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ランナー真美の願い(2)  作者: でこぽん
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4.永遠に勝てない相手

この章からマイアが登場します。

ここでは真美よりもマイアに注目していただければ…と思います。

マイアは人に誤解されそうな性格です。

でも、彼女は本当は優しい女の子なのです。

 真美たちがナイロビに着いて二日後、アンダー20世界陸上競技大会の開会式があった。


 空には雲が一つも無い。見事な快晴だ。だが、不思議なことに、気温は日本よりも暑くない。まさに、春のうららかな日のようだ。


 ナイロビは、標高1795メートルの場所にある。ちなみに、富士山の御殿場口ルートの五合目が1440メートルであり、吉田口ルートの五合目が2305メートルなので、それらの間の高さである。


 夏場にケニアへ旅行に行く方は、ぜひ長袖のシャツを持っていくことをお勧めする。


 ちなみに、マラソンの国際大会では、多くのケニア人選手が活躍している。その理由は、彼らが生活している場所が、標高が高く空気が薄いためである。希薄な空気からより多くの酸素を体内に取り込めるように、血液中のヘモグロビンの濃度が濃い。つまり、彼らは普段の生活をすることで、マラソンに適した体がいつの間にかつくられている。


 ナイロビにあるニャヨ国立競技場には、ケニアの国旗が風になびいていた。


 ケニアの国旗は、上から黒、赤、緑の帯があり、真ん中にマサイ族の盾と槍とが描かれている。国旗の黒い部分は国民を表しており、真ん中の赤い部分は独立のために流れた血を表している。そして一番下の緑の部分は、豊かな自然を表している。


 競技場に入るやいなや、真美はケニア選手団を捜した。開催国であるため、ケニア選手団には沢山の選手がいた。だが、真美がいくら探しても、マアンギの姿が見当たらない。


「いない。どうしたのだろう。まさか、国内選抜で負けてしまったのかな?」

 不安な気持ちを抱えていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。


 振り向くと、なんと、アメリカ代表のルーシーだった。

 ルーシーは、昨年開催されたアンダー20世界陸上競技大会の女子三千メートル走で、マアンギに次いで二位だった。


「ルーシー。久しぶり」

 真美は、挨拶と同時にルーシーに抱きついた。


 ルーシーは、身長が百九十センチもあり、真美とは三十二センチも差がある。まるで大人と子供のようだ。


 昨年、真美は、アンダー20世界陸上競技大会で、ルーシーとデットヒートを演じた。そのときの二人の走りは、多くの人に感動を与え、アメリカ中で話題となった。それに、ルーシーと真美とは、ラスベガス・マラソン大会に一緒に参加し、児童養護施設への寄付金を募ったこともある。そのときルーシーは、いろいろと真美の世話をしてくれた。


 真美にとってルーシーは、かけがえのない友達だった。


 いきなり抱きつかれたルーシーは、驚いたが悪い気はしない。ルーシーも、真美と抱き合いながら、

「真美、今度も熱い戦いをしようね」

 と、お互いを励ました。


「うん。今度は絶対に負けないよ」

 真美は自信たっぷりだ。マアンギに負けないように懸命に練習してきた。だから、ルーシーにも勝つつもりでいる。


 昨年は英語が話せず苦労したが、今年は英語の勉強を真剣にした。だから真美は、たどたどしい英語だが、通訳なしにルーシーと会話ができるようになった。


「ところで真美、何か心配ごとがあるの? 顔が寂しそうにしている」

 ルーシーは、いつも真美のことを心配してくれる。真美のことを、妹のように感じているのかもしれない。もちろん、世話の焼ける妹としてだが…。


「実は…、ケニア代表の選手団の中に、マアンギの姿が見えないの。彼女は、どうしたのかな?」

 真美の口からマアンギの名前が出たとき、ルーシーは、ピクリと体を震わせた。


「真美、あなたは知らないの?」


「えっ。どうしたの?」

 真美がルーシーに尋ねようとした丁度そのとき、右側から、

「篠原真美さんですよね」

 と、声を掛けられた。


 右側を振り向き、声の方を見ると、ケニア代表の選手と、通訳とおぼしき人がいた。


「はい。篠原真美ですが…」

 真美が英語で返事をすると、


「これ、マアンギから真美さんへの手紙です」

 と、手紙を真美に渡した。


 可愛い猫の絵が描かれている封筒だった。マアンギの好みが、封筒に現れていた。

 真美は、急いで封を開け、手紙を読んだ。



 マアンギです。

 真美、元気そうですね。

 私は、真美に謝らねばなりません。

 私は、この前の大会の後、病気になりました。病名は白血病です。

 だから、私は、病気になってからは練習していません。

 この前、手紙に書いた『私は、あれから更にタイムを縮めました』というのは嘘。嘘をついてごめんね。

 でも、私は真美に速くなってほしかった。真美と競い合いたかった。だから、嘘を書きました。

 ドナーさえ見つかれば、私の病気は治すことができる。病院の先生が、そう言ってくれました。私は、わずかでも希望があれば、諦めたくない。


 真美、お願いがあります。大会で優勝してください。

 去年の私よりも早く走ることができるのなら、それは可能でしょう。

 私は、あなたと一緒に走りたかった。一緒に話したかった。一緒にケーキを食べたかった。


 東の島からやってきた私の友達、真美。

 私は、あなたの傍にいます。あなたの応援をします。

 頑張れ真美!

 ケニアにいるあなたの友達、マアンギより



 手紙を読み終えた真美は、まだ状況が良く理解できていなかった。


「マアンギは…、マアンギはどこにいるの? どこの病院に入院しているの?」

 真美の質問に、通訳の人は、一瞬戸惑った。

 隣にいるルーシーは、両手の拳を握りしめ、じっと下を見ている。


 やがて通訳の人は、とても言いづらそうに、

「彼女は…二週間ほど前に…、永眠しました…」


 通訳の人がそう言った後、一瞬、静寂が訪れた。真美は、驚きのあまり、何も言えない。


 だが、その静寂は、直ぐに、真美の叫び声で打ち破られた。


「わああああああああ。わああああああ。わあああ」

 真美は思わず叫び、駆け出した。競技場の壁まで走り、そこで泣き崩れた。周りのみんなが驚くほど、大きな声で泣いた。


 しばらくして、後ろから優しく肩に手を添えられた。

 真美が振り返ると、ルーシーがいた。


「わあああああ」

 言葉にならなかった。真美は叫び、ルーシーに抱きついた。


 いつもルーシーは、真美の味方だ。ルーシーは、真美が落ち着くまで、無言で真美の頭を優しく撫で続けた。



 少し時間が経って、真美がようやく落ち着きを取り戻した。


「ルーシー。知っていたの?」

 ルーシーの胸に顔を埋めたまま、真美が尋ねた。


「うん。私のおじいさんは、元々イギリス出身なのよ。だから、ケニアでの情報は、よく入って来るのよ」


「私…、マアンギから『優勝して』と頼まれた…」


「私に勝てたら優勝できるわ。でも、真美、私は手加減しないわよ」


「わかっている。私たち、手加減なんてできないよ。お互い全力を尽くして競い合う仲だから」


「それじゃあ、明日の予選までに、心を落ち着かせてね。今のままだと、心が動揺しているため、良い勝負ができない」


「わかった…。そうする」

 絞り出すように真美が答えた。真美には、ルーシーの思いやりが、痛いほどわかった。


「ありがとう。ルーシー」


 やがて、泣き疲れた真美は、ルーシーから離れた。ルーシーは、手を振って真美から去って行った。



 日本選手団のもとに真美が戻ると、不思議なことに、井口コーチは、真美の心を察していた。おそらく、井口コーチにも、マアンギの情報が伝わっていたのだろう。


「篠原。今日、お前は練習しなくて良い。その代り、夕方までグランドの片隅で座禅を組んで黙想しろ。一切何も考えるな」


「井口コーチ、わかった」

 そう言うと真美は、片隅で座禅を組んだ。


「無心になるんだ。心を空にしろ。夕食の時間になったら俺が教える。それまでは、何も考えるな」

 そう言って井口コーチは、真美の後ろにいた。


 ナイロビは、高地のせいか風が涼しい。風が優しく真美の頬を撫でた。涙で濡れた頬を乾かしてくれた。


 真美は動かなかった。日頃から好奇心が旺盛で、騒がしさが取り柄の真美である。だが、このときは、井口コーチの教えどおり、一言もしゃべらず、一切何も考えないようにした。



 西の空が赤く染まる頃、井口コーチが黙想終了の合図を告げた。


 真美は、静かに目を開き、体を起こした。

 その日は黙想が終了しても、真美はずっと無言だった。


 日頃と全く違う真美の様子に、佐々木かおりが心配した。

「真美、大丈夫?」


「かおり先輩、ありがとう」

 ただそれだけを言い、食事が終わると、直ちに部屋にこもった。すぐさま枕を口にくわえ、声にならない声を発して泣き崩れた。


 やはり真美には、心を空にすることなどできなかった。どんなに考えまいとしても、マアンギのことを考えてしまう。それならば、思いっきり泣いたほうが良い。


 夜中を過ぎた頃、泣き疲れた真美は、幼児の様に眠りについた。



 翌朝、真美が出場する女子三千メートル予選が行われた。真美は予選一組であり、ルーシーは予選二組だ。


 各組は約十五人が参加する。五位以内に入るか、全ての予選選手の中で十五位以内であれば、二日後の決勝戦に参加できる。



 スタート位置につくと、ケニア代表の選手から話しかけられた。


「真美、私はケニア代表のマイア。私に勝てるかしら」

 マアンギと違い、マイアは、真美を見下したような態度だった。マイアは、優勝候補の最有力選手として、人一倍プライドを持っていた。


「走ればわかる」

 それだけ言うと、真美は黙り込んだ。



 会場のざわめきが静寂に変わり、やがて、スタートの号砲が鳴った。

 全員一斉にスタートする。


 ケニア代表マイアが、一気に先頭に躍り出た。素晴らしい走りである。まるで、他の走者を寄せ付けないような速さだった。


 先頭を走っているマイアは、余裕の表情だ。


(マアンギ、どう? 誰も私を抜けやしない。私は、あなた以外には誰にも負けない)

 マイアは走りながら、昔を思い出していた。



     *****



 マイアとマアンギは、同じ年齢だった。


 マアンギはスラム街出身だが、マイアは富裕層が多いキリマニ地区に住んでいる。


 マイアの父親は、銀行の重役をしている。そのため、練習環境は、マイアが断然良い。マイアには専属コーチが付き、フォームの入念なチェックや、練習の指導をしてくれる。また、マイア専属の運転手がいて、学校への行き帰りは、自家用車での送迎だった。


 それに対してマアンギは、生活のために朝と夕方には新聞配達をしている。だから、学校での練習時間が限られていた。


 だが、マアンギは、諦めなかった。彼女は、走りながら新聞を配り、地道に練習していた。彼女の日常での走る時間は、朝夕の新聞配達、登校及び下校時、それに、限られた陸上部での練習時間だった。


 一年前の国内選考会では、誰もがマイアの優勝を予想していた。だが、その予想は、見事に外れた。僅かの差で、マアンギがマイアに勝ったのだ。マアンギの勝利への執念が、マイアよりはるかにまさっていた。それが、マアンギの勝因だった。


 結果として、ケニア代表にはマアンギが選ばれた。


 ケニア代表になると、マアンギに専属のコーチが付いた。さらに、マアンギは特待生となり、奨学金で学費や生活費が支給された。

 練習に専念できるようになったマアンギは、まるで水を得た魚のように、記録を更新し続けた。


 マイアとマアンギとの三千メートル走でのタイムの差は、どんどん広がっていった。

 マイアは、マアンギが羨ましかった。


「次はマアンギに勝つ」

 ただそれだけを目標に、マイアは練習した。


 その後、マイアは、ロスアンゼルスで開催されたアンダー20世界陸上競技大会の女子三千メートル走で、マアンギが優勝したことを知った。


 新聞には、表彰式での写真が載っていた。中央にマアンギ、左に二位のルーシー、右には三位の真美が写っている写真だ。

 マイアは、その写真のルーシーと真美に嫉妬した。


「私は、マアンギの次に速い。ルーシー、世界二位はあなたじゃない。私だ」

 新聞に載ったルーシーに向かい、マイアは叫んだ。そして、写真からルーシーと真美の部分を破り捨てた。


 マイアの目標は、マアンギに勝つことだった。

 マアンギに勝つこと…。それは、ケニア代表となり、世界一になることを意味していた。

 マイアは、マアンギに勝つため、練習に励んだ。あのときの国内選考会での悔しさを、マイアは、忘れていなかった。


 それからまもなく、マアンギが入院したとの噂を聞いた。マイアは、この期間にマアンギの記録に追い付こうと、練習に励んだ。


 マアンギの入院が三ヶ月を過ぎた頃、マイアは、マアンギの見舞いに行った。

 マアンギの入院先は、ケニヤッタ国立病院だった。ナイロビでも一、二を争うほどの、高度な医療を施す病院だ。


 受付で案内されたのは一般病棟で無く、特別病棟だった。重い病気の患者しか、この病棟には入院しない。

 マイアは、マアンギの身を心配した。


 マイアが見舞いの花束を渡すと、マアンギは喜んだ。


「見舞いに来てくれて、ありがとう」

 マアンギの声は、弱弱しかった。


「病気の具合は、どうなの? 早く退院してね」

 マイアは、マアンギを励ましたつもりである。だが、いつものマアンギの元気さが見られない。何かを言いたげな様子だった。


 しばらくして、か細い声で、マアンギがささやいた。


「私…、白血病なのよ。マイアはケニア代表として、私の分まで頑張ってね」


 マイアは一瞬、耳を疑った。驚きで目が大きく開いた。

「マアンギ、何を言っているの!」

 マイアは、マアンギの告げたことを信じたくなかった。


「私は、もう昔みたいに走れないかもしれない。だから…、マイアはケニア代表として…、頑張って欲しい」

 まるで自分の将来を諦めているような口調だった。マイアは、聞きたくなかった。


(頑張れる訳が無い)

 マイアはそう思った。


 今までマイアが苦しい思いをして練習してきたのは、全てマアンギに勝つためだ。ルーシーや真美に勝つためではない。あの二人ならば、いつでも勝てる。そうマイアは思っている。


(マアンギがいなければ、懸命に練習する意味が無い)

 マイアは、目標を失った。


 その日からマイアは、練習に身が入らなくなった。

 その頃のケニアでは、マイアよりも速い選手はいなかった。練習しなくとも、マイアは国内で無敵だった。当然のごとく、マイアが今年のケニア代表選手となった。



 一ヶ月前にマアンギのお見舞いにいったとき、

「マイア…、最近あまり練習していないと…噂で聞いたけど…、どうしたの? …懸命に練習しないと…、勝てないわよ…」

 マアンギが絞り出すように、弱弱しい声で言った。


 久しぶりに見るマアンギは、かなり痩せていた。


(かなり病気が進行している。間もなくマアンギは…死ぬ…)

 マアンギを一目見て、マイアは、そう感じた。


(もう二度と、私がマアンギと一緒に走ることは、無いのか…)

 マイアは、マアンギと一緒に走れないのが悔しかった。一緒に走り、マアンギに勝つ。それが、マイアの目標だった。だが、その目標は果たせない。


 悔しかった。涙が出るほど悔しかった。


 マイアの思いを、マアンギは知らない。マアンギは、病気でやつれた体にもかかわらず、自分のことよりもマイアのことを、心配していた。


「マイア…、お願いだから…練習してほしい。…練習して…アンダー20世界陸上競技大会で…優勝してほしい…」

 マアンギは、途切れ途切れに言葉をつなぎ、うったえた。


 マアンギは、話をするだけでも苦しそうだった。


「大丈夫。私は、マアンギの次に速い。私は、世界二位の速さよ。アメリカ代表のルーシーよりも速いわ」

 マイアは、マアンギを安心させようとした。


(もう話さないで、あなたが苦しむから。ゆっくり休んでちょうだい)

 マイアは、心の中で叫んだ。


「マイア…、もっと…練習しなきゃ…日本代表の真美に…勝てないわ…。今度の大会…、彼女は…要注意よ…」


(なぜ話を続けるの? これ以上苦しまないで…)

 マイアの思いは、マアンギには伝わらなかった。だから、

「真美? ああ、昨年三位になった子ね。あの子はルーシー以下よ」


 マイアは、真美などライバルだとは思っていない。真美に対しては、問題外だった。


「それよりも、マアンギが元気になってほしい。私は、貴方に負けっぱなしだった。今度こそ、一緒に走って勝ちたい」


 死ぬとわかっている相手に、できないことを承知で頼んだ。頼んだ後、頬に涙がこぼれてきた。


 マイアの要求に対し、

「うん…。頑張る…」

 マアンギは、ぎこちない笑顔をみせた。


 おそらく、マアンギ自身も、無理であることがわかっていたのだろう。それだけ言った後、

「私…、疲れたから…眠るね…」


 それが、マイアが聞いたマアンギの最後の言葉だった。



 半月前、マアンギが亡くなったとき、マイアは号泣した。そして大声で叫んだ。


「マアンギの卑怯者! あなたは、勝ち逃げをした。一緒に走ると約束したのに、約束を破った。悔しかったら、今すぐ生き返って勝負しなさい!」

 マイアの叫び声に、周りの者が驚いた。


「私は…、私は…、あなたに勝ちたかった…。これで、あなたには永遠に勝てない…」

 マイアは跪き、泣き崩れた。


 ナイロビの風が、彼女の叫び声を遠くまで運んだ。

 おそらく、天国に逝ったマアンギにも、その声は届いているだろう。



     *****



 話をアンダー20世界陸上競技大会の女子三千メートル走に戻す。


 マアンギが亡くなった後、マイアは、世界一位は自分だとの自負があった。


(ほら、誰も私について来これない。マアンギ、私は、誰よりも速いわよ)

 マイアがそう感じていたとき、真美は、マイアのすぐ後ろにピッタリ付いていた。あまりにも静かな走行であり、真美の呼吸が穏やかなため、マイアは気づかなかった。


 だが、二周半が過ぎたとき、真美が一気にダッシュした。

 あっという間にマイアを抜き去った。


 まさに、疾風のような走りだった。

 マイアは一瞬、自分の目を疑った。


「あの体を極端に前に傾ける走法は、マアンギなの? マアンギが走っているの?」

 マイアには、まるで、マアンギがマイアを抜き去ったように見えた。


「いや、マアンギでは無い。では、いったい誰?」


 ようやくマイアは、先頭を走る者が誰なのかが分かった。

「日本代表の真美、昨年三位になった日本代表選手…」


 マイアは、懸命に真美に追いつこうとした。だが、真美とマイアとの距離は、どんどん開いていく。先頭を走る真美の姿が、だんだんと小さくなっていく。


「そんな、バカな…。マアンギよりも速い…」

 マイアは驚いた。


 マイアは、懸命に追いつこうとダッシュした。だが、マイアがどんなに頑張っても、真美に追いつけない。


 やがて、真美がマイアたちを大きく引き離し、一位でゴールした。

 大会新記録だった。もちろん日本新記録でもある。


 しかし、真美は、嬉しそうな顔をしない。日頃の陽気な彼女の姿とは思えないほど無言を貫いている。だが、真美は、二位のマイアがゴールした後、すぐさまマイアのところに行き、

「あなたは、マアンギに全然追い付いていない。

 マアンギの代わりにケニア代表になったのなら、無駄口叩かないで、もっと速くなりなさい。もっと練習しなさい」

 と、いつもと違う真美の形相だった。いつもの陽気な真美とは、明らかに違っていた。


 マイアは、まるでマアンギから叱られているようだった。真美の叱咤に返す言葉が無かった。マイアは、一ヶ月前にマアンギがいったことを思い出した。

『マイア…、もっと…練習しなきゃ…日本代表の真美に…勝てないわ…。今度の大会…、彼女は…要注意よ…』


 マイアは、今ようやく、マアンギの最後のうったえを理解した。取り返しがつかないことをしてしまったと、悔やんだ。


(ごめんなさい。マアンギ。せっかく忠告してくれたのに…。私は、うぬぼれていた。もっと素直に、あなたのうったえに気づくべきだった)

 マイアは、心の中でマアンギに詫びた。



 井口コーチがやって来た。


「篠原、よく頑張った。昼食おごるぞ。何でも好きなものを食べていい」

 井口コーチは、真美を励ましたかった。真美に、元気になってもらいたかった。


「ありがとう。でも、今は、何もいらない」

 そう言って真美は、ニャヨ国立競技場を後にした。



 真美は、この大会で競争相手を失っていた。

 目標であるマアンギに追いつこうと頑張って努力したのに、そのマアンギがいない。マアンギの代わりになる選手もいなかった。


 真美は孤独だった。



 真美とマイア。二人は、立場こそ違え、マアンギを尊敬していた。そして、マアンギが永遠に勝てない相手となったのを悲しんだ。

マイアの心の葛藤はいかがでしたか?


次は真美の友達の白井玲子が登場します。

玲子はいつも真美を助けます。

玲子が起こす奇跡を見てください。

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