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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~四章 忘却の男編~
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十二話 衝剣のカーフ


僕達はお互いに名乗り合うと周囲を見渡して他の追っ手がいないか確かめる。


「とりあえずここを離れるぞ。この豪邸から脱出する手段を考えなくてはならん」


カーフと名乗った男は険しい目つきをすると、


「クルルルルルル!」


奇怪な声が聞こえた。それは壁際にうなだれ、剣撃で倒れた筈のメイドが発した奇声。


「! こいつ──」


カーフが再び剣を構えると、突如メイドの腕がまるでゴムのように三倍ほど伸びて僕達に掴みかかって来たのである。


「なっ!? 腕が──っ!」


「はあああ!」


頼みの剣士が鮮やかに剣を舞わし、その掴もうとした相手の伸びた腕を払った。


「そうかこいつも奴の能力の一部か……!」


剣士は苦言する。廊下を照らす蝋燭の灯りがその敵の正体を暴いた。よく見るとメイドの顔は溶けたバターのような見た目になっていて、それが人間では無く流体の黄金(・・)で出来た動く彫像なのだと彼は察した。


「逃げるぞ! こいつと戦っても体力の無駄だ!」


「わ、わかった!」


僕達は黄金の体躯を自由自在に動かしながら追いかけて来るメイドを、振り払うように全力で逃げる。


幸いにも相手の足は遅かった。徐々にその差を開かせながらがむしゃらに走ると、暗い廊下を抜けた先にある扉が半開きの小部屋を見つけた。僕とカーフはそこに滑り込むように入ると身を隠して一息おく。


「……追ってくる気配は無い。ここならしばらく隠れられそうだ」


「はあ、はあ。あのメイド、人間じゃなかったのか……」


小部屋にあった椅子に腰をかけて息を乱す僕に対して、剣士はその呼吸一つ乱さずに冷静に辺りを警戒する。


「カーフ、あなたは強いな……。僕は今ので、これだけ息が上がったよ」


「鍛え方が違うからな。それより……上の広間で最初お前を見た時はただのコソ泥だと思ったのだがな、どうやらあのマダムに騙されて来ただけのかわいそうな奴だとは思いもしなかったぞ」


僕はカーフのその言葉で頭を上げると、彼を見た。


「僕達はただ旅をしてるだけの旅人だ。あのマダムの好意で、今日はここに泊まらせてもらう筈だっただけなのにどうしてこんな……」


「奴は自分の能力に溺れた哀れな逸脱だ。だが厄介なことに逸脱ってのは、理性が無かったり欲望に忠実な奴ほどその能力が強力になるんだ。奴は自分の欲望を抑えてない。この一から十まで黄金に埋め尽くされた豪邸がいい証拠だ。ハッキリ言って奴の能力は俺の能力よりも強い」


僕と同い年ほどの彼は少し苛立ちながら敵の能力を褒めた。


「カーフはどんな能力なんだ? さっき見たぶんじゃ君の能力も中々のものだが……」


「……俺の能力は振った剣から衝撃波を出すだけ、捻りの無い単純なものさ。その変わり俺は逸脱の中ではこうやって理性がある方にとどまっているんだがな」


カーフは自分の剣を触りながらキザっぽく言った。


「しかしお前も見てわかったと思うがマダムの能力はかなり危険だな。あの黄金を操る能力……お前の彼女もマダムにやられたのだろう。だからあのように黄金にされてしまったのだ」


「やっぱり、あれはファリアなのか……。ファリアは生きてるのか!? 元に戻す方法は無いのか!?」


僕は思わず声を荒げる。


「落ち着け。奴の能力でああなったのなら奴を倒せば能力は解かれる筈だ。奴は何も知らん旅人を善人面でここへ招いて黄金にして富を築き、己の欲望を満たしているだけだ。害にならん普通の人間は無意味に殺したりはしないだろう」


「そうか……よかった。ファリアはまだ生きている……それだけで心が楽になったよ」


僕は彼女の安否を確認できると胸を撫で下ろした。


「安心するのは早いぞ。奴を倒さない限りは我々はここから出ることさえ出来ないのだからな」


「……カーフはあのマダムが悪い奴だと知ってここへ来たのか? マダムは君をスパイ(・・・)と言っていたが……君は何者なんだい?」


僕はファリアに最初に出会った時、この北の大陸と東の大陸の関係性の悪化を聞かされていたのを思い出していた。それはたしかこれからもしかしたら始まる戦争、そのために東の大陸から凄腕の逸脱が来ているとの噂だった筈だ。


「……悪いがそれは言えない。ただ、私は良からぬ噂を辿っていたらここへ着いた。私は使命……いや、単に悪い奴を見過ごせないからここへ来た。そう言うことにしておいてくれ」


彼は何だかバツが悪そうにそう言った。だがそう言われたのなら僕も納得するほかあるまい。現に彼に命を救われているのだから文句なんて言える立場では無いのだ。


「わかった。すまない、余計な詮索をして」


「……私からも一つ聞きたい。ハザマ、お前は逸脱だな? それも私とは違うタイプ、お前はもしかして相手の心を読めるとかそう言った能力じゃないのか?」


カーフは少し迫るように僕に問う。


「……すまない。それがよくわからないんだ」


「わからない? 自分の事なのにか?」


「僕は記憶を失っているんだ。どこで生まれ、育ち、学んだか……何も、何一つわからない。さっきのは僕の頭に突然響く"声"がアドバイスをくれたんだ。これが能力なのかもわからない……だから僕は旅をし、そして僕を助けてくれた恩人の孫である彼女の手助けをしているんだ」


僕は自分の事ながら申し訳なく全てを話す。すると彼は黙って僕の話しを聞きながら静かに頷いた。


「なるほどな……。辛いな、同情をする。──これは私の勘だが……恐らくお前は"逸脱"だ。その能力は多分、お前の一部に過ぎん。記憶を失うってのは余程の事だ。これは簡単な仮説だが、お前は本当になんらかの事故で脳にダメージを受けて記憶を失った、もしくは考えられるのは記憶を奪われた(・・・・)、それか封印(・・)している。このどちらかだと私は考える」


カーフは真剣な眼差しで答えた。


「どういうことだ?」


「この世には様々な能力を持った逸脱がいる。お前は誰かと戦い、敗れ、その記憶を奪われて野ざらしにされた……」


「なるほど……。では封印と言うのは?」


僕は相槌を打ちながら彼を見る。確かにマダムやカーフのような能力を見ればそんな奴がいても不思議では無いだろう。


「お前の能力が強力すぎて脳がストッパーをかけるように記憶を消去した可能性だ。これが"封印"。お前はお前の手でその強力な能力を思い出さないように記憶をさっぱり消したって訳だ」


「僕が……僕自身で? そんな……」


前者に比べるとこれはあまりピンとこない。それじゃあ僕が危ない奴みたいで、あまり認めたく無いというのもあるのだろう。


「カーフは実際に記憶を奪う逸脱や記憶を封印した奴を見たことがあるのか?」


「私も色々な奴を見てきたが……記憶を操る逸脱は見たことが無いな。記憶を失くした奴ならあるが……正確にはそいつは能力を使いすぎた(・・・・・)せいで身体に負担をかけてしまって、脳の神経が切れて自我が崩壊した。その結果、そいつは口も身体も動かせない廃人になった。記憶を失ったというよりかは精神が死んだ、と言った方が正しいか。だからお前の場合はその一歩手前までの状態になった可能性があるな」


僕は身震いをする。自分の過去にそんな恐ろしい事がある可能性があるのかも知れないと言うだけで恐ろしい。


「もちろん、これは私が簡単に考えた仮説だ。このどれとも当てはまらない事も充分にある。そう心配するな」


「……あまり脅かさないでくれ」


「ふっ、すまんな。ああ、それともう一つだけ仮説がある」


カーフは壁に背を預けながら静かに語る。


「さっきのあのメイドを思い出してくれ。あいつみたいに誰かの能力で動くタイプ……あのメイドは間違いなくマダムの能力だ。マダムは黄金を操り、普段から黄金で作ったメイドを従えて身の回りの事をさせているのだろう。自分の目の届く範囲、もしくはこの豪邸限定であのメイド達は活動できることが伺える」


「? ああ、それはわかるが……」


僕は急に出てきたあの黄金のメイドの話しに首をかしげた。


「……つまりは、お前も誰かに作られた存在(・・・・・・・・・)という可能性があるという事だ」


突拍子もないことを彼が言うと、僕は目を丸くした。


「冗談はよしてくれ……僕は僕だ。こうやって自分の意思を持てるれっきとした人間だ」


「ふっ、そうだなすまない。安心しろ私が見た限りじゃお前は人間だ。まあそんな変な声が頭に響く奴は普通の人間じゃないのは確かだがな。なんにせよお前はその能力を持ってる限り普通にはなれん。だからハザマ、協力しろ。お前の能力と私の能力を駆使してここで奴を倒すぞ」


カーフはそう言うと僕をまっすぐと見つめた。僕はそれに答えるように力強く首を縦に振る。


「僕からもお願いしたい。ファリアを、一緒に助けてくれないか」


「決まりだな。この一時(いっとき)であるが、この衝剣(しょうけん)のカーフ──共に戦う(つるぎ)となろうぞ」





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