三十話 平和平凡の町パラカト
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──できた……! ついにできたぞ! 新しい『可能性』の誕生だ!!
これまでのタイプとは違う! お前は自由自在に『###』を持つことができるのだ!
さあ起動しろ! 『参号』!!
私の期待に答えてくれ! 参号! お前は────
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「────っと。──ちょっと。起きてよ、サンゴー!」
私は彼の肩を揺らす。しばらく返事が無かった鉄の体はキュィーンという高音を鳴らして反応した。
「……スリープモード解除。ココハ──」
サンゴーは辺りを見渡す。視界には真上に昇った太陽、そして遠目に見えてきたのは昼下がりのこじんまりとした田舎町であった。そこは『パラカト』の町、私達は二日ほど馬車に揺られてこの町にたどり着いたのだ。
「やだわぁサンちゃんったら、機械でも寝坊をするのねぇん。いい夢でも見てたのかしらぁ?」
「──夢、デスカ。夢ヲ見ル機械ハ、イマセン。機械ガ見ルノハ、現実、現状ダケデス」
バラコフがくすくすと笑いながら言うと、サンゴーは冷静にそれを返した。
「いやねぇそんな真面目に返さなくてもいいわよぉ。それに夢見る機械がいても素敵でいいじゃない」
「サンゴーは夢を見たくないの?」
「夢ヲ見ルホドノ欲望ハアリマセン」
頑としてサンゴーは答える。でも私達はそれを見て、彼が感情を揺らし意地を張ったようにも見えてどこか面白がった。
「もしサンゴーの仲間がいたり作った人がいるのなら一度聞いてみたいわね。なんでそんなにカッコいいのかってね」
「なにその幼稚な質問! もっと何かあるでしょ~。あんたらしいけどさぁ……」
「野暮なことは聞かないのが筋ってもんよ。現にサンゴーは私達と会話もできるし冗談だって言える。それにこうやって友達になれたことが何よりも証拠よ」
そう言うと私はサンゴーの腕をぐいっと引っ張って笑ってみせる。
「……私ハ、何者ナンデショウカ……」
「あらやだブルーねぇ」
「大丈夫だよサンゴー。うーんと……そうだ! あそこに行けばいいんだよ! えーと……」
言おうとしたことが上手くまとまらず、私は自分の頭をペシペシと叩いた。
「……それって『禁断の花園』かしらぁ?」
「あ! それ! 禁断の花園だよ! そこに行けばどんな謎だって解けるじゃない!」
「禁断ノ──花園……。データ……検索中……」
その言葉にサンゴーは何か思い出すかのように機械音を出し始める。
「わっ、どうしたのよぉ」
「────検索、終了。……オ騒ガセシマシタ」
「何か気になったの?」
私が問いかけると、赤い眼をピカピカと点滅させてサンゴーは答える。
「『禁断の花園』──ソノワードハ、以前ニ検索シタ履歴ガアリマス。詳細トナルデータハ破損シテマスガ、何者カガ私ヲ使ッテコノワードヲ入力シタカモシレマセン」
「それって……あなたを作った人なのかしら?」
「ワカリマセン。デスガ、ソノワードハ トテモ重要ナ データトシテ私ノ中ニ入ッテマス。ソシテナゼカ……私ハ、ソノ場所ニ行ッテ見タイト、今思ッテイマス」
「えぇ……ちょっとサンちゃんの謎が深くて怖くなってきたわぁ……。だって禁断の花園なんてもんは所詮はおとぎ話みたいなもんよぉ? ほんとにあるのかわからないのよぉ」
バラコフが目を細めて言う。それもそうだ子供の時から聞かされてきた伝説の逸話、そこに到達した者は全ての願いが叶えられると言われた場所、それが禁断の花園である。誰が広めたかもわからない与太話、なのに世界中の冒険者が目指し、散っていった伝説の花園……。
その花園を口に出したサンゴーにはどこか強い意思のようなものを感じた。もしかしたら彼を作った人に何か関係があるのかも知れない。
「もしかしたらさ、サンゴー作った人って禁断の花園にいるんじゃない?」
「アホくさ……って言いたいとこだけど何か否定できないわねぇ。そもそもサンちゃんが五百年前のロストテクノロジーで作られてるそうだからそれもあり得るのかしら……」
「絶対そうだって! 禁断の花園で作られたんだよ! だからこんな超すごい機能持ってるんだって!」
私は未知の伝説の地に現実味を感じると、自然にテンションが上がった。そんな話をしてるうちに馬車は町の正面にいつの間にか到着しようとしていた。
「あらぁんパラカトに着いたわねぇ」
「はやく町の中に入ろうよ! お腹減ってしょうがないわ」
私はやっと退屈な馬車から解放されるように飛び降りると、まっすぐに町の中へ駆け出す。
「あーもう、ほんっと子供ねぇ。サンちゃん行くわよ」
「了解」
後を追う二人はせわしなく足を動かして町の中へと入る。パラカトの町の中は、まさに平和という文字が似つかわしいくらいに穏やかな雰囲気であった。人々は笑顔で行き交い、子供達が無邪気に遊び、どこからか焼きたてのパンの香りがしてくる……そんな落ち着ける町に私達はオリゾンとのギャップの違いに少々驚いた。
適当に目についた大きめの食堂に入ると、一同は丸いテーブルに座って一息をつく。
「あーお腹減った。私、肉のパスタと野菜のパスタと魚のパスタね」
「どんだけパスタ食うのよ……。あたしはパンと肉のスープにしようかしら。サンちゃんは?」
「太陽光カラ、エネルギーヲ貯蓄シマス」
「便利ねぇ」
私とバラコフがそれぞれ注文をし、料理が来ると無心で食べ始める。サンゴーは窓際の席から太陽光を首筋の黒いパネルのようなものに当ててエネルギーを蓄えているようだ。
もりもりと食べ始めて一時間、すっかりと満腹になった私達はこの後の事を話し合う。
「とりあえずはこの町で聞き込みねぇ。行方不明事件について調べるわよぉ」
「そうだね。じゃあ早速聞いてみようよ。すいませーん! ちょっといいですかー?」
すぐに行動に移した私は、食堂のテーブルを拭いてた若い店員さんに話しかけた。
「なんでしょうか?」
「私達旅の者なんですが、過去にあった各地で起こる行方不明事件のことを調べてるんです。この町にはそういった事件はありましたか?」
店員さんはうーんと首をかしげて言う。
「いやあそんな事件はこの平和な町には無いけど、実は先日に町の女性や金品を狙った悪い逸脱が出たんだ」
「むっ! それは許せないわ! そいつはどこに!?」
溢れ出る正義感が私の口を無意識に動かした。
「いやいやそれがね、昨日王都から来たやけに男前な武人さんがその逸脱の退治に打って出てくれてね、今日の朝一番に犯人を取っ捕まえて軽く解決してくれたんですよ!」
よほどすごかったのか店員さんは嬉しそうに笑顔をみせながら興奮気味に言ってきた。
「そ、それはすごい。王都から……ところでその人の名前は?」
「ああそのすごい武人さんは『カーニヒア』って人だよ! 武術家ってすごい強いんですね! ぼく感動しましたよ!」
「カー君! この町に来てたのね!」
「カーニヒア様ぁ!? どこ!! どこに!?」
店員さんの言葉に続くように私は立ち上がって驚くと、バラコフは興奮しながら周りを見渡した。
「ちょっと!! カーニヒア様はどこよ!?」
「つ、ついさっきまでここで食事をされてたんですが、隣で食事をしていたなにやら柄の悪そうな男と一緒に町外れの花畑の方へ歩いて行きましたよ」
圧の強い顔でオカマが迫ると店員さんは動揺しながら答えた。
「町外れの花畑ねぇ! 行くわよぉ! 二人ともぉ!」
「そ、そうね」
なぜかやる気マックスのオカマに連れられて店を出る私とサンゴー。そんなにカー君に会いたいのかとやや引くが、情報の共有のために一度彼とは会っておいた方がいいのは間違いない。
「カーニヒア様、あたし達のために色々動いてくださってるのねぇ……。マックス感謝だわぁん! ほらっヴィエリィ! しゃきしゃき歩きなさい!」
「はいはい、わかったわかった。あなた本当にあの手のタイプが好きなのね……。それにしてもカー君と一緒にいる柄の悪そうな男って誰だろ……?」
「ヴィエリィ、カーニヒアトハ誰デスカ? データニ、アリマセン」
「ああ、そうだったね。カー君は私の武術の友でありライバルでもある凄い強い男の人よ。彼ならそんじょそこらの逸脱にはそりゃ負けないわよ」
せわしなく歩きながら町外れに向かう道のりで、サンゴーに自分の強敵の話しを嬉々として私は語る。
「カーニヒア様って男前で強くてほんっと非の打ち所がないわねぇ……。ねぇヴィエリィ、カーニヒア様はどんな武術を使うのかしらぁ?」
「カー君は"質実剛健"をそのまま体現したような武術だよ。『錬鎧拳』って言って、鍛え抜かれた四肢を武器に真っ直ぐと偽りの無いシンプルな攻撃の中に確かな重みと技術の研鑽がある……。簡単に言えば打ち合いに超強い破れない拳法ってところかしら?」
「ソノ人ハ、凄ク強イノデショウネ。ヴィエリィノ、呼吸ガ荒クナッテマス。気分ガ高揚シテイルノヲ感知シマシタ」
冷静に分析するサンゴーに私は少し恥ずかしくなった。どうも武術拳法の話しになると私は昔から興奮しがちだ。
そんな話しをしていると、辺りに眩しいほどの白い花が咲き乱れた花畑が見えてきた。
「アノ白イ花ハ──」
「あらぁ綺麗! "レアルの花"じゃない! あたし昔この花大好きだったのよぉ」
昔から花が好きなバラコフが近づいてその花を一つ摘まむ。するとレアルの花は何かに反応するように、みるみるうちにその純白の花弁を黒く染めたのだ。
「はぁ~……。この花、白くて綺麗なのにあたしが触ると黒くなっちゃうのよねぇ……。昔はそんなこと無かったのに……」
バラコフはため息をつく。昔から花畑で花と戯れる乙女な心の持ち主だが、大好きだったこの花が黒く染まるようになってからはショックで寝込むほど落ち込んでいた時期もあった。
『レアルの花』はある者が近づくと、黒く染まってしまう特殊な花だ。そのある者とはズバリ"逸脱"である。逸脱が近づくと危険を察知するようにこの花は黒くなるのだ。
「バラコフは昔から花が好きだね」
「リリアンよ! 昔からリリアンよ! あんたは自宅の道場に篭りっぱなしで、花遊びなんて女の子の遊びしなかったからねぇ。思えばちょっと気の毒ねぇ」
「いや私そんなに花とか興味無いし……」
「女子力ぅ!」
そんなオカマのツッコミが花畑に響くと、少し離れた花畑の奥から人の気配がした。
私はその気配が良き強敵のものだと思い進むと──何者かが白い花に埋もれて倒れているのだ。
「──カー君!!」
「カ、カーニヒア様ぁ!?」
私は急いでその倒れた身体を起こす。ひどく傷つき、倒れていたのは間違いなく自分のライバルであるカーニヒアであった。
──そして、その近くでその倒れた彼を見下ろすように、腰掛けるよう岩に座った柄の悪そうな男が冷たい目をしてこちらを睨んでいるのであった。