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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~三章 復讐の拳闘士編~
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三十四話 限界、超えし時


──九極拳。一極から九極までの九つの奥義を併せ持ち、逆にそれ以外の技を持たない我流にして古くから伝わる一子相伝の拳法。その技は全てが必殺級の威力であり、特殊な呼吸法により身体強化を施す技もある。


武術家としてヴライは二十六歳という若さでこの拳を極めており、更なる拳の真髄を極めるべく各地を旅しながら武術家を見つけては勝負を挑み倒す毎日を送っていた。ヴライは九極拳の歴代の継承者の中でもその才能、実力と供に随一の強さを誇っている。


──その男が今、自身よりも若く、しかも女を相手に驚異を感じていた。ほんの一瞬の隙……それは相手が女だからといった油断もあったのは認める。だが、それを差し引いても相手のスピード、技のキレ、そして一朝一夕では身に付かない爆発的な威力。これらは今までに無いタイプの武人、そしてこの先もこれほどまでに内功を操れる武術家はこの女だけかもという期待を感じた。


「こおおおおお……」


ヴライの呼吸法が花畑に響く。風のようなざわめきが、ぶわりと舞うようだ。


「(──空気が、しびれてる……)」


私はその様子を見て嫌な汗を流した。すると、先程まで自分と同じ体格くらいであった彼の身体に変化が起こった。全身の筋肉量が明らかに増えて、若干の赤みを帯びて全体を大きくしているのだ。


「──パンプアップ……」


「そうだ。『極空(ごくう)』──五極の技は呼吸法による筋肉操作だ。この技を使うことで俺は実力の百パーセント以上を出せる。そしてそれはお前を全力で倒すという決意でもある。俺からの願いはただ一つ、簡単には終わらないでくれよ」


私はごくりと生唾を飲む。体格を増した男はぐっと筋肉を引き締めて、前傾姿勢をとった。


「一極・迅『津迅拳(つじんけん)』」


ズザッッ!!


大地を蹴る音だけが聞こえた。次に彼の姿をとらえたのは目の前に現れた一瞬。私と彼の七歩半ほどの距離は無に等しいかのように詰められた。


「──っ!!」


ゴッッ!!


ガードもくそもない。私は左肩を打ち抜かれてそのまま宙へと吹っ飛ばされる。


意識を失いそうなくらいの威力、間違いなく奴の身体能力はあり得ないほど上昇していた。そのバネを仕込んだかのような脚からは猛スピードを出し、鉄骨が入ったかのような腕からは硬く重く鋭く刺さるようなパンチである。


私の左肩は瞬時に感覚を失った。恐らく折れたか外れたか、どちらにしろ窮地だ。宙を舞う身体、そのコンマ数秒で私は色々と"まずい"ことを察する。だが、敵の攻撃はそれで終わるわけがなかった。


六極(むきょく)(れつ)裂衝破(れっしょうは)』」


地面に頭から落ちる私の落下地点に奴はすでに回り込んでいた。その技は私の背中に照準を定めている。背後から来るそれは手技なのか足技なのかもわからない。


でも一つだけわかることは、これをくらったらまずいと云うことだ──


「『流旋脚』ッ!!」


無理矢理に胴を回すように宙にて暴れながら私は背後にいる敵を蹴った。


バシンッッ!!


互いの攻撃が当たり合う。私が蹴り、相手はこちらの背を裂かんとするような鋭い肘を出していた。その肘をはらうように私の蹴りが何とか決まると、そのまま着地して私は前蹴りをするがこれは空振りに終わり、ヴライはまた三間(さんけん)ほど離れて構えを改めた。



「──最初の一極で心臓を狙ったが咄嗟に身をねじったな。更には六極までさばいてみせた……。見事であり、必死だな。だがいいぞ、それでこそ倒しがいがあるというものだ」


極めて冷静な声でヴライは言う。私は全身をガタつかせながら何とか立っている。穿(うが)たれた左肩、すでに左腕は死に体だ。指一本すら動かせない。


「調子こいたこと言ってんじゃないわよ……! さっさと来なさい──勝負は、最後までわからないもんよ」


「……次は避けられないぞ。一極・迅『津迅拳』──!」


再びの疾風の如き速き拳! 対して──乙女は相手を見ない! その攻撃にあろうことか背を向けた! だが、見ないことこそが攻略法! 当然の如くその背にヴライの拳がめりこんだ!


「流術──『滝落とし』!!」


背で受けた衝撃は体内を巡る気の流れ、すなわち内功により地へと流されて無力化した!!


「おお!!」


がくんと、技の威力が流され抜けた己の力を全身で感じるヴライ。それを狙っていた乙女はまだ動く右手でその相手の出された右拳を、食い込むようにがしりと掴んだ。


「流術──『流木落とし』!!」



技を仕掛け前方に体重移動した敵の隙、脱力を狙った投げ技! 乙女は手を引っ張ると相手の脇に自分の動かない左肩を入れ込んで背負う! 敵はぐるりと弧を描きながら脳天から地面に流れるようにぶつかる────否、ぶつからない!


「!!」


男は背負われた瞬間、地面にぶつかる直前にそのまま描いた弧を"円"とし、一回転回ってみせて足から着地した!


「甘い!! 今度は俺の投げだ! 七極(しちきょく)(ごく)獄門投(ごくもんな)げ』!!」


両手で乙女の首襟(くびえり)を掴み、横薙ぎにヴィエリィの身体を振り回す! その回転は速くなる一方であり、男を中心に風の渦ができるようでその遠心力からくる嘔吐感と、両手で強く持たれた乙女の首襟は呼吸が出来ぬほどでありまさに獄門と名するに相応しき奥義!


「終わりだ──!!」


大回転の終わりはヴライが背を向けてそのまま背負う! 背負われた者は遠心力をそのまま身体に叩きつけられるように脳天から落とされるのである!


万事休す──! これをそのままくらえば、いかな者とて生きては戻れぬ死出の技!




ガッシィィ────!!




「なに!?」


「ふぅぅぅ……はぁぁぁぁ……!」



不発! ヴライの投げは不発に終わる! 乙女は投げられる瞬間、その両足を男の胴に巻き付けた!!


「馬鹿なッ! そんな体力、どこにある!」


「──しら……知らない、わよ……」


それは、執念に近いものかも知れない。彼女は無意識に死を回避した、というよりも敗北を許せなかったのかも知れない。自身に流れる武術家の血が、まだそのボロボロの身体を休ませることを拒んだのだ。


「次は──私の、番よ──」


何とか口を開いて喋る。動く右腕で相手の右腕を取ると、瞬時に胴に巻き付いた足を絡ませる。そのまま両者は後方へと倒れると、私の両足が相手の右腕を挟み込んでロックする。がっしりと脇に抱えたヴライの右腕を私は寝るように倒すと完璧な関節技、『腕ひしぎ十字固め』が決まった。


「ぐおおおおッッ!!」


「はぁ……はぁ……効くでしょ……。ただの簡単な関節技だけど、シンプルな技ほど効くもんよ……」



────パキィッ!



乾いた音が鳴る、軋む奴の右腕から鳴った。それは骨が折れる音であり、右腕を壊した証明である。


折れた右腕を解放させるかのように男は蹴りをしてきた所で、私はすぐに手を放して後転してそれを避けた。


「ぐッ……! 右腕が、イッたか……! 面白い──これで互いに片腕というわけだ……!」


「……あなたのその身体強化……弱点があるわね。今の関節技を、三極だっけ……? あれを使えば腕を硬くして防げたけど、あなたは使わなかった……。その『極空(ごくう)』って技を使ってるとスピードと攻撃力は上がるけど、その代わりに他の身体強化は使えないみたいね……」


私が指摘すると、男はニヤリと笑う。


「その通りだ……。だが、なにも問題は無い。片腕だろうが、俺の技は出せる……!」


「──出してみなさいよ。勝つのは、私だ……!」


両者は構える。動かぬ片腕など気にもせずに構えた。乙女は動く右腕を前方に、男は動く左腕を前方に出して半身になった。


「内功を使えるのが自分だけだと思うな……俺の内功、受けてみろ──!」


左足を大きく踏み込んで攻めこむヴライ。私はそれを見て身構える。


八極(はっきょく)(もん)鉄山門(てつざんもん)』!!」


それは、見事な背撃(はいげき)であった。乙女が使う内功は手や足から出すものであるが、男は背中からそれを繰り出してきた。


面積の広い背中、それは内功をもっとも放出できる最大の攻撃方法。ヴライが踏み込んだ地面は大きく揺れ、周囲を深く沈ませた。それほどまでの爆発的な内功を彼は放ったのである。



ズゥゥゥゥゥンッッ!!



「──かはっ……!」


私はその攻撃を何とかギリギリで直撃は避けたが、身体を突き抜けるような激痛が走った。ほんの少し、ほんのちょっとだけしかその背中に触れてないのにとんでもない威力である。足に力が入らない。私はその場に膝をつく。


「もう一発!!」


これを機にヴライは左足をまた大きく上げる。もはや避けようが無い距離、タイミング。今度は全身にあの背撃をくらうだろう。


「おおおお! 『流旋脚』!!」


振り下ろされる左足に私は流れる蹴りを放つ。真下に打ち落とされる筈の敵の左足は力の方向を変えられて、大きくバランスを崩した。


「──がっ!?」


「流術──『破水門』!!」


ドゥンッ──!!


すかさずに男の胸にありったけの力を込めた片腕の奥義を出した。自分の右腕から内功が流れ出て、相手の臓器を揺らした手応えが伝わると、


「ごっ──がはッッ……!!」


ヴライは数歩下がりながら、口から血を吐いて倒れる。技を打った私も同時にゆっくりと膝をついた。



「ぐおお……!! はぁ……があ……!!」


「はぁぁ……はぁぁぁぁ…………」



互いに苦しい呼吸をする。常人ならすでに死んでいるだろう、二人のその心身はすでに限界を超える手前である。


そのまま数刻の睨み合い──やがて呼吸が少しずつ戻ってくると、同じタイミングで二人は立ち上がった。



「ふぅぅぅぅ…………」


「……呼吸法で痛みをやわらいでるな。もう……終わりだなんて言ってくれるなよ、お前は久々の強者だ……。──虚勢でもいい、強がりを言ってみろ」


この状況下でヴライは楽しんでいるように、そして強く望むように言ってくる。強い言葉を放つが、彼もまた限界が近い。乙女の攻撃は想像以上に身体に重く響いており、気を抜けば崩れ落ちる一歩手前だ。


「──本音を言えば私はまだまだ甘かった……。この南大陸で武術チャンプになって慢心していたところもあるわ……。未だ見ぬ世界には逸脱でも無くこんなに強い人間がいるなんてね……」


「あんなぽっと出の異能者共と一緒にしてもらっては困るな……。無論、俺は相手がどんな逸脱だろうが勝てると思ってるがな……」


「そうね……私もそう……。自分が一番だと信じてるし、どんな奴にも負けないと思ってる。それはもちろん、目の前にいるあなたにもね……。熱くなってるのが自分だけだと思わないことね……。私も今、かつてないほどこの心が熱く燃え盛っているわ……!」



肉体と精神が限界を超えし時、両者は最後の攻防へと歩みを進めた──。





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