初心者講習会 ②
笑顔の怖い傷顔の教官は嬉しそうに語る。
「そんなに不満そうな顔をするな。
講習中はギルドで面倒をみてやれるから、この辺りでは人気がある講習なのだぞ。
遠くからわざわざ参加しに来る者も多い。
貴様は体格も良いし、おそらく魔力も持っている。
次は貴様が賊など返り討ちに出来るくらいには鍛えてやれるぞ?」
なんか変にロックオンされている気がする。
「とりあえず説明を続けるぞ」
「説明ですか?」
「ああ、講習を受ける者には知っておかねばならないことがいくつかある。
中にはそれを聞くと街から出る選択肢を選ぶ奴もいるが、まぁ聞いておけ。
街から南に進むとオークがいるのは聞いているか?」
「はい、兵士の方から聞きました。」
あれ?馬車のおっさんだったかな?まぁいい。
「オークの集落が集まって住んでいる居住地が南にあってな。奴らはそこから北上してくる。
そことこの街の間に奴らを防ぐための砦があってな。
講習を受けた者は半年に一度、2週間の防衛任務を受けることが義務だ。それを三回。
つまり講習を終えたら1年半の間に三度、半年ごとに砦での防衛任務を受けることになる。
それを終えると講習費用の60万zが無料になるということだ。」
あー、講習無料じゃないのね・・・
世の中無料より高い物は無いってか。
だが思ったより期間が短いな。
例えば仕事で出張とかなら俺的に2週間は長い。
だけどずっと続く防衛戦をしているのならば2週間はあまり長くない話だと思う。
最も2週間も参加なんてしたくは無いけど。
んー・・・・疑問に思ったことはとりあえず聞いてみるか。
後で自分で調べるのも面倒だ。
今の話の流れなら聞いたら答えてくれるだろう。
答えてくれなかったら自分で調べればいい。
というか多少自分からも話を振っておいたほうが怖くなくなるかもしれない。
「一回に2週間って短くないですか?」
という俺の疑問に、教官はあっさり答えてくれた。
「講習を終えたばかりの駆け出しが参戦しても大した影響はないからな。そこまで期待しておらんよ。
まずは慣れるためだ。
それに砦には戦争好きの戦力が常に駐在していてそこまで手が足りない訳じゃ無いのだ。
この国には他にも2カ所、魔物の繁殖地と面していてな。そこにも砦があり冒険者ギルドへ防衛任務の依頼は常に出ている。経験しておけばどこに行っても食いっぱぐれることは無いし、足を引っ張ることも有るまい。
貴様が興味あるならあちこち廻ってみるのも良いだろうし、防衛任務もギルドの受付で受注出来るから参加したいのなら好きなときに参加すればいい。
ただし自分の意思で参加しても義務での任務達成にはならないがな」
いや別にそこには興味は無いですけどね。
人手不足って訳では無いのか。
「後は経験値稼ぎだな。大規模な戦闘では経験値が入りやすい。
レベルがあがればウサギも獅子までは無理でも、猿くらいには戦えるようになる。」
何だよその例え、解らねえよ!
つかまた謎ワードが出てきた。『経験値』に『レベル』。
いや、意味は分かるよ?ゲーム的なあれだ。
経験値という概念のある世界か。
うん、意味解らん。
「経験値とレベルについて聞いてもいいですか?」
「構わんが長くなるし、講習内でやることと被る。
興味があるのなら講習の中でじっくり教えてやろう」
超ニヤニヤして言われた。
何か含みがあるのか、勿体ぶって参加を促しているのか。
現状、講習には参加する以外の選択肢はないと思う。
それにしても傷顔の教官も笑えるのか。なんか殺されたときとイメージが違う。
やっぱり世界も違うと別人なんだろうけど、そっくりすぎて割り切れない。
それでもこっちの2人ならばいくらか話は出来る人たちだと思う。
聞けば答えてはくれるし。
向こうのヤクザなんて話なんか出来そうにないし、したくも無い。
「もう一つ、もし仮に講習中にこの街が魔物に攻められた場合、講習生にはその防衛に参加する義務が生じる。
これも良い経験値稼ぎになるぞ?」
お、おう・・・
街が攻められるだと?
「えっと、街が攻められるんですか?」
「聞いて無かったか?オークが北上してくるんだ。あいつらが何で攻めてくるかくらいは理解出来るだろう?」
「あー、飯と女・・・・ですか?」
「そういうことだ。簡単にいえば略奪だ。オークは何でも食うし、何とでも繁殖する」
「でも砦があるのでは?」
「うむ、集団戦闘は常に起きている。
だが全てを守りきれるわけではないし、抜けてくる集団はおる。
それをここでさらに押さえる、というわけだ。」
なるほど、想像以上に危険な世界だな。
でなければ防壁なんか作らねぇか・・・
かといって逃げ廻って生きるのもちょっとなぁ、違うと思う。
どうせなら強くなって対処できたほうが安心だ。
此処にしか魔物が現れない、ならば逃げる方が賢いとは思う。
だが、この世界どこに行っても魔物が出そうだ。
魔物がいなくても盗賊みたいな存在があちこちにいそうだ。
正直言えば冒険者にも興味はある、惹かれもするのだ。
俺も男の子だしなぁ、結構好きだぞ、こうゆう世界。
警察に捕まらないのならば殴りたかった、なんて奴は前世でもいっぱいいた。
強いに越したことは無い。
おらわくわくすっぞ!
ただし、出来れば苦戦せず、一方的に殺す方に廻りたい。
漢らしく?馬鹿言っちゃいけないよ。
世の中、金と女だ。
暴力なんて手段の一つにすぎない。
必要であれば札束で頬をはたくんだよ。
100万円で殴って駄目なら、1000万円で殴れってな。
1000万円の次はアタッシュケースだ。ケース1つで大体1億円だ。
金で片がつく問題は金で、強さが必要なら強さで、だ。
講習でせっかく時間をくれるんだ、細かい条件は気にしない方向で考えよう。
ルールがあるならば多分、それに対する抜け道もあるはずだ。
とりあえず講習に参加しながら勉強して、ついでに抜け道も探ろう。
と、なるとまずは
「講習のルールとか掟みたいなのはありますか?
あれば聞いておきたいのですが。」
「うむ、終了後の義務は教えた。あとはどんな講習かを説明しよう。
まず講習を受ける者はここの冒険者ギルド第3地区支部で寝泊まりする。
その期間の衣食住の費用はギルドで面倒をみてくれる。
期間は先ほども言ったが40日前後。個人差はあるがどんなに上達が早い奴でも一月は講習を受けてもらう。長い奴でも二月だが、そこまでは滅多にやらん。
儂らが教えて駄目な奴なら冒険者という職業を諦めさせたほうが回り回ってそいつの為になるだろうからな。貴様も途中でクビにならないように気をつけろ。
その場合、防衛任務に参加する義務は無くなるが、借金は残るから気をつけろ」
なるほど、落第は有り、と。
とりあえず参加だけして適当にやる選択肢はなさそうだ。
最もこんなヤクザみたいの相手に手抜きするほど間抜けでも無いが。
つまりそんな選択肢は最初から無かった訳だ。だからこれは問題無い。
最悪、貴様は駄目だ失格だ死ね、の烙印を押されたらその時に考えるしか無い。
精一杯努力して強くなる事を選んだほうが建設的だろう。
「講習内容だが冒険者としての全て、とまでは言わないが広い意味での指導を行っている。
戦闘は勿論だが、魔物の解体、野営の訓練、馬車、そして馬の乗り方、覚えることは多岐にわたる」
「馬車はともかく、馬とかも教えてもらえるんですか?」
「うむ、砦からの連絡を任され、馬で行き来する場合もある。
仕事によっては馬で駆けることが必須な任務もある。
教えておくに越したことは無いし、覚えておくに越したことも無い」
それはまた惹かれる話だ。
お馬さんパッカパカだ。松風だ、黒王号だ、シルフィードだ。
俺の子供の頃には暴れん坊将軍って時代劇が有ってだね。
じいちゃんばあちゃんが見てたからよく一緒に見てた。
そのオープニングで馬に乗ったマツケ〇サンバが駆けてくるわけですよ。
少し憧れてた。
実際問題、180センチある俺は馬に乗るにはあまり歓迎されない。
競馬の騎手なんてみんな背丈が無い。
背が高い分体重が、という話だが、競技でなくても馬には負担になる。
だから前世ではやったこと無かった。
乗れても手綱引かれて少し歩くだけで金を取られる。
そこから実際に習うとさらに金が掛かる訳だ。それも結構な金額が飛ぶ。
金持ちのスポールだ。
習うだけなら無理すれば出来無い話でも無いが、趣味でやれる人間は限られていた。
それが込み込みで習えるのか、ならばお得かもしれない。
「ガハハハハ、後はさっき兵士に言われた奴だな。冒険者ギルドで管理するってやつだ。
講習開始時にランクは一番下の冒険者ランクとして登録する。
ただしこれは仮登録だ。これで街には滞在できる。
講習中は基本、勝手に出歩けないと思え。好き勝手にどっかでブラブラ出歩いていたら脱走扱いだ。
この場合最悪奴隷落ちってことも有りえる。講習中に外に出たい場合は儂ら教官の許可と付き添いが必要で、講習が終わったら仮が取れての本登録になる。
そうしたら第3区画ならどこに出歩こうとお前の自由だ。
最もお前さんは文無しだろう?特に出て何かするわけにもいかねぇだろうからそこまで気にすることはねぇだろう。講習の間は飯もでるし、寝床もある。
問題ないから大人しくしてろ」
ガハハ髭が笑いながら言う。
確かに金も無いのに街に出る意味は無い。
あるとするならば情報収集だが、脱走の疑いをかけられてまでする必要も無い。
むしろ目の前のこの2人に聞けば答えてくれそうなくらいよく喋る。
前世のあの威圧感は何だったんだろうか。
世界が変わると性格も変わるのか。
こっちのほうが話しやすくて有り難いが。
「後は講習前に簡単な検査を受けてもらって、その情報をギルドが管理するくらいか・・・
その辺は検査を受けるときにまた説明しよう。
ああ、講習の代金は60万zだと言ったな。
これは金での返済でも問題無い。その場合防衛任務を受ける必要は無い。
例えば1回目の任務に参加する。そのあと40万zを作ってギルドに返済すれば残りの二回は参加する義務は無い。
無いが儂としてはなるべく防衛任務に参加したほうが良いと思っているがな」
「それは何故か聞いてもいいですか?さきほどの経験値のお話ですか?」
「経験値の話もある。
あるが本質はソコでは無いな。
単なる古兵の、1つの考え方だと思って聞け。
魔物の襲来は、ある。
あるからこそ慣れておくべきだと儂は考えている。
レベルだけが高くても禄に戦闘に参加した経験の無い奴はいざという時に使えない事がたまにある」
「なるほど・・・
アレですか、男性のシンボルは無駄にデカいけど女相手に使ったことが無い奴より、小さくても数をこなしてる奴のが上手い。
女からみれば相手にするなら気持ちが良い方がいい、みたいな感じですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何を言ってるんだ?貴様は・・・・・・」
おっとヤバい、素が出てた。
ついつい下ネタ大好きな俺がアップを始めたようだ。
なんか思ってたよりも怖く感じなくなって来てて素でボケてた。
「えーと、失礼しました。
つまり経験値とは別の戦闘経験値、みたいな考え方でいいですかね?」
「戦闘経験値か、上手い事を言う。
そうだな、そう考えておけば良い。
後は任務だから報酬も出る。その上で参加すれば20万zの借金は消える。
一回参加するだけで20万zと考えれば悪くない話だと思うぞ。」
それは確かに。
だが問題はその通貨の価値なんだけどね。為替とかあるのかどうか。
20万zってのが日本円でいくらくらいなのかが解らないと判断しようが無い。
何か比べられる物でもあれば良いのだが。
その辺は講習が終わってからゆっくり探すか。
「ガハハハ、そんなところだろう。あとは都度都度聞け。
参加するのならばだがな。あぁ講習生同士の喧嘩は自己責任だ。
あまり目くじらを立てる気はないが、やるんなら1人でやるようにしろ。それならばギルドも教官も職員もあまり口を挟まない。
逆に大勢で1人を囲むような真似は絶対にするな。
少なくとも儂が許さん」
「つまり喧嘩は良いと?」
「ガハハハハハ、サシでならばな!冒険者なんてそんなもんだ!」
「そんなもんですか・・・・」
どうにもそれを聞いて俺は脱力してしまった。
なんかヤクザっていうかこの人、昔悪かった系のおっさんなんだよな。
なんか憎めないというか、思ったより話すと怖くなかった。
結構ビビってたのに・・・
なんだったんだかなぁ