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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~四章 忘却の男編~
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七話 天の声


冷たい風がひゅるりと吹いた。その風を追い風にするようにガンツは手に持った僕の短剣を鋭く振るってきた。


「そおら!」


「うわっ!」


僕はその攻撃を避けるというよりも逃げる(・・・)に近い形で何とか回避する。


「もう止めて下さい! お金ならあげます! だから私達を見逃して下さい!」


ファリアが泣きそうな声で叫ぶ。しかし敵の攻撃は止まらない。僕は足下の雪に足を取られて大きく転ぶと、敵は冷ややかな目をしながら短剣を突きつけて僕を見下ろした。


「お嬢さんそいつぁ無理だ。旦那達はあっしの能力を知っちまったんでねえ。悪いがこの冷たい雪の下で眠ってもらわないと困るんですよ」


ガンツはそう言うと短剣を握り直して僕に(とど)めをささんと高く掲げた。


「悪いねえ、こんな逸脱にとっちゃ生きづらい世の中が悪いんですよ。旦那にゃ申し訳ねえですが──お命、頂戴!」


「やめてええーー!!」


響くファリアの悲鳴、キラリと輝く男の凶器が確かな殺意を持って僕の心臓に刺さらんとする──。


『雪の中だ──右手を伸ばせ!』


また、誰かの声が聞こえる。僕は考える間も無く必死で右手を伸ばすと、その声の真意を理解する。


ギィンッ!


「!?」


──命を奪うその攻撃は防がれた。刃と刃がぶつかる甲高い音と共に僕は救われた。


「そいつぁ……」


「ぐ……!」


僕を救ったのは"短剣"である。だがその短剣は僕の物では無い。先程、僕が蹴り上げたことで雪の中に埋まってしまった敵の短剣であった。


何者かの声はその短剣のありかを教えてくれたのだ。右手を伸ばした先に丁度あったその得物のおかげで僕は何とか敵の攻撃を防御できた。


「ハザマさん!」


「大丈夫だ! まだ……まだ戦えるぞ、僕は!」


ぎりぎりとつばぜり合いをする僕とガンツの力はほぼ互角だ。僕は相手の腹部に蹴りをいれようとするが、それを察したのか敵は素早く後ろにひらりと跳んでこちらを睨んだ。


「…………なあ旦那ァ。あんたやっぱりちょいと変ですぜ。身体能力は中の中、強そうな気配も感じられねぇ……それなのにさっきから旦那は勘が良すぎる(・・・・・・)。正直異常だ。普通この銀世界の如く覆われた雪の中であっしの短剣を見つけますかねえ?」


「……僕も驚いてるよ」


「ははっ、他人事みたいに喋るんですねえ。短剣の落ちた場所を覚えていた? いいや、それは無い……確かにあの時旦那は必死だった。視線だってあっしを見ていたし、あっしですら短剣がどこに落ちたかなんて大体でしかわからなかった。それなのに旦那はまるで知っていたかのように雪の中に手を突っ込んだ──そう、探す素振りもしないでねえ。旦那ァ、もう一度聞きやす。あんた何者なんで?」


ガンツは明らかに警戒心を増してそう言い放つ。しかし聞きたいのは僕も同じだ、僕は自分が何者なのかなんて知らないのだから。


しかし、一つだけわかった事がある。それは、


「(この誰かの"声"は僕に味方をしている……!)」


この正体の知らぬ声は確信を持って僕の手助けをしてくれているということ──この状況下に置いては救世主と言っても過言ではないということだ。


「ハザマさん気をつけて! あいつはまた短剣を盗んでくる筈です!」


「──いいや、ファリアそれは無い。それなら奴はさっきのつばぜり合いの時にもう盗んでる筈さ。そうだろ──盗っ人?」


ガンツは額から少し汗を流して口を歪めた。


「……バレちまってますなあ。そうですぜ、あっしの能力は"他者の持ち物を盗む"。その短剣は元々あっし(・・・)の物……あっしはあっしの物は盗めないんですよ……」


「もしお前が何でも盗めるのなら僕はもう死んでいた。どうやら逸脱ってのは能力に何らかの制限や限界があるみたいだな。それと、お前はたぶん目に見えている(・・・・・・・)物しか盗めないんだろ? だから最初から金を盗めないからこうやって襲うしかできない──違うか?」


僕は自分の推理を言うと、ガンツは青ざめた顔で後ずさりをする。


「まさかそこまでお見通しとは……いやあ、旦那をちょいと甘く見ていやした。これ本当に」


「……僕は彼女を守ると約束したんだ。こんなところで、やすやすと負けられないんだ……!」


僕とガンツは距離にして五歩分の間をあけて様子を伺う。互いが一挙一動を見つめ合う膠着状態が続く。そしてしびれを切らしたのか、奴はこう提案をしてきた。


「──やめだやめだ。どうです旦那ァ、今日はこれにて終いにしやせんか? 悪いがあっしはもっと楽なカモから金を盗みたいんですよ。旦那みたいなよくわからん勘の良いのは相手にしたくないんでねえ」


ガンツは構えた短剣を下ろしてため息まじりに言ってきた。


「……僕だって無駄な争いは避けたい。第一に彼女の安全を確保したい──が、お前はまたどこかで人を襲って金を奪うんだろ? それを見過ごすわけにはいかない」


「ハザマさん……」


僕は率直な意見を相手に伝える。だが盗っ人は頭をかいて鼻で笑った。


「旦那ァ……わかりやしたよ。よくわかりやした」


男の言葉で僕は肩の力を少し抜く。


「そうかわかってくれたか──」


「ええわかりやしたとも──旦那とは意見が合わないって事がねえ!」


ガンツは言葉の終わりと共に僕に向かって短剣を振るう。それは明確な意見の相違、決裂の意思表示。その攻撃を僕は短剣で何とか防御する。


「くっ! まだやるのか!」


「旦那ァ! 世の中にはあっしみたいな不器用な奴もいるんですよぉ! あっしは"盗み"を生きがいにしてるんだ! 悪いがやめられない止まらないんでねえ!」


興奮した攻撃が僕を襲う。ファリアから聞いた通りだ……。逸脱とはやはりどこか理性が飛んでいるらしい。この男は加害者であり、"逸脱"に縛られた被害者でもあるのだろうか。


『右だ! 左! 半歩下がれ!』


キィン! ギィンッ!


「くっ……!」


「旦那ァ防御ばっかじゃ後が無いですぜぇ!」


何とか何者かの声を頼りに僕は防御する。その猛攻に押されるように僕はずるずると後退する。気がついたら道の端まで追いやられていて、後ろには僕の腰くらいの高さの雪が積もってあってこれ以上は逃げられなくなっていた。


「ハザマさん頑張って──!」


ファリアの必死の応援が聞こえる。敵は荒削りながら短剣を振るう事を止めない。退路無きこの状況で僕の中にまた声が響いた。


『──倒れろ!』


今までの指示とは違う、だが僕はもう何の迷いも無くこの声の言うことを信じ、身を任せるように後ろに倒れた。


勢いよく後ろに倒れると雪が反発しないクッションのように僕の身体を包む。完全に戦う姿勢では無い、むしろ手が埋もれて身動きができなくなってしまった。


「旦那ァ観念しやしたか! 覚悟──!」


それを好機と、ガンツは僕に向かって覆い被さるように短剣を突き刺してくる──その瞬間、


『今だ! 右足を敵の腹に──!』


僕は言われた通り覆い被さってきた男の腹に自分の右足を立てた! 立てた右足は敵の腹に食い込むと、


『そのまま思い切りかち上げろ──!』


声が木霊する!


「うおおおお!」


蹴り上げた足は敵の突っ込んできた勢いと相まって、男を(くう)へと投げ飛ばした!


「どおお!?」


投げられたガンツは道から大きく外れた雪の中に下半身を埋もれさせ、驚いた表情をした。


「旦那やりやすねえ! でも投げたからってここは雪の中、ダメージなんて何にも無いですぜ」


そう言ってぴんぴんとしながら男は笑った。僕はすぐに起き上がって再び短剣を構える。


「さあ、まだまだ行きやすよお!」


ガンツは埋もれた下半身に力を込めてこちらに飛ぼうとした──その時であった


ドガシャァッッッ!!


地鳴りが響く! その響きは敵の足下からであった。彼が踏み込んだその足場は大きな轟音と共に崩れ、そこに巨大な穴が現れたのだ。


「穴!?」


「なっ!? これは!? クレバス(・・・・)!!」


クレバス──それは大自然が作り出した罠、この北の大陸では珍しくもない雪渓(せっけい)に仕掛けられた魔の穴。雪に隠れて見えなくなっていたのだ。ガンツは踏んだそこはまさに穴の中心、力を込めたが故に崩れを起こし、巨大な大地の割れ目が姿を現した。


僕はその穴のまさに(ふち)に立っていた。瞬く間に落ちるガンツをただ驚きながら見る。


「うおお! 旦那ァ! 今回はあっしの負けだあ! だが覚えておいてくんなせえ! 次は必ず────……!」


深い深い、暗い穴の底へとガンツは最後までその軽口を叩きながら落ちて消えていった。


「ハザマさん! 危険です下がって!」


ファリアの言葉で我に返った僕は尻餅をついてクレバスから距離を取った。


「よかった……ハザマさんが無事で」


ファリアが僕の手を握って安堵の息をもらす。


「あ……危なかった。まさかこんなところにクレバスがあるなんて……」


僕は突然の事にまだ心臓がばくばくと高鳴っている。あと一歩でも進んでいたら僕は奴と一緒に奈落の底へと落ちていただろう。


「(……あの声はここにクレバスがあるとわかって僕に相手を投げさせたのか……)」


僕は少しだけ何者かの声が怖くなった。しかしその声のおかげで勝てたのもまた事実、僕はたぶん生まれて始めての戦闘にひとまずの勝利と安心を感じる。そしてこの何者かの声──いや、これはもしかしたら人を救う天の声なのか、それとも……。






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