十三話 蝕む金
この場、この時だけかもの関係だが僕とカーフは豪邸から脱出するために協力関係をここに築いた。
「しかし、どうやってあのマダムを倒すんだ?」
僕は疑問をなげる。
「ハザマ、お前の能力をもう少し把握したい。その能力は意図的に発動はできないのか?」
カーフが質問するが、僕はそれに対し残念そうに首を横に振る。
「僕の能力、と言っていいのか分からないがあの声は不意に来るものだ。現に今だって困っている状況だけど声は聞こえない。僕が思うに本当に命の危険性が迫るようなピンチにならない限りは、あの誰かの声は助けてくれない」
「そうか……。しかしその助言でお前は命を繋いでいる。これから私達があの女の所に乗り込めば嫌でも助言をくれるかも知れないと言うことだな?」
「まあ前向きに考えればそうかも知れない……。しかしあまり期待はしないで欲しい。あの声はあくまでも僕を助ける声であって、あなたを助けてくれる声では無いのかも知れない。だから実際は僕はカーフの足手まといになるだけかも知れないんだ……」
僕は謝るように自分でもよく分かっていない自身の能力を説明した。だがカーフはそんな事はお構いなさそうに言い返す。
「──いいや、それでいい。お前はあのマダムの攻撃を避け続けるだけでいい」
「え? 何故なんだ?」
「お前は戦いに関しては素人だな。私と奴がタイマンで戦うとしたら奴の標的は私だけだが、"二人"なら話しは別だ。もし私一人ならあのマダムの攻撃全てを躱すのは無理だが、もう一人標的がいれば攻撃は分散される。この戦いでもっとも大事なのは、私が攻撃に集中できるようにお前がひたすら敵の攻撃を回避をすることだ」
カーフはずばりと作戦を明確に言った。
「なるほど……役割分担という訳か」
「そうだ。私達二人、どちらか一方が殺られればこの作戦は失敗。互いにあの世に行くことになる。一蓮托生の作戦だが──どうだ? その命、お前はかけられるか?」
強いプレッシャーのようにその言葉は僕にのしかかった。失敗は許されない。一度きりの作戦だ。
「ずいぶん無茶な作戦だ……」
「その通りだ。私も、お前も、素性もよくわからん相手に互いの命を預けるわけだからな」
「カーフは……怖くないのか? 正直、僕はいま震えているよ」
「──私もやはり"逸脱"。この心はとうの昔に壊れているのだろう。恐怖心はあまり感じなくなっているのだ。私はお前が抱いている感情がどこか懐かしく、そしてうらやましいよ」
カーフはどこか遠い目をしながら、寂しげに僕に言った。そうか、彼もまた好きで逸脱になったのでは無いのだ。その心はふとした事で自我を失くし、あのマダムのように欲望にまみれてしまうのかも知れないのである。
「すまない、カーフ。どうやら僕は覚悟が足りなかったようだ。あなたの言葉で目が覚めたよ。僕はやる。ここを生きて出るため、そしてそれ以上に僕はファリアを助けたいから戦う……!」
「自分より女のためか──その意気や良し。その強き想いがあれば、お前はこれからもその自身の心が壊れる事は無いだろう。それに安心しろ、私も私で秘策と言うものがある。まあ、お前の能力と同じで不確定要素しか無いのが欠点であるが……そこは運次第だな」
僕は決意をあらわにすると、彼は僕の胸を軽く叩いて渇を入れた。すると、──コンッ。と何か固そうな音が僕の胸から響いたのだ。
「……? ハザマ、お前は何か胸に入れてるのか?」
「いや、何も無い筈だけど……」
僕は自分の胸に手を当てると、何か強烈な違和感を覚える。胸の辺りに固いものがある──そう思って僕は着ている服をはだけると、その正体がわかった。
「──!! これはっ」
自分の胸を見て僕は驚愕する。何と、僕の胸の中心辺りが"黄金"の皮膚になっているではないか。
「しまった! 奴の能力だ……! 身体の黄金化が進んでいる!」
「くっ! くそっ! この──! 取れない……!」
僕は無理矢理に黄金に染まった自分の皮膚を引っ掻いたり叩いたりしたが、その変わってしまった金の皮膚はびくともしない。そしてその黄金は少しずつであるが、じわじわと僕の身体を黄金へと変えていってるのだ。
「お前はどこかで奴の攻撃、黄金化の条件に触れてしまったんだ。何か心当たりはあるか?」
カーフがそう言うと、僕は必死にこの豪邸に招かれた時からの事を思い出す。
「…………僕はマダムに触られたりはしてないが、ここで出された紅茶を口にして──そうだ! あの紅茶には金粉が浮いてた……!」
「それだな。お前は体内に奴の作った黄金を取り込んでしまったんだ。これはうかうかしてられんな。時間は無いぞハザマ、お前が完全に黄金になってしまう前に奴と決着をつける必要がある。急ぐぞ──!」
カーフが部屋から飛び出すと、僕もそれについて行く。長い廊下を走ると、身体の一部が黄金になってるせいか身体が重くなっているのを感じる。事態は思ってるよりも深刻だ。
「カーフ! マダムがどこにいるかわかるのか!」
「奴なら三階の広間でくつろいでる筈だ! もたもたするな──!」
彼がまた足を早めながら階段を駆け上がる。邸内は驚くほどに静まりかえっていた。マダムが必死に僕達を探さないのは、放っておいても勝手に僕が黄金になる事を知っているからであろう。残るカーフは邸内から逃げられない訳だから探すまでも無く、こちらから姿を現すしかないのだ。
僕達は完全に後手であった。しかし不利とわかっていても向かうしかない。カーフの足に負けないよう僕は全力で走って三階の広間へと向かい、明かりの点いたあの黄金の彫刻が並ぶ広間へと僕達は帰ってきた。
「マダム・シアラー! 私をここに閉じ込めた事を後悔させに来たぞ!」
カーフの予想通り、マダムは広間の中央で椅子に座りながら紅茶をたしなんでいた。
「あらまあ。意外と早い登場でしたわね。そっちの彼が黄金になってから現れると私は思っていたわよ」
「マダム。ファリアを元に戻してもらうぞ!」
僕は拳を握って強く言葉をぶつける。
「ほほほ……。あなたの彼女は素晴らしい出来の黄金になったわ。容姿が良い娘は見映えがいいわね」
「ファリア……!」
マダムは黄金になったファリアの頬をなでながら、うっとりとした恍惚の目で黄金になった人達を見て言う。
「正直で真面目な善人も、どんなに外道に堕ちた悪人も、黄金になってしまえば彼等は皆もの言わぬ"美"としてこれからも永遠に輝き続けられるのよ。私は人の生命を黄金にする事によって平等に、等価値にしてあげていますわ」
「ふっ、どの口が言う。貴様はそうやって詭弁をたらしながら一体何人もの旅人を黄金にしてきた。そしてその黄金をいくらほどで王に売りつけた」
カーフがそう言うと、マダムは不適に口を歪ませる。
「東大陸からのスパイがいずれは来るかと思ってたけど、案外早かったわね。あなたは私を始末しに来た? それとも只の偵察かしら?」
「あくまでも推測でしか無かったがな、この所の北大陸からの武器の輸入量、そして金の輸出量が異常であったから私が様子見しに来たのだ。しかし噂を辿って来てみれば大当たりだったな。北のバレリー王もついには逸脱を使って金策に走っていたと言う訳だ。東と北の戦争も以外とすぐなのかも知れんな……」
堂々と剣を構えて、カーフはマダムに言い返す。僕は二人のそのスケールの大きな話しを聞いて、ファリアが言っていた事を思い出しながら置かれた状況を段々と飲み込んできた。
マダムが言ったバレリー王と言えばこの北の大陸の王様である。その王様が異能の者達を使って金儲けをしているとは驚いた。二人の話しは水面下で起こる争いの火種となる恐ろしい話しであった。
「ほほほ……東のセドフ王も随分と焦っているわね。しかし軽率だったわね。迂闊にこの邸内に入り込んだのが運のつき……あなた達は決して生きてここからは出られない。今までも私の黄金を狙って何人もの盗っ人がこの黄金邸に入ってきたけど彼等は全員──ほら、この通り美しい黄金に。ミイラ取りがミイラとはこのことですわねえ」
マダムは広間に揃えられた黄金を見ながら静かに笑う。
「マダム! 人の命こそ平等でも、あなたに他人を黄金にしていい権利などどこにもない!」
「戦うつもりで来たわけでは無いのだが、こうなった以上致し方あるまい。隊長ほどの腕前は無いが──私の剣さばきでその黄金に染まった心を打ち砕いてみせよう! ハザマ、準備はできてるな!」
僕の皮膚がぴしぴしと言う音を立てて黄金へと変わっていく。時間が無い、この黄金は人を蝕む金だ。僕は明確な敵意をもってマダムを見た。
「こんなにも美しくない黄金を──これ以上は増やさせないぞ!」
「愚かな……でもそんな愚かなあなた達も黄金になれば美しくなれますわ。さあ、始めましょう。何分持つか楽しみですわ……!」