四十六話 復讐の乙女
「ぐふぅ~……お前の腕、美味かったぞ。さて涙の別れは済んだのか? そんな機械如きが壊れたくらいで涙を流せるなど、お前達も"暇"よな。動いたら腹が減ってしょうがないわ、そろそろメインディッシュといかせてもらう……その肉、骨の先までワシが喰ろうてやろうぞ」
ジェロンは舌なめずりしながらこちらを捕食者の眼で見る。こいつには人間など全て同じような餌にしか見えないのだろう。機械など全てただの物にしか見えないのだろう。その絶対的な"上"からの発言に私とバラコフは業を煮やすように立ち上がった。
「サンちゃんは……サンちゃんは機械だけど、それでも人の心を理解して人間以上に熱く、固い"意思"を持っていた……! それを、それをあんたなんかが知ったような口で偉そうに喋ってんじゃないわよぉ!!」
「サンゴー……サンゴーは私の大事な、大切な友達だ──! お前なんかに何がわかる! 私はお前を倒す! これまでの、今までの、これから先、お前が犯した罪──ここで私が裁く!!」
「やってみろ愚か者共、数分後には有無も言わさずワシの胃の中に収めてやろう」
部屋には、二つの空気がぶつかり合っていた。燃えるような激情をあらわにする私達の方は熱い風が、静かにそれを見据えるジェロンの方は冷たい空気が流れる。
──そして、その空気がぶつかる一瞬の間と共に一方が動き出した。
「シッ!!」
先の先を仕掛けるは、私である。鋭く放った呼吸が体幹を躍動させる。
目指すは敵の顔面──その鼻っ面!
「『鉄掌破』!!」
繰り出す腕は鋼鉄の友の腕! 銀の拳がジェロンを討たんと風を切る!
「──『防獄・呪壁』」
ガァィィィィンッッ!!
それを阻止せんと極めて落ち着いてジェロンは、正面に地面から骨のような突起物を何十本も出して私の技を止める。
「そうだよなあ、呪いの効かぬその腕ならワシを殴れるからそうするよなあ。なら簡単だ、それさえ止めればいいだけの話し──骨よ! その腕をもいで女を串刺しにしろ!」
ジェロンが号令をかけると、壁となっていた鋭く尖る骨が私めがけて襲ってきたのだ。
凶暴に迫る骨、しかし私は退かない──なぜならは、一人では無いからである!
「──いまだ! バラコフ!」
「リリアンよぉ! 『流転の愛』!!」
バキィィィンッ!!
すぐ後ろで構えていた友が骨に向かってその拳骨を叩いた! 硬く鋭く尖った骨は飴細工のように砕けたのである!
「いまよぉ!」
「くらえ! みんなの仇──!!」
壁が壊れ、無防備となったジェロンに乙女は銀の左腕を振り上げた! 最大の勝機はここに来たれり──!
誰もが復讐の成就を確信する一撃──その筈であった
「──ふぇ……ふぇふぇふぇ──どうした……?」
「──お前……!」
ジェロンを目の前にして、その必殺の一撃はピタリと止まった……。
私の攻撃を止めたのは敵の攻撃によるものでは無い──むしろ、それよりも凶悪なものである。
「お──お姉さん……」
私の目の前に唐突に現れた──それは、拐われたスベンとスーラであった。
ジェロンは左右の手でスベンとスーラの頭をがしりと掴んで私の前に出し、"盾"にしたのだ。
「坊やたちぃ!」
「ワシがそこの逸脱の能力を忘れているとでも思ったのか? そこから少しでも動いてみろ、この餌共の頭をワシはもいでくれよう」
「卑怯な……お前は……!」
「卑怯? 当然の戦術だ。ワシはお前達のような甘さは持ち合わせておらん。言っただろう、お前の運命はこの部屋に入った時から"死"という決定的な運命が決まっているのだと……骨よ! 再生しろ!」
ジェロンの声で地面に散らばった砕けた骨達が再びカタカタと動き始めると、元の鋭い形に再生しようとしている。
「お、お姉さん……助けて……」
その光景を見て恐怖に染まる子供達、スーラの震えた声が私達の耳に悲痛に届く。
「大丈夫よ──安心して、二人は必ず助けるわ」
私は根拠の無い自信であるが、これ以上子供を恐がらせないためにも笑顔で答える。そうこうしている間にも、骨はほぼ形を整えようとしていて私を殺す準備が終わりそうである。
「これがお前達の、人間の弱点だ。情に流され、大局を逃す──ワシに勝つためにはお前はワシ以上に非情にならなければいけなかったのだ。だが安心しろ、最終的にお前達はワシの胃の中で一つになれる。それを喜びと思って死ぬがよい──終わりだ」
「ヴィエリィ!!」
何十もの鋭い骨が私に的をしぼってその尖った先端を向けた。ジェロンは笑い、子供は怯え、バラコフが叫んだ。
「(────ここで死ねない……! みんな、みんなを助けるんだ……! 私は勝つ──勝ちたい──勝たなければいけないんだ──!)」
私はその闘志に燃えた瞳をジェロンから逸らさない。いつだって逆転の一手は──最後まで望みを捨てない者にこそ訪れるからだ──。
──カッッ──ボォォォォンッッ!
──それは突然、部屋に起こった異常である。
白い……白く、あまりにも真っ白な閃光が爆発音と共に部屋全体を包んだのだ。
「な、なんだ──!?」
「なんの光ぃ!?」
その眩しすぎる光は、部屋の中にいる者の視界を奪った。しかし、ただ一人を除いてその光の中で動ける者がいた。
光の出でし場所は私の後方、それは私だけがその光の眩しさに捕らわれないように仕向けられたかのような現象であった。
「──サンゴー……!」
真っ白な光を背にした私は、何かに気づき、何かを感じた。
それは友が背を押してくれるような感覚……私に『勝て』と言ってるような、そんな不思議で暖かな光。
私は──この刹那、自分の身体が過去最高に燃え上がるのを覚えた────!
「うおおおおおおおお!!!!」
何も考えずに、私は突っ込む。視界を閉ざされたジェロンはその眩しさのあまりに両手を子供達の頭から放して目を覆っていた!
ガシィッ!
唸る左腕が敵の首元を掴む!! 二度と離さぬような剛力で掴んだ鉄腕はそのまま憎き敵を壁際まで押し、叩きつけた!!
「ガッ……離せっ……! 離さんか……!」
「おおおおお!!」
今ここに!! 最高の勝機、決着の時である!!
友の左腕が、熱く呼応した──!! 必殺の時、ここに来たれり!!
「くらえぇぇ!!」
「貴様ッ!! 餌の分際でええええ!!」
ジェロンの首根っこを持った乙女と友の友情の鉄腕、その肘が敵の腹に当てられた!!
「『裡門焼破』!!」
熱が高まる!! 最高点に達した肘から出される高熱のレーザーは全てを焼きつくす光の帯である!!
バシュウウウウウウウウウウッッ!!
「ば…………馬鹿……な…………」
誰もの視界が開け──乙女の左腕から煙が立つ。壁に張り付けられたジェロンの腹には円上に黒く焦げた後……そして向こう側までハッキリと見える大きな穴が空いていた──。