひょうひょう)とする男にマルセロは剣を向けて堂々と言った。だが、男はそのマルセロから出る闘気をものともせずに笑った。


「ははは。マルセロ、君……勝つ気まんまんだけど僕が以前と同じとは思わない事だね。普通に考えて剣術馬鹿の君と真正面から戦う訳無いじゃないか。それと──僕はね、この姫を想う気持ちが天に通じたのか、神様からある"プレゼント"を貰ったんだ。それを今からお見せしよう──」


そう言って男はまた横笛を口につけ始めると、軽やかに沈んだ様な音色を吹き始めたのだ。


「何がプレゼントだ! 演奏会は終いだ! 降りてこい!」


「あの人……何を──」


ファリアがそれを見て不思議そうに思うと、月が雲に隠れて辺りが暗くなる。


「…………? 何か聞こえないか──?」


僕は怪しく響く笛の音色とは別に周囲から何か違和感のようなものを感じる。


そしてそれは、また雲間から月が顔を出した時にわかった。墓地を照らした月が答え合わせのようにその場の違和感の回答を見せた。


「きゃっ!? 誰!?」


「な、なんだ!? 囲まれてる!?」


「……っ! 何者だ!?」


僕達の周りに、どこから現れたのかわからない人物達が囲むように何人もいたのである。


「さあ、始めようか。この魔笛奏者(まてきそうしゃ)ヨルゲンセンの怖さを思い知ってもらおうか」







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