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ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜  作者: サムソン・ライトブリッジ
~三章 復讐の拳闘士編~
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三十三話 居合


人は"見えない"からこそ前に進む生き物である。見えている罠に突っ込んでいく愚か者はいない。"見えない"とは同時に"わからない"でもあり、答えを求めてその足を進めるのだ。


男がとった構えはまさに"見える"罠、嘘偽りなき見え透いた罠。これが並の相手なら実力不足で済ませられる事であり何も問題は無い……だが、相手は尋常に非ず手練れの達人なのは先のやり取りで身に染みている。


見えているが故に一歩踏み出せない。ここから相手の間合いに迂闊に飛び込めば、後ろに引いた真剣のような右足が私を討つであろう。


そして攻撃方法は恐らくそれ以外はあり得ない。右足と見せかけて他の攻撃をするならばスピードの差で私が男を刺せる──だからこの構えは一択、まごうことなき蹴りの一撃なのである。


「(隙が──無い……!)」


その姿は不動なる山の如し、男は腰を落としたままどしりと構える。私は何とか一瞬の隙を伺うように一定の距離を保って男の一挙一動を見るが、まるで武装された要塞を彷彿させるかのような隙の無さ……油断という字は見当たらない。


しだいに削られる精神力、荒い呼吸をして汗が吹き出る私とは対象に男は静かな呼吸をしながらこちらの動きを静観するだけだ。


「──どうした。乱れているな、呼吸」


「……大きなお世話、その構え──見切ったわ!」


男が言うと、反抗するよう私は強がりを見せた。今一度、呼吸を整えると私は前に出た男の左足に意識を集中させた。


「(隙があるならあの左足……! 体重の乗ったあの足だ──!)」


意識を切り替えると、私は相手の目を見て大きく一歩、素早く詰め寄る。


「そこおっ!」


放たれたのは地を滑るような蹴り! それはダメージをうながす蹴りで無く、バランスを崩すための蹴り! 相手の左足の足首を狙った私の右足が刹那に飛ぶ! その警戒を失くすために相手の目を見ながら蹴りを放つこの攻撃は、見事に山のように構える体重の乗った相手の足首を捉えた──


「──なっ!?」


──捉えた……筈である! 乙女の蹴りは確かに敵の地に食い込むような左足首を刈ったかに見えた! しかし、しかし! 当たった敵の足は幻の如く、霞となって突如消えたのだ!


振り抜かれた乙女の右足! 空振りに終わった攻撃の終わりをこの男は見逃さない!


四極(しきょく)(ざん)居合蹴(いあいげ)り』──!」



グッシイイイィィッッ!!



これこそは居合なり! 剣術の如し構えで敵を一閃で断つ奥義! 武人はこの技を剣の都、東大陸にて開眼させた! 研ぎ澄まされた、蹴りと言う名の(つるぎ)が翔ぶ!! 空振りして無防備な乙女の体に、渾身の右の蹴りが胴を断つように腹に食い込んで振り抜かれた!!


「──!」


数メートル吹っ飛ばされた乙女は地面をバウンドして白き花畑を跳ねた。


「やるな。自ら跳んだか」


「がっ……はぁ……はぁ……。ぐっ、くぅ……」


まだくっついている自分の胴を擦りながら乙女はダメージを負いながらも何とか立ち上がった。


「はぁ……はぁ……体が、引き裂かれるかと、思ったわ……。すごい、蹴り……。あなた本当に、人間……?」


「こちらのセリフだな。俺の『居合蹴り』をくらって立った人間はお前が初めてだ」


蹴りは一撃必殺とも言えるだろう。武人ヴライは乙女を称賛する。蹴りが当たる瞬間、乙女は受けれないと悟ると蹴りの軌道と同じ方向に思い切り跳んだ。結果、蹴り自体は腹に食い込んで振り抜かれたが、跳んで衝撃を分散したのが功を奏しまだ立てるだけのダメージに踏みとどまれた。


「次は外さん。その胴、たたっ()る」


そう言って男はまた左足を軸とし、深く右足を引いた。その構える姿はまさに居合の達人のような剣士、武器を持たぬ武人は己の肉体を凶器と化しこちらを討たんとじりじりと間合いを詰める。


「(なんで左足が消えた──? ──いや、消えたんじゃない……!)」


私は先ほど奴が居た場所の地面を見て確信する。深く体重を乗せた左足があった地面は花が潰れ、わずかだが引きずった後のような痕跡があった。


「(間違いない……あいつは私の蹴りが当たる瞬間、ほんの少し足を引いたんだ……!)」


それは紙一重とも呼べるレベルのちょっとした回避。足が触れるか触れないかの極々最小の動作で後方へと足を引いて奴は避けたのだ。それはこちらが当たったと錯覚するほどの刹那的行動、恐らくはあの左足はわざと前に出して敵の攻撃を誘発しているのだろう。私はそれにまんまと引っ掛かったわけだ。


「(くそっ……肋骨にたぶんヒビが入ってる……。あんな蹴りはガードじゃ受けられないし、次はもう避けられない……!)」


そうこうしてるうちに私と奴の距離はただ詰まるばかり。身体のダメージは刻々と深刻なものになっていた。そして、あと一歩で間合いに入るか入らないかの瀬戸際──


「終わりだ」


突然に翔んでくる刃のような右足! ヴライは今度は左足を引いてのカウンターでは無く、前にスライドさせてその一歩の距離を縮めてきたのだ。


「──こい!」


横一文字に放たれる右の蹴り! 私は受けることはしない! だが──避けもしない!


「おおおお!!」


裂かれるような衝撃の対処! それは受けることにも避けるにも非ず! その行動は勇猛果敢に突っ込むこと! スピードに自信のある彼女だからこそできる捨て身の行動! 敵が距離を詰めた瞬間、乙女もまた距離を詰めてその互いの間合いをゼロに近くしたのだ!


「ぬうっ!」


「『破水門』ッ!!」


両の手を合わせてヴライの胸に思い切り叩き込むこの一撃はまさに起死回生の乾坤一擲(けんこんいってき)! そのまま後ろへと飛ばされる彼だったが、宙にてバランスを整えると強靭な脚をもって地面を滑るように踏ん張った。


「はぁはぁ……はぁ……! どうよ……!」


ガクガクと脚を震わせて片膝をつくヴライ。そのダメージが深く、重いのが伝わる。それは彼にとっても予想外だったのか、胸に手を抑えて歯を強く食いしばっている。


「……だっ、内功の……爆発か……!」


この戦いで初めて敵の額に汗が見える。私の技は相手の力を利用して返したりする技が多いが、その中でも『破水門』は少し特殊で相手の呼吸や身体の流れを断ち、内功を持ってぶっ飛ばす大技だ。


それがいま、必殺の蹴りが不発となった敵のがら空きの身体に命中した。蹴りはある程度の距離がいるのが前提の技であり、間合いが無いゼロ距離ではその威力は発揮できないのだ。


「くっ……はぁはぁ……」


ダメージと疲労が私にも襲い片膝をつく。白き花畑に手負いの二人の武人は息を切らしながら見つめ合った。


「女……いや、ヴィエリィとか言ったな……。認めるぞ。お前の強さ、(したた)かさ……!」


「あったり、まえよ……。私は、武術なら、誰にも負けないんだから──!」


「もうお前を、女とは思わん。これは俺の非であり、反省すべき点だと"今"学んだ……! 一人の猛者として、武人としてお前に改めて勝負を申し込む……。お前なら、俺を更なる高みへ成長させてくれる相手だと俺は信じて止まないぞヴィエリィ!」


ヴライは先程よりも更に殺気をこめた眼でこちらを見て、立ち上がった。私も負けぬよう、それを受けるように立ち上がる。


「ここから先の技は俺の身体にも負担がかかる……。だからこれからそのリミッターを外す。俺を"九極"まで押し上げてくれ。俺を進化させてくれるのはお前だぞ、ヴィエリィ──!」


大きく息を吸ったヴライは両の腕をクロスさせて上空に構えると、腕を腰へとゆっくりと戻しながら肺につまった空気を口から一気に吐き出す。


「────五極(ごきょく)(くう)極空(ごくう)』──!」








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