十六話 早朝にて
朝日が昇る。僕は宿屋のベッドの上で目を覚ますと、霜のついた窓を開けて雪景色に染まる外の冷たい空気を肌で感じた。
昨夜のあの後──マダムの死によって黄金にされた人達もファリアと同じように黄金になった体が元に戻ったのだが、時間が経過していたのか否かはわからないが彼等は再び目を覚ますことは無かった。
僕達はやるせない気持ちのまま、時遅し彼等の亡骸に簡単ではあるが布を被せ黙祷をした。……もしもう少しでも遅かったら、ファリアも同様に死に至っていたのかも知れない。本当に危ない所であった。
もはや主の居なくなった大豪邸──僕達は大事になる前に逃げるように後にし、深夜の静まり返った町を走る。そうして町外れのこの宿屋までたどり着くと何とか休めることとなった。
「おはようございます。ハザマさん」
僕の部屋の扉を軽くノックして彼女は入って来た。僕は彼女の健康そうな顔色を見て安心をする。
「おはようファリア。よく眠れたかい」
「はい。あの……ハザマさん昨日は本当にありがとうございました。その、ちゃんとお礼を言いたくて……」
「別にいいんだよ。僕が君を守るのは当たり前だ。……と言っても僕は他人に頼りっぱなしだった。自分のふがいなさで自己嫌悪しているよ」
僕は昨夜の戦いを鮮明に彼女に話す。あのマダムが逸脱であり旅人を黄金にしていたこと、僕一人の力じゃどうしようもなくカーフと言う仲間が手を助けてくれたこと。もっともカーフの事は彼らの存在を他言無用との約束をしているため真実をボカして彼女には伝えた。
「それでも──私が生きているのはハザマさんの行動のおかげです」
近づいた彼女の長いオレンジの髪からいい匂いがした。彼女は僕の手を握って目をまっすぐと見ながらお礼を言う。その手のぬくもりだけで僕は何だか救われた気がする。
触れる手先から互いの鼓動が伝わってくる。それは命の尊さ、明日に生きる若者の血脈。ふわふわとした心地よさもあろう、人間の暖かみとはかくも美しきかな。気づくと僕は自然と彼女の腰の辺りに手を伸ばして自分の方へ引き寄せていた。
まだ早朝のしんとした狭い部屋の中で僕達は見つめ合い、甘い空気感を感じたその時、彼女は突然に頭をおさえだした。
「う……あっ……!」
「ファリア!?」
彼女の持病、突発的な頭痛がまた襲ってきていた。僕はすぐに彼女をベッドに座らせる。
「うぅ……あ……ハザマさん……大丈夫……すぐに……治まり、ます……」
「ファリア……」
苦しげに彼女は答える。僕は彼女のために何かできないかと立ち上がり、窓際に積もっていた雪を掬うとそれをタオルに包んで彼女の頭に当てた。
これが適切な処置なのかはわからないが、しばらく当て続けると彼女は段々と落ち着いたように苦悶の表情を和らげてきた。
「ファリア、どうだ? 他に何かできることはあるかい」
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
彼女は一息つくと、またいつもの笑顔を取り戻す。
「えへへ。冷たくて気持ちよかったです。また、助けてもらっちゃいましたね」
「……よかった」
僕は彼女の容態を見て安心する。彼女の頭痛はいつ起こるかわからないだけに油断ならない。今はいいが、またどこかでこの症状が出た時に、あのマダム・シアラーのような善人のふりをした逸脱に狙われる可能性もあるという訳だ。
「ハザマさん。次の町へ向かいましょう。私達はあのマダムを仮にもやっつけちゃった訳だし、何かあったら大変です。ここから更に東の方に町があります。まずはそこへ向かった方がいいかも知れません」
すっかりと頭痛が治まった彼女は立ち上がって言う。たしかにあのマダムはこの町の有力者、それを殺した罪は重いだろうし、この町の住人はまさかマダムが逸脱などとは思ってもみないであろう。
「……そうだね。急ごうか」
意見に異論は無い。僕とファリアは身支度を整えると、すぐにも宿を出てザカンの町から離れたのであった。