四十二話 呪獄のジェロン
「ひ、人を……食ったぁ……!」
バラコフはその凄惨な光景を見て、思わず腰を抜かした。ジェロンと名乗った男に頭をバリバリと食われた若者、その残った身体は男の手の中でびくんびくんと痙攣をしている。
ジェロンの口から赤い鮮血がどろりと流れ出ると、彼はけたけたと笑いながらこちらをじろりと見つめる。
かくいう私もその衝撃を目の当たりにして、足がすくんでいた。男はもう痙攣すらしなくなったその若者の残骸を、私達に見せつけるように足先から飲み込むが如くおおげさにまた食べて見せた。
バキッ……グジュ……ゴリュッ……。
不快な音が聞こえてきた。人が食われる音とはこれ程までに神経に障るのか、私達の反応を楽しむようにジェロンは楽しげな目つきでこちらの様子を伺う。
「わ、私達の!! 村の人はどうしたんだ!」
「そ……そうよぉ! ヴァスコ村のみんなを返しなさいよぉ!」
「お前達の村……? さてな、気になるなら"上"に問うがいい」
やっと自分の喉から出た言葉は聞かなければいけない疑問であったが、男の言葉で私とバラコフはその考えうる最悪の未来を想像するのに時間はいらなかった。
「おじいちゃーん!! 私よ! ヴィエリィよ! いたら返事して!!」
「ラポ婆さーん! ノリスさーん! メリーちゃーん!! お願い! 誰か、誰かいないのぉ!?」
ざっと上を見渡し、大小ある無数の鳥籠に私とバラコフは呼び掛ける。
だが、それに答える者はいない。聞こえてくるのは怯える声とうめき声だけである。
「そんな……」
「誰も……誰も……返事がないわぁ……」
私はがくんと膝が折れ、ゆっくりと地に伏す。バラコフも同様に顔から生気が抜けたように、茫然としている。
「どうやらここに来た意味も、何も無かったようだな」
ジェロンは若者を全部食べきったのか、さっきまで咀嚼していた顎をなでながらあざ笑う。
「──……して」
「ん?」
「──返して!! 村のみんなを!! 今までいなくなった人達を!! 私のおじいちゃんを!!」
私は怒りと悲しみ、それらの感情がぐちゃぐちゃに混ざったかのような顔と声で叫んだ。
「なんでぇ!? なんでこんな事をするのよぉ!? あんたの目的は何!? なんで……なんでこんな酷いことを……!」
「ふぇふぇふぇ……何かと思えばこの状況でそんな事を聞くのか。いいだろう、教えてやろう。ワシはな何十年かに一度、とても"腹"が減るんだ……それはそれは恐ろしい空腹にだ。その原因は普段からワシの呪術が大きく働いているためであるからだ」
バラコフが泣きながら訴えると、ジェロンは上から聞こえてくる人々の嘆きに乗せるように淡々と話し始めた。
「ワシはこの地を拠点にし、今も呪術を使い続けている。そう……何百年もな。だからそれを補うだけの"栄養"が必要なのだ。ワシは偏食でな………この身体になってからは人間しか食えなくなったんだよ。だが人こそは栄養の塊、いやこの力を使い続けるには必要な絶対的であるエネルギーを秘めているんだ……。わかるか? そう、この大陸には『逸脱』が沢山いるのだ。それも普通の人間と共存して各地で暮らすほどにな」
「だから……だからなんなのよぉ!?」
「気づかぬか? 『逸脱』こそが人の極致であり、得も知れぬ力が、栄養が、究極の"旨味"があるのだ……!」
その言葉は狂気に満ちていた。ジェロンは高らかにしゃがれた声で笑うと、口から溢れ出たよだれをじゅるりとすすった。
「そんな、そんなことが目的で……!」
「そんなことか……。お前達にはそうだろうな。だがワシには大事な事だ。各地の村落の民をワシの呪術で小さくし、ここへ持ち帰り食らう──わりとこれが労力なんだ。その際に逸脱では無い普通の人間も混ざるが、そこはまあしょうがない。ワシには見ただけでは判別できんからな。だから、食って確かめるのだ──それが"本物"かどうかをな……!」
ジェロンがそう言うと、また彼の頭上から鳥籠がするすると落ちてきた。その鳥籠の中に乱暴に手を突っ込むと、今度は若い女の人がその魔手に掴まれている。
『いやあああっ!! やめてええぇぇ!!』
身体の小さくなった女性の叫びは、こちらまで充分に届いて来る程に悲鳴をあげている。
「やめろーー!!」
私はそれを見て思わず男に殴りかかろうとするが、勢いよく地面を蹴った瞬間──大きく転倒してしまった。何かにつまづいた……のでは無い。
「ヴィ、ヴィエリィあんた……背が!」
バラコフの言葉で私は自分の身体に異変が起こってるのに気づいた。私もバラコフ同様に、明らかに背が縮んでいる──元の身長より顔一つ分ほど低くなっていたのだ。
「ぐっ、くそ!!」
すぐに立ち上がるも、ジェロンに掴まれた女性はすでにその上半身の半分が無くなっていた──。バキバキ、ゴリゴリと、骨を砕き、肉を吟味する音が奴の口の中から聞こえてくる。
「ああ……!」
「グェふぇふぇ……やはり若い女の肉はよく弾むな……! 安心しろ、お前達もワシが骨の一本残さず食ってやるからな。それともそこから飛び出て火炙りでもワシは一向に構わんがな────ん?」
絶望する私達を見て、その若い肉を咀嚼しながらこちらを笑うジェロンは何かおかしな事に気づいた。
それは、私達の後ろに静かに佇む彼を見て首をかしげたためだ。
「貴様──なぜ背が縮まん?」
私の身長は十数センチ前後、バラコフに至っては20センチ強の身長がすでに縮まっているのに対して、彼はこの部屋に入ってからその身長を一ミリ足りとも小さくなってないのだ。
「──ヴィエリィ、バラコフ。オ待タセ シマシタ。コノ部屋ノ、札ノ場所ヲ特定シマシタ。コレヨリ、攻撃ニ移リマス──伏セテ下サイ!」
サンゴーがそう号令すると、私とバラコフは目を合わせてその場に伏せる。
「圧光焼破! 出力最大!」
サンゴーは肘を曲げ、ジェロンに向ける。その刹那、一筋の熱閃光が敵に向かって真っ直ぐに飛び出た──!
「ぬぅ!? 『防獄・呪壁』!」
敵を撃ち抜かんとした光の熱線! だがジェロンはそれが何の脅威か感づいたのか、すぐさまに自身の目の前に手を思い切りつくと、地面から尖った骨のような突起物が瞬時に突き出し、光の熱線を受け止めてその身を間一髪で守った。
「貴様! 人ではないな!? 何奴だ!」
「本体ヘノ直接攻撃失敗。第二行動コレヨリ、札ノ破壊ヲ実行シマス」
サンゴーは驚くジェロンの言葉を無視すると、その肘から出される長いレーザーを放出させながら、ぐるんと一回転する。
回転したレーザーは円を描くように部屋の四方に張ってある札を全て焼き切った。
「ワシの呪式が……!」
「札ノ破壊ニ成功。ヴィエリィ、バラコフ、反撃デス! 今コソ、立チ上ガル時デス!」