三十八話 ブリガディーロ村
「はぁ~~……」
昼間の馬車の中ででかいため息をするバラコフ、このため息は道中で何回も聞いた。
「まだ落ち込んでるの? カー君ならまたすぐに会えるよ」
パラカトの町を出て途中まで一緒であったカーニヒアは事件の調査のため、また別行動をとり私達の馬車から抜けたのだ。
「バラコフ、何故彼ヲソンナニ慕ウノデスカ? 面識ガ少ナイノニ、クエスチョンデス」
「……リリアンだって何回言ったらわかるのよぉ。あーあヴィエリィもサンちゃんも乙女心がわかってなくて困るわぁ」
「乙女心? バラコフハ、男デス」
「うるさいわねぇ!」
バラコフはサンゴーの頭を太い腕でヘッドロックすると、ムキーと言いながら怒る。
そんな二人を横に私は山岳地帯が続く外の景色をぼんやり眺める。パラカトの町を出て四日が経っていた。あのヴライとの激闘で受けたダメージは、私もバラコフもサンゴーもなんとか癒えて旅をするまでに回復した。
正直私達は相当運がいいだろう。ここまでこんな突拍子で旅をして逸脱に襲われ、有り金を奪われ、死ぬような怪我をしてもこうやって生きてるのだから世の中わからないものだ。
願わくばこの幸運がこのまま続けばなと思うが、私達の村……いや、いまやこの南大陸全体の問題となった行方不明事件の犯人はこれまでの敵よりももっとずっと危ない奴な気がしてならなかった。
しかし後へは引けない。この旅は覚悟に満ちた旅だ。私は周囲を覆う太陽に照らされた赤い山肌を見ながら、普段はしない不安のようなものを少なからず感じていた。
「そろそろブリガディーロ村に着きますよー」
馬車を手繰る御者が声をかけた。私達は向かう先を見ると、山岳地帯にポツンと構える小さな村が見えてきた。
「あれが──」
「ブリガディーロ村……」
私とバラコフのひとまずの旅の目的地である『ブリガディーロ遺跡』にもっとも近い村、それがブリガディーロ村である。その村に約三週間ほどかけてやっと着いたのだ。
「ヴィエリィ、ブリガディーロ村ハ廃村ナノデスネ」
「そうよ。カー君の話しによればね」
ブリガディーロ村──この村は廃村である。今から五十年前、多数の行方不明者が出たマスナウ村事件が起こったさいに次いで消えた村だ。マスナウ村はブリガディーロ遺跡からは少し離れている。なのにその後にマスナウ村周辺でなく、何故かブリガディーロ遺跡周辺の村や集落から行方不明者が多数出たのだ。
行方不明者は衣服だけを残して消え去る──。その意図はわからないがおそらく犯人は遺跡を拠点にしていたのだろう。それには必ず理由があり、そして五十年前の犯人がもしまた再犯しているならばそのヒントがある筈と私は踏んでいるのである。
「──さあ、着きましたよ。お疲れ様です」
御者が言うと私達は廃村へと降り立った。風化した家や井戸、そこら中に雑草が生えているかと思ったが──
「あれ? なんかそこまで廃れてない……?」
私は村を見渡すと、所々が小綺麗になっているのが目についた。はっきりと言えば村全体はぼろぼろなのだが、がたついた家の屋根が不器用ながらも修理されていたり、水場である井戸も妙に手入れされたような跡がある。
「ちょっとぉこの村って廃村なんじゃないのぉ?」
「へ、へえ。その筈ですが……」
バラコフが御者にたずねると、御者もよくわかってはいないようだった。
「コノ村、少ナイデスガ生体反応ガアリマス」
「人がいるの?」
「ハイ。丁度、コチラニ向カウ反応アリデス」
サンゴーがそう言うと、村の奥から破れた服を着た一人の老人が歩いて来た。老人は声が届く距離でぴたりと止まると、
「この村に何か用ですかな」
しゃがれた声で問いかけてきた。
「こんにちは、私達は旅の者です。失礼かも知れませんがこの村は廃村だって聞いたんですが……?」
「ああ、廃村だよ。だからわしらのような流れ者が利用しておる。ここは各大陸から迫害を受けて流れてきた者達の集まりだ」
老人がそう言うと同時に、村のあちこちからぞろぞろと十数人の老若男女が物影から現れこちらをじろじろと見つめる。
「わっ、こんなにいたのねぇ! やだわぁあたし達別にあなた達を追い出そうとか考えてないから安心してよねぇ」
「わしらはここで細々と暮らしてる逸脱じゃ。……すまんな、普段こんな所に旅の者なんてこないから少し警戒してしまってな」
「大丈夫ですよ! 私達はそんな差別なんかしないし、それにここにいるバラコフも皆さんと一緒の逸脱だから!」
「リリアン! あたしの名前はリリアンよぉ!」
私達の言葉に住民達は少し安心したのか固い表情が少しやわらぐ。
「おい! お前達ほんとに差別しないのか?」
「スベン! だめだよ、そんな喧嘩腰はよくないよ……」
人垣の中からぶっきらぼうな口調で飛び出して来たのは、まだ十歳ばかりの二人の子供であった。片方の男の子がこちらに問うと、もう片方の女の子が彼の腕を掴んでなだめるように言った。
「あらぁんかわいい坊やねぇ! 大丈夫よぉお姉さん達はそんなことしないわぁ」
「「お、お姉さん……?」」
「バラコフ。子供達ガ、困惑シテマス」
「リリアンだっつってんでしょ! おぉん!?」
荒れるバラコフとサンゴーのやり取りは置いといて私は子供達に近づくと、しゃがんで目線を合わせる。
「ふふ。ちょっと変わってるでしょ? あっちのオカマでマッチョな方がバラコフ。で、そっちの帽子被った変わった声の方がサンゴーよ。二人ともいい奴だからよろしくね。あっ私はヴィエリィ! あなた達の名前は?」
「あっ……わたしは『スーラ』って言います。ほら、スベンも挨拶して」
「……スベン。スベンだよ」
私は二人の名前を聞くとにこりと笑う。
「いい名前だね! この南大陸は逸脱を差別する心の器が狭い奴なんていないから大丈夫よ! もしいたら私がぶっ飛ばしてやるわ!」
「ふん。あんたは……強いのかよ!」
スベンはそう言うと私の足を踏んづけた。
「スベン! 駄目だよ!」
「あはは! 中々の蹴りだね! もちろん私は強いよ! ここまで来るのに何人もの強敵と戦ってきたのよ。そんじょそこらの奴には負けないからね!」
私はそう言って笑いながら話をすると、スベンとスーラの二人は顔を見合わせる。
「スベン。この人達は悪い人じゃないよ。悪い人にこんな笑顔はできないわ。さっきのことあやまらなきゃ」
「……あーはいはい。わかったよ。でもおれは別に心を許した訳じゃないからな!」
「あっ待ってよスベン!」
スベンは鼻をふんと鳴らして走って立ち去ると、スーラはそれについて行った。
「いやいやすみませんな、まだ子供なもので。あの子らは他所の大陸で親や里に捨てられたかわいそうな孤児なのですよ」
「全然気にしてないですよ。悪いのは差別をする奴らの方だから……。おかしいよね、人間の形をして、みんな同じご飯を食べる仲間なのに些細な事で差別するなんて……」
「まあ立ち話しもなんですじゃ。元々わしらの村じゃないからどうぞ……というのもおかしな話しですがお茶くらいなら出せますよ」
「ありがとうございます! ほら! バラコフ、サンゴー遊んでないで行くよ!」
互いにヘッドロックをし合う二人に声をかけると、私達は揃って村の奥にある老人の住む家に招かれた。
埃っぽい家、寂れたテーブル、がたつく椅子に腰を掛けると老人は大きな壺の中に並々と貯めてある茶色のお茶をコップで掬うと、私達全員に差し出してくれた。
「すみませんな。質素な家で」
「あはは! 私達の家も大差ないので大丈夫です!」
「うーん否定できないのが辛いとこねぇ」
私は一気にお茶を飲み干すと、老人に今までの経緯を説明する。行方不明事件のあらまし、各所で起こる被害、しばらく沈黙して聞いていた老人はあらかた聞き終わると何故だか震えた様子で口を開いた。
「そうですか……そんなことが起こっていたとは……。実はわしらがこの村に流れ着いたのはつい一週間ちょっと前なのですよ。わしらはこの村のことを何も知らないし、勝手に利用しているだけでしたが……」
老人は震えていた。がたついた椅子が今にも壊れそうである。
「ど、どうしたのよぉ」
「──実は……わしらが流れ着いた時にこの村に大量の衣服が落ちていたのですよ……。それも恐らくごく最近、新しめの綺麗な衣服でした」
「なんですって!?」
その言葉に私はがたんとテーブルを揺らし立ち上がる。
「それってつまり……五十年前に居なくなった人達の衣服……じゃあないってことぉ?」
「仮定デスガ、ソレハ前ニ コノ村ヘ流レ着イタ人ノ物デショウ。ツマリハ──」
「最近この村で大規模な行方不明事件が起きたってことね……! 犯人はここにも来ていた……いや、ここに戻ってきた……?」
私は立ち上がったその足で家の外に飛び出すと、
「おじいさん! ちょっとこの村を調べさせてもらうね!」




