病院にいこう(膝が腫れた)
ある日、目が覚めると膝が腫れていた。
曲げるのに曲げにくく、歩くのがつらくなり、小さな個人病院に向かった。
ここの先生はスポーツ医学などにも詳しく、手際も良いので時々助けてもらう。
「えらいまた腫らしたねぇ。」
確かに、左の膝が右の倍ぐらい腫れている。
レントゲンなども撮ったが、骨には何ら異常は無かった。
「こりゃあ、水を抜くしかないな。2本で済むかな?」
膝の関節には、関節包という丈夫な袋があり、それにわずかに潤滑液が入っていて、膝を守りながら滑らせ、動きを助ける。ただ袋は一か所ではなく幾つにも分かれて存在する。
「うん、これもか。」
二本目、赤い関節の水が抜かれるが、まだあるようだ。
四本目、ようやく注射器が抜かれ、終わったかと思ったら『ブスリ』ともう一本抜かれることに。
「すごい溜っていたね。」
先生もあきれ顔だが、ようやく膝は元のサイズに戻っていた。
赤い血の混じった関節液、それが五本の注射器に並んでいてちょっと怖い。
「おかげで楽に成りました。ありがとうございました。」
私は軽くなった膝に無理をさせないよう、用心しながら帰る事になった。
「いつものように処理をしてくれ」
「ハイ先生」
こういう体液は、どこにでも捨てて良いわけでは無く、きちんと処分しなければならない。
ベテランの看護婦は、慣れた手つきで処理用の容器に赤い体液を密封していく。これを処理用の箱に移し、処分業者に渡すのである。
すでに外は暗くなりかけていて、もう病院も閉める時間だ。
「キャーーーッ!」
看護婦の悲鳴が聞こえた。
「どうした?!」
へたり込んだ看護婦が、戸惑ったような顔を向ける。美人というわけでは無いが包容力があり、患者さんたちからも慕われている女性だ。
「い、いえ、何か見間違いをしたのかも、」
「キミが悲鳴を上げるなぞ初めて聞いたぞ」
言おうか言うまいか、戸惑った顔をして、唇を震わせた。
「あ、あの、容器の中に小さな手のような物が見えて。」
赤い液の入った袋は、血液のように濃くは無い。袋を透かして向こう側が見えるぐらいだ。当然袋の中にはそんなものは浮いていない。
「何か見間違えたんだろ・・・」
医師はそこまで言いかけて、口を凍らせた。
袋の口から零れた赤い液が、生々しくも小さな手のような形に広がっていたからだ。
手のひらや指の形まではっきり分かるそれは、とても偶然零れただけには思えなかった。
少し気を落ち着かせて、さっさと床に零れた赤い液を処理用のナプキンに吸わせ、床をきれいに拭きあげる。
もちろん、看護婦もすぐに立ち直ってさっさと処分し、掃除もすぐ終わった。
外はすっかり暗くなっていた。
「それでは先生、失礼いたしま」
私服に着替えた看護婦が、言葉をまた途切らせた。
眼は恐怖、口元が震えている。悲鳴を必死に抑えて。
医師がゆっくりと振り向くと、床に、真っ赤な赤子がもぞもぞと動いていた。
引きずっているのは、へその緒だろうか。
ドサッ
看護婦が倒れた音に慌てて振り返ると、看護婦は失神していた。
そして、もう一度赤子の方を見ると、何もなかった。
もちろん、血の跡も、へその緒も何もない。ただ、
『おいてかないで・・・』
と聞こえた気がした。
看護婦を車で自宅へ送ると、途中で目を覚ました彼女が『すみません』と謝ってきた。
「気にすることは無い。明日はどうするかね?」
「いえ、いつも通り務めさせていただきます」
「頼むよ」
彼女一人いないだけで、小さな病院は止まってしまう。
自宅へ送ると、医師は自分の家に帰り、ふろに入り、食事をして、少し酒を飲んで眠った。
次の日、普通に病院は開業した。
処理業者は、ちょっとだけだが、処分品を受け取る時に顔をこわばらせた。
「何か分かるのかね?」
「そもそも先生がお渡しになる時点で、何かありそうな気はしてました。」
そう言えばそうだ、処分に自分が立ち会うなど、病院を開業した直後ぐらいだ。
「処分前に線香とロウソク、念仏の一つは普通ですから。」
病院の処分品など、ろくなものは無いのだ。それに負けるようなら、仕事などできはしない。
「おそらく、双子になりかかって、そのまま片方に吸収されたのでしょうね。」
あの患者は、片方の膝だけが、時々異常に腫れることがある。たまに腫れた膝に顔のような物が見える事があった。
「次の方、お入りください。」
診察室に、左のふくらはぎにできものが出来たという外来の患者が来た。
ボッコリと盛り上がるできものは、どう見ても子供の顔にみえた。
FIN
ホラーは初めて書きます。つたない文章ですが、よろしくお願いします。
分業化が進む日本では、私の何かが、誰かに問題を起こしているかもしれません。でもそれに気づくことも無いのかも。