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ランナー真美の願い(2)  作者: でこぽん
6/10

6.決勝戦

 次の日、待ちに待った決勝戦の日が来た。


 真美たちアンダー20日本選手団を乗せたバスはホテルを出発し、ニャヨ国立競技場へと向かっていた。途中には高速道路がある。今日は晴天にもかかわらず、車の通行量が少ない。日本選手団を乗せたバスは順調に高速道路を走っていた。


 だが、競技場まであと十キロメートル地点で、窓の外を眺めていた篠原真美が、違和感を持った。

「あのタンクローリー車、動きがおかしい」


 その声は意外と大きく車内に響いた。車内の全員が右斜め前を走っているタンクローリー車を注目した。


 ケニアは日本と同じく車両が左側を通行する。だがら、右側の車線は追い越し車線となる。


 追い越し車線を走っているタンクローリー車が左右に大きく揺れている。ときどき、中央分離帯の縁石に接触しそうになる。というよりも、道路の曲がり具合に応じたハンドルさばきを行っていないようだ。


「右斜め前を走るタンクローリー車の動きが変よ。運転手さん、タンクローリー車の横に並走してほしい。運転手を確認したい」

 真美が大声で運転手に伝えた。すかさず井口コーチが通訳し、バスはタンクローリー車の左側を並走した。


「篠原、タンクローリー車の様子を見てくれ」


「了解」


 返事と共に篠原真美が窓を開け、タンクローリー車を覗きこむと、運転手がハンドルにもたれかかってうつ伏せになっていた。


「運転手さん、クラクションを鳴らして」


 運転手がクラクションを三回鳴らした。

 しかし、タンクローリー車の運転手に動きが無い。


「運転手の意識が無い。このままでは事故になる」

 真美が大声でみんなに伝え、

「運転手さん、もっとタンクローリー車に接近して」

 篠原真美は緊迫した声で告げた。


「篠原、タンクローリーに跳び移るつもりか? 危険だ。やめとけ」

 井口コーチは篠原真美の身を案じていた。


「でも、このままだと大事故になる。タンクローリーの運転手だけでなく、前方や後方を走る車にぶつかるし、下手をすれば中央分離帯を越えて対向車にぶつかる。そうすれば、タンクに積んでいるガソリンが大爆発し、多くの人が犠牲になる」


 確かに真美の言う通りだった。このままでは間違いなく事故が発生する。

 最悪タンクの中のガソリンが爆発すると、百名を超える死傷者が出る可能性があった。


「わかった。俺がタンクローリーに乗り移る」

 井口コーチが言った。

 すると真美が、すかさず、

「それはダメ。第一、井口コーチの大きな体だと、窓から出入りができない。このバスの中で一番背が低く、身軽なのは私。だから私が行く」


 真美の言い分は、全く正しかった。


「井口コーチ、私を信じて」

 真美は必死だった。


 真美の父親は、三年前に交通事故で亡くなった。だから真美は、もう目の前で人が交通事故で死ぬところを見たくなかった。

 そのことを井口コーチも知っていた。真美の気持ちを充分に理解していた。


「よしわかった」

 井口コーチも覚悟を決めた。


 真美が乗ったバスがタンクローリー車と並走した。


「もっと近づけて。そう・その位置をキープしてほしい」

 真美の指示に従い、バスはタンクローリー車と並走し、すれすれに近づいた。


 真美は、窓を全開にし、体の上半身を車の外に出した後、膝を曲げ、バスの窓枠に足をかけた。

 今や真美は、その体のほとんどがバスの外にある。


 高速道路なので風圧が凄い。

 両手を放したら、あっという間に路面にたたきつけられてしまう。冷静に、慎重に行動する必要があった。

 だがまもなく前方にはカーブがあった。

 冷静にしなければいけないが、急ぐ必要もあった。


「運転手さん、もう少し位置を前にずらして」


 体が社外に出た真美の声は、風圧で聞こえづらい。

 井口コーチが仲介して運転手に指示した。


「了解」

 運転手がタンクローリーに対する車の位置を少し前にずらしたとき、真美は、まるで尺取虫みたいに、タンクローリー車の助手席の窓に飛び込んだ。


 真美は体が細く柔らかいので、素早く移動ができた。これが仮に井口コーチであれば、体が大きいため、窓からタンクローリー車に移動するのは相当無理がある。


 真美は、タンクローリー車の助手席に入ると、すぐにハンドルを握った。

 前方は左に曲がる急カーブだった。このままでは中央分離帯に乗り上げて対向車にぶつかってしまう。


 ハンドルを左に切った。

 間一髪、中央分離帯にぶつからないで済んだ。


 これで当面の危機を回避した。思わず、「ホッ」と胸を撫で下ろす。


「大丈夫ですか。しっかりして」

 運転手に声をかけるが、運転手は返事をしない。運転手は意識が無いようだ。


 直ちに真美は右足を運転手側に持っていった。

 だが、いきなりブレーキを踏むのはまずい。急ブレーキを踏むと、後ろにいる車と衝突してしまう。


 ウィンカーをつけ、左の車線に行くことを後方の車に教えた。

 緊張のため、手に汗がにじむ。


 ゆっくりハンドルを左に切り、走行車線へ移動し、さらに路肩にタンクローリー車を移動した。

 そして、ここでようやくブレーキを踏んだ。


 タンクローリー車は無事に停車した。


 タンクローリー車の後方に、日本選手団を乗せたバスも停車した。

 バスがハザードランプを点灯し、後方の車に停車を知らせた。


 その後、真美は助手席のドアを開けた。


「誰か手伝って!」

 真美の大声に、真っ先にバスから降りた井口コーチが駆けつけ、真美と二人でタンクローリー車の運転手を外に出した。


「この人、意識が無いみたい」

 真美の言葉に驚き、井口コーチは倒れている運転手の左胸に耳を当て、心臓の鼓動を確かめた。


「心臓が動いていない」

 直ちにタンクローリー車の運転手をあお向けにし、井口コーチは心臓マッサージを始めた。


 その間、日本選手団の監督が電話で救急車の手配をした。


 真美は、仰向けになっている運転手の気道を確保し、マウスツーマウスで息を吹き込んだ。

 このときの真美は、相手が男だからマウスツーマウスが恥ずかしいとか、そんな気持ちは毛頭無かった。ただ、運転手の命が無事であることを祈っての行動だった。


 真美は、口移しで必死に空気を送り込んだ。その間、井口コーチは、心臓マッサージを続けている。

 すると、運転手の心臓に鼓動が復活した。息も自発的にできるようになった。


「井口コーチ、良かったね」

 真美は、まるで自分が助かったかのような喜びようである。


「篠原、お手柄だな。お前は偉い。よくやった」

 井口コーチが篠原真美を褒めた。


「真美、凄い。タンクローリーに乗り移るところなんて、まるで忍者みたいだったよ」

 佐々木かおりも真美を褒めた。


 だが、真美は、自分が褒められたことよりも、運転手が助かったこと、誰一人怪我をしなかったことの方に、喜びを感じていた。



 やがて救急車が到着した。

 運転手は心筋梗塞を持病としていた。運転中に急に発作が起きたようである。

 救命救急士の指示のもと、運転手は救急車で病院に運ばれていった。



 この事件の影響で、真美たちのニャヨ国立競技場への到着は、予定よりも三十分遅れた。

 だが、誰もそれに不満を言うものはいなかった。それどころか、みんなは真美の人命救助を褒め称えた。


 今日もナイロビの空は快晴である。のどかな風がニャヨ国立競技場を吹き抜けた。


 真美が競技場に姿を見せた。いよいよ女子三千メートルの決勝だ。


 真美がスタートラインに立ったとき、ルーシーが隣に来た。


「真美、その頬の腫れは、どうしたの?」

 昨日、武装団に殴られた真美の頬は、まだ腫れていた。


「ベッドから落ちて、顔で着地しちゃった」

 真美は、ルーシーにも秘密にしたかった。


「いつも真美は、そそっかしいんだから。気をつけてよ」

 ルーシーは、素直に真美の説明を信じた。


(そんなに私は、そそっかしいのかな? 少しは疑ってほしかったのだけど…)

 嘘が全然ばれなかったことに対して、真美は不満顔だ。


 実は、今朝、井口コーチにも同じように説明し、井口コーチも素直に信じたのだった。しかも、ルーシーと同じように、「篠原は、そそっかしいんだから…」で片づけられた。


 そんな真美のしぐさに全然気づかず、ルーシーは、「負けないわよ」と、気合を入れた。

「私も負けない」真美も気合を入れた。

 ルーシーと真美は、お互い右手の拳を上にあげ、軽くぶつけあった。お互いに闘志満々だ。


 ケニア代表のマイアも、真美の隣にやってきた。


「昨日はありがとう。言葉では言い尽くすことができないほど、私たち家族は、真美に感謝している」


「私もマイアの家族に感謝している。今日の競技は、お互いに頑張ろう」


「うん」


 マイアは、真美の言葉に素直に従った。予選のときとは様変わりして、マイアは真美と仲がよさそうだ。予選のときの二人の会話を聞いていた他の選手は、誰もが、そのギャップに驚いた。


 場内アナウンスがあり、真美たちはスタート位置についた。決勝では、走者全員の名前が一人ずつ紹介される。


 それぞれの選手が紹介されると、会場からは拍手と声援が沸き起こる。特に去年準優勝したルーシーが紹介されたときは、他の選手よりも大きな拍手と声援が沸き起こった。


 続いてマイアの紹介があった。すると会場は大きな拍手の渦だ。声援もすごい。やはり、地元ケニアの選手は人気がある。多くのケニアの人は、マイアに優勝を期待していた。


 そして最後に篠原真美の紹介があった。すると、信じられないことに、場内アナウンスが、次のことを付け加えた。


『なお、篠原真美選手は今朝、意識不明のタンクローリー車の運転手を救助し、大事故を未然に防いでくれました。彼女の勇気に拍手をお願いします』


 粋なアナウンスだった。このアナウンスに、会場にいた人々は驚いた。


「今朝のニュースなら聞いたぞ。暴走したタンクローリー車を止めたのは、あの少女だったのか!」


「でも、どうやってタンクローリー車を止めたのか?」


「危険を顧みず、バスの窓からタンクローリー車に跳び移って、ブレーキをかけたそうだ」


「すごい勇気だな。彼女はまさに勇者だ」


 会場の人たちが口々に発し、そして、大きな拍手の渦が会場にわきおこった。

 さらに、

[勇者マミ!]

 と、会場の人たちが大きな声で一斉にいった。


 信じられないほどの歓声である。


「勇者マミ!」

 何度も多くの人たちが真美を応援した。


「すごい、真美、そんなことがあったのね」

 ルーシーも興奮し、拍手をした。マイアやほかの選手も、真美の勇気を褒め称え、拍手をした。


 競技場の拍手や声援は一分以上鳴り響いた。



 やがて、拍手や歓声が静まった頃、スタートとなった。



 スタートの号砲が青空に鳴り響く。

 真美はいきなり、スタートダッシュをした。信じられない速さである。


 まるで、一年前のマアンギを思わせるような、素晴らしい疾走だった。

 それでもルーシーとマイアは、真美に追いつこうと懸命に駈けた。


 四周半を過ぎたとき、ようやくルーシーが真美に追いついた。


 元々ルーシーは追込み型だ。前半は力を蓄えておき、後半にスパートするタイプである。だが、真美の圧倒的な速さを目の当りにして、このままだと後半どんなに頑張っても追いつけないと判断した。だから、彼女は、途中から全力で走り始めたのだった。


 だが、真美は、まだ余力を残していた。

 ルーシーが横に並ぶと、さらに真美は前傾姿勢を深くし、スピードをアップした。


「信じられない…」


 ルーシーは、真美の速さに唖然とした。もちろんルーシーは、真美の速さについて行けない。

 さらにルーシーよりも驚いているのが、マイアだった。なぜならば、マイアは、ルーシーにも追いついていない。


(私は、去年のルーシーよりも速いはずよ。なぜ抜けないの?)

 マイアが自問した。だが、その答えは簡単だ。ルーシーも成長していた。ルーシーも、マアンギを目標として、懸命に努力した。ただ、それだけのことだった。


 しばらくして、マイアは、ようやく気づいた。人間は成長する生き物であることに…。


(私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。なぜ、マアンギの忠告を素直に聞かなかったのだろう。マアンギが、あんなに懸命に説得してくれたのに…)

 走りながらマイアは、涙がこみ上げてきた。自分が情けなかった。情けない気持ちでいっぱいだった。穴があったら入りたかった。


(あんなにみんなに豪語していたのに、一位どころか二位にすらなれない。ケニアの仲間にあわせる顔が無い)

 それでもマアンギは、諦めることなく、走り続けた。


「来年こそは…、来年こそは、二人に勝ってみせる」

 それだけを心の拠り所として走った。



 真美はそのまま逃げ切り、というよりも、二位以下を大きく引き離し、ゴールした。

 ルーシーが真美より六秒遅れて二位でゴールし、三位はケニア代表マイアだった。


 真美とルーシーが大の字に寝転がり、ハーハーと激しい息継ぎをしているところへ、マイアが近づいてきた。


「真美、ルーシー、今年は負けたけど、来年は負けない。私は、あなたたちに負けないように速くなる。今よりもずっと速くなる」

 ボロボロと涙をこぼしながら、それだけ言うと、マイアは去ろうとした。


 すると、真美が仰向けのままで、

「マイア…。私は来年、もっと速くなる。今年の私を目標に頑張っても…勝てないよ」


 マアンギが真美に伝えたことと同じように、真美がマイアに伝えると、マイアは振り返り、手をあげて応えた。マイアにも真美の気持ちが通じたようだ。


 その後、真美は横になったままでルーシーのところへすり寄り、

「ルーシー、ありがとう。ルーシーのおかげで、平常心で走れた」と、ルーシーに抱きついた。


 ルーシーは、寝転がったまま真美から抱きつかれたので当惑したが、「しかたがないなー」と諦めた様子で、ルーシーも真美を抱きしめた。抱きしめられたルーシーも、内心悪い気がしなかった。


「真美、三千メートル走はあなたに任せたわ。私は今後、フルマラソンを選択する。さしあたって、明後日行われるナイロビ・マラソン大会に参加するわ。もしよければ、真美も参加しない? 十八歳になったはずよね。参加資格があるわよ」

 ルーシーも、ナイロビ・マラソン大会への参加を真美に促した。これで玲子、ブラウンに続いて三人目だ。


「ナイロビ・マラソン? 私も参加したい。参加して、私の願いをケニアの人たちに知ってもらいたい」

 ルーシーの誘いに、真美は興奮している。実は一昨日の夜、星々を見ながら真美は、ナイロビ・マラソン大会への参加を決めていた。しかも、参加する目的も決めていた。


「真美、また、何か願い事をランニングウェアに書くつもり?」


 真美は、一年前のラスベガス・マラソン大会のときに、『児童養護施設に寄付金を』と書いたランニングウェアを身に着けて、走ったことがある。


「あは、ばれたか。私の考えることをルーシーは、何でもお見通しだね」


「ランニングウェアに何を書くつもり?」

 真美のランニングウェアを撫でながらルーシーが再び尋ねると、


「実は『骨髄バンクにドナー登録を』と、書こうと思っている。ドナーが見つかっていれば、マアンギは死なずに済んだはずだから」と、真美は自分の思いを表明した。真美は、マアンギのように病気で死んでいく人たちを、少しでも救いたかった。


「わかったわ。私も協力する」


「手書きのメッセージをつけて走るのは、恥ずかしくない?」


「真美と一緒だから恥ずかしくない」

 ルーシーは、きっぱりと言った。


「ありがとう。やっぱりルーシーは、ルーシーっぽい」


「ルーシーっぽいって、どんな意味?」


「えへっ、ルーシーはいつでも私の味方になってくれるって意味だよ」

 真美は照れながら、再びルーシーに抱きついた。


「でも、ルーシー。ラスベガス・マラソンのときのように私が遅れても、今度は待たないで先に走ってほしい」


 実は、ラスベガス・マラソンのとき、ルーシーは、遅れだした真美に付き添うようにして優勝を逃した。優勝を逃すと、多くのものを失うことになる。だから真美は、ルーシーのために事前に念押ししたのだ。


「わかったわ。逆に私が遅れても、真美は迷わず先に進んでね」


「わかった」


「約束よ」


「指切りげんまんしよう」

 真美が小指を伸ばしてささやいた。


「なに、それ?」


「小指を出して」

 真美がルーシーの小指を自分の子指と絡ませた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲―ます。指切った」

 絡ませた子指を動かしながら、真美は大きな声でいった。


「これは、日本に伝わる儀式だよ。これでお互いに嘘をつけない」


「儀式ね。わかったわ。これで嘘をついたら呪い殺されるのね」

 ルーシーが真面目な顔でうなずいた。


 どうもルーシーは、日本の儀式をオカルトと勘違いしているようだ。


「ところで真美、三千メートルでは負けたけど、明後日のナイロビ・マラソンでは、絶対に勝ってみせるわ」


「私も、ルーシーに負けないように頑張る。ところで、参加するには、どうしたらいいの?」

 真美は困った顔をした。


 ルーシーは内心、(やれやれ、また陽気な真美のフォローをしなければ…)と、これから起こる出来事を想像し、喜んだ。



 その後、真美とルーシーは、二人揃ってニャヨ国立競技場を後にした。

 もちろんナイロビ・マラソン大会に向けた準備のためである。


 ルーシーが滞在するホテルの部屋に真美も入ると、真美はすぐにルーシーのベットに跳び込んだ。


「すごく大きい。そしてフカフカだー」

 真美は部屋に来た目的を忘れたかのように、ルーシーのベッドではしゃいでいた。


 その様子を脇目に見ながら、ルーシーはナイロビ・マラソン大会事務局に電話をした。


 マラソン大会への参加の問い合わせたところ、やはり、もう受付は終了しているので、一般のエントリーはできないとの返事だった。


「困ったわ。このままじゃ、真美が参加できない」


「アンダー20世界選手権大会の女子三千メートル走に優勝したので、招待選手としてはダメかな?」

 真美は、ブラウンがいったことを思い出し、ルーシーに伝えた。


 すかさずルーシーが大会事務局に電話をかけ直した。だが、交渉が思わしくない。


「真美、今年の招待選手は既に決まっているそうよ。無理だと言われたわ」


 ルーシーが悩んでいると、真美がナイロビ・マラソン大会のエントリー情報を見て、

「チャリティ枠でなら、まだ空きがあるかも…」と、つぶやいた。


 真美の言葉に気を取り直し、ルーシーが大会事務局に更にもう一度連絡した。


 チャリティ枠での出場が可能か問い合わせたところ、空きがあるとの返事が来た。


「どのようなチャリティでしょうか?」

 大会事務局の人が尋ねると、真美がすかさず、

「骨髄バンクへのドナー登録の呼びかけをしながら走ります」

 と、元気良い説明をした。


 すると、真美の気持ちが伝わったのか、大会事務局からOKの返事がきた。但し、骨髄バンク代表の推薦サインをもらう必要があった。


 真美とルーシーは、早速、ナイロビにある骨髄バンクを調べようとした。だが、二人とも異国の地である。なかなか調べられない。時間だけが過ぎていった。

 調査のめどが立たなかった。


 すると、真美が突然尋ねた。

「ルーシー、明日は時間がとれる?」


「真美、何をするつもり?」


「明日、マアンギの家を訪問しようと思う。昨日、ケニア代表の通訳の人に、マアンギの家を教えてもらったの。だから、明日行こうと思う。一緒に行かない?」


 実は昨日の夜、真美はケニア選手団のところへ行き、マアンギの家の地図を描いてもらったようだ。


(真美と一緒にいると、いつも想像もできない冒険をすることになる)

 ルーシーは、真美が巻き起こす冒険が好きだった。自分一人の考えの枠では、絶対に体験できない冒険である。


「行く。一緒に行くわ」

 即答だった。ルーシーは、明日の冒険に胸を躍らせた。


 骨髄バンクの推薦文の件は、マアンギの家の訪問後に、改めて調査をすることになった。



 ルーシーにとって真美は、異世界への案内人だった。そして真美との冒険は、この上なく楽しい。しかも、ルーシーの知識や可能性を広めてくれる。


 真美は決して秀才ではない。どちらかといえば能天気だ。だがルーシーは、真美から多くを教わっていると感じる。

 人間が生きていくうえで大切なことを、真美は教えてくれる。決して学校では教わらないことを、真美は行動で示してくれる。

 それは、人一倍謙虚なルーシーだから感じることかもしれない。


 仮に真美のことを『ただの能天気な落ちこぼれ』と決めつけている人は、真美からは何も学ばないだろう。



 人間は誰からでも教わるものがある。そのことを知っている人は幸福であり、無限の可能性がある。





真美の走りはいかがでしたか?


次は真美がマアンギの家を訪れます。そこで、また新たな出会いがあります。

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